第149回:2020年も憲法改正発議ができない3つの理由(南部義典)

イノシシのように、しなやかに?

 「ことしは亥の年。イノシシのように、しなやかな政権運営に努めたい」

 1月4日、伊勢神宮を参拝した後の年頭記者会見で、安倍総理がこのようなことを述べたのを覚えていますか。「いのししは猪突猛進という言葉があるように、走り出せば時速50キロにも及ぶ。脇目も振らずに突進するという印象をお持ちの方も多いと思います。しかし、その動きは自由自在。障害物があれば左右によけたり、ひらりとターンすることができる。意外と身のこなしが極めてしなやかな動物だそうであります」と、イノシシの俊敏な行動能力を持ち上げつつ、自らの政権運営の模範とする考えを示したのです。

 しかし、一年間の政権運営を見る限り、“しなやかさ”など微塵も感じられませんでした。厚生労働省の不正統計問題が余波を広げたほか、最近でも菅原経産相、河井法相の相次ぐ辞任と雲隠れ、「桜を見る会」問題など、後ろめたい不祥事の発覚と責任逃れの繰り返しです。11月20日以降、歴代総理在任日数の記録を更新し続けている立場でありながら、猛進どころか国民に目線を合わせることさえ覚束ない毎日だったのではないでしょうか。イノシシに対して失礼な政権運営だったと言わざるを得ません。来年の干支は子(ねずみ)ですが、事後検証に耐えられない頓珍漢な喩えを繰り返さないほうが無難だと思います。

 さて、1月4日の年頭記者会見では、新聞記者とのやりとりのなかで、憲法改正への期待感も示しています。2020年もおそらく1月4日に伊勢神宮を参拝し、同日の会見で同じ趣旨の発言をするに違いないでしょう。
 安倍総理が年頭記者会見で憲法改正に向けた意欲を誇示するのは第2次内閣(2012年)以降「年中行事」の一つとなっています。これまでの経過をみれば、総理発言がある度にその内容を真に受ける必要はないのですが、メディアが毎回、大きな見出しを付けて報じるので(世論喚起というより、単に「煽る」ことが狙いですが)、「今年はいよいよ憲法改正か」と多くの人を誤信させてしまいます。毎年、この繰り返しです。

2020年も憲法改正の発議はできない!

 2017年5月3日に、「2020年憲法改正施行宣言」をぶちまけた安倍総理ですが、その「目標年」である2020年がまもなくやって来ます。現時点で、憲法改正国民投票の目処は何も立っていません。言うまでもなく、政治的にはすでに意味を失っている目標です。
 それでは、施行はできないとしても、国会は2020年内に、憲法改正の発議にたどり着くことができるのでしょうか。しかしこの点についても、以下3つの理由から完全に否定したいと思います。

国民投票法の改正問題が決着しない

 第一の理由は、憲法改正の手続きを定める国民投票法の改正問題の決着に見通しが立たないことです。自民、公明、維新、希望の4党が共同して2018年6月27日、国民投票法改正案を衆議院に提出し、審議が進まない中で2020年に先送りされています。前回も取り上げたので繰り返しは控えますが、この改正案は実務的、手続的な観点から2015年から2016年にかけて実現した公職選挙法の改正内容に合わせる(追い付く)というものであり、第1回憲法改正国民投票までには必ず実現しなければならない法整備です。一部の自民党幹部は、この改正案を早く成立させて、衆参の憲法審査会で、憲法改正の具体的な項目の話(合意形成)に入りたい意向であることも知られています。

 しかし、この改正案を成立させても、選挙と国民投票の制度間較差が完全に埋まるわけではありません。それは、2019年に再び、①天災等における安全、迅速な開票に向けた規定の整備、②投票管理者、投票立会人の選任要件の緩和、といった内容の公職選挙法改正が実現しており、2018年に提出された改正案が①②の内容を反映していないために、較差が残ってしまうのです。改正案はすでに、陳腐化しています。改正案をいったん成立させても、①②の内容を含む国民投票法改正案を別に成立させるか、または、継続審議となっている改正案をいったん撤回し、①②の内容を含めた新たな改正案を提出し、成立させることが必要になってくるのです。

 このような手続法上の不備を残しながら、「中身の議論」に触れようとすること自体、その政治センスが疑われて然るべきですが、それはさておき、一見して軽く考えられがちな国民投票法の改正問題でさえ深刻な政治対立を引き起こし、現実に先送りが続いている状況は好転せず、さらに問題は深刻化するのではないかと思います。

議員474名以上が賛成する憲法改正案が存在しない

 第二の理由は、2019年末になっても、国会による憲法改正発議の実現可能性が高いテーマが一つも存在していないことです。憲法96条の規定により憲法改正の発議は国会の専権であり(内閣の権限ではありません)、その要件としては衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成、つまり現状では衆議院で310名、参議院で164名以上の賛成が必要となりますが、単純に合わせて474名以上の賛成が得られるテーマは、何一つありません。安倍総理を含め、憲法改正に熱心な議員がいろいろな提起をしていることは事実ですが、裏側から見れば、多くがバラバラの方向に走っていて、474名以上の議員で共通認識を生むことが出来ない状況は以前と同じです。2019年だけでも、教育無償化とか同姓婚とか、自民党幹部から意表を突いた憲法改正提案がありましたが、いずれも支持を得られず、すぐに忘れさられました。自民党だけでも、憲法改正に関しては党内意見が一本に集約するどころか、多元化ないし無関心化が進んでいるようにさえ見受けられます。

国会が開かれる期間が限られる

 第三の理由は、2020年は東京オリパラ開催などの理由で、国会が開かれる期間が限られるということです。2020年1月20日に召集されるであろう通常国会では、会期延長はありえないと現時点で言われていますし、仮に東京オリパラの後に衆議院の解散・総選挙が実施されれば、特別国会が召集されるまでの間、大きな「政治空白」が生まれることになります。
 また、1月20日に通常国会が召集されるとしても、その日から衆参の憲法審査会が動き始めるわけではありません。通常国会では2020年度予算案の審議が最優先となるので、その審議期間中は憲法審査会が開かれることはありません。どんなに早くても、衆議院憲法審査会は3月以降、参議院憲法審査会は予算案成立の後、衆議院側の動きを睨みながら、桜が散った頃から動き始める、といったペースになります(それでも2019年は実質審議ゼロでした)。

 つまり、第一の理由で挙げた国民投票法の改正案でさえ、1月からすぐに入ることはできず、通常国会の会期末までに出来るかどうか、というギリギリの日程上の戦いになります。言わずもがな、憲法改正の発議が可能なテーマさえ存在しない状況で、その原案を魔法がけで審議し、衆参で可決する(発議する)日程上の余裕などまったくありません。

 3つの理由以外にも、憲法改正発議の障碍として立ちはだかる問題があります。詳しくは、国民投票法講座の第5回以降をご参照ください。

総裁任期延長の手段としての憲法改正

 安倍総理の自民党総裁としての任期は2021年9月末ですが(現在3期目)、二階幹事長ら有力な党幹部が「4選」の可能性に触れていることは周知の事実です。端的に「ポスト安倍は安倍」とも述べています。最近では、あの麻生副総理も、憲法改正を実現するための手段として、安倍4選を支持すると公言しています(NHKニュース「憲法改正実現には安倍総裁4期目必要 麻生副総理」2019.12.10)。

 ここまで来ると、憲法改正問題は「自民党結党以来の党是」というより、総裁任期を延長する手段に成り下がっています。憲法改正が悲願だと訴え続ける限り、斯界の熱狂的な支援はもちろん、党内的な求心力も維持できる構図があります(雰囲気で盛り上がっているだけですが)。ハードルの高い政治問題としてできるだけ長く温存しようとしているのではないかと、皮肉りたくなります。「なぜ、憲法改正論議が進まないのか(進めないのか)」と、安倍総理や党幹部に省察を迫ったり、責任追及の声を上げたりする者が誰一人いません。国民投票法の改正問題も含め、これだけ先送りされ、時間だけが淡々と過ぎてきたにもかかわらず、怒りの声、嘆きの声が上がったと、私は一度も聞いたことがありません。憲法改正というテーマで酔いしれているだけなのです。

 総裁任期延長の手段としての性格が強くなるほど、その是非をめぐって自民党内での論争、路線対立が今後、激しくなってきます。憲法改正に関して、威勢のよいことを放言する政治家は後を断たないでしょうが、発言一つひとつに振り回されることなく、冷静に受け流すセンスが私たちにも問われていると言っていいでしょう。とりあえず、2020年1月の年頭記者会見で安倍総理が何を言うか、忘れずにチェックしてください。良いお年をお迎えください。

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)