第33回:米国とイラン、あわや戦争に(柴田鉄治)

 この年末・年始は大きなニュースが続いた。なかでも、米国とイランが「あわや戦争か」と、驚かされた。発端は、米国がイランの革命防衛隊のソレイマニ司令官を暗殺したことだ。
 イランが報復を宣言し、イラクの米軍基地にミサイルを撃ち込んだので、「すわ戦争か」と世界中が緊張した。トランプ米大統領が「イランが報復してくればイランの52か所を爆撃する」と警告していたので、なおさら心配した。
 しかし、そこはイランが戦争を避けるためか、第三国を通じて米国にミサイル攻撃を予告していたこともあって米軍に人的な被害はなく、世界中をホッとさせた。
 それにしても、米国のソレイマニ司令官の暗殺の理由は何か。トランプ大統領は「対米テロ計画の首謀者だ」と言っていたが、それには米国内からも疑問の声があがっているのに、その疑問に対して「そんなことはどうだっていいではないか」と言うのだから驚く。
 本当にソレイマニ司令官が単なる「テロリスト」なら、その死をイラン中が悼み、3日間も喪に服することもあるまい。もし、米国の軽率さで戦争が起こっていたら、「第二のイラク戦争だ」という批判の声があがったに違いない。

米国の軽率さ、イラン戦争を想い出す

 というのは、2003年のイラク戦争では、イラクが大量破壊兵器を所有していると主張する米国が、突然宣戦布告してイラクに攻め込み、フセイン政権を倒したが、国中探しても大量破壊兵器は見つからなかったからだ。
 さらにいえば、100年以上前の第一次世界大戦がセルビアの皇太子の暗殺から起こったものだったことまで、思い起こさせた。
 ところが、イラン政府の自制で戦争に発展しなかったのはよかったが、そのイラン政府がとんでもない間違いを犯した。ウクライナの旅客機をミサイルで撃墜して176人も死亡させてしまったのだ。最初は事故だと言っていたが、ごまかせないと思ったのか誤射を認めた。
 イラン政府は誤射の理由について「兵士が勝手にやったことだ」というだけで、詳しい説明はしていないが、報復ミサイルの発射後4~5時間あとのことだから、恐らく報復のための米軍機と錯覚したのではあるまいか。旅客機を間違って撃墜してしまった事件は、過去にも何度か起こっている。
 そうだとすれば、これも米国の軽率さの余波だと言えないこともない。その張本人、トランプ大統領の弾劾裁判が米議会で始まった。早く辞めてほしいと世界中が願っているが、上院では与党の共和党のほうが多数なので、弾劾は成立しそうにないという。
 今年の選挙に勝てば、あと4年、何が起こるか分からない大統領の任期が続くわけだ。一方、選挙戦の対抗馬となる民主党のほうも、候補者が乱立して、しかも互いに内ゲバのような争いまでやっていて、予断を許さない。

緊張高まる中東へ自衛隊を派遣するとは!

 戦争こそ起きなかったが、中東の緊張高まる中、日本はその中東へ自衛隊を派遣する決定(それも国会審議を経ず、閣議決定による)を変更することもしなかった。米国の要請に基づくものではなく、日本独自の調査・研究のためだというが、もし、米国とイランの間で何かがあったとき、それで済むのか。
 日本は米国ともイランとも友好関係にあるという世界でも希な存在なのだが、その「特典」さえ失ってしまう危険まであるというのに……。
 また、憲法の規定から自衛隊は専守防衛に徹しなくてはならないはずなのに、外国の基地を攻撃できるミサイルの開発に着手することが報じられるなど、心配のタネは尽きない。米国からの武器の「爆買い」で防衛予算も6年連続で過去最高となっている。
 日本は災害国家なのだから、自衛隊も武器を買うことより災害対策に力を注ぐべきだろう。

ゴーン被告の海外逃亡、日本の司法批判は筋違いでは?

 元日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告が、保釈中の身ながら大晦日に海外に逃亡した事件にも驚かされた。大阪空港から私的なジェット機で、楽器を入れた木箱の中に隠れて脱出したとされる経緯も興味深いが、そのゴーン被告が突然、レバノンに現れて「日本の司法制度は基本的人権無視だ」と厳しく批判したうえ「私は不正と政治的な迫害から逃れた」との声明を発表したのだ。
 世界中のメディアを相手に記者会見するというので、日本の司法関係者も緊張したようだが、結局、具体的なことは何も言わなかった。ゴーン被告の行為は、単なる海外逃亡で、日本の司法制度の犠牲者のように言うのは筋違いだと私は思う。それを言うなら、日本の裁判で主張するのが筋というものだろう。
 もともと日本の司法には「否認すると保釈もされない」という「人質司法」と呼ばれる欠点があるのは事実だ。しかし、ゴーン被告は海外メディアからの「人質司法」批判によって、否認しているのに比較的早く保釈されたのだ。その保釈を逆手に取って逃亡したのでは、またまた人質司法に戻ってしまうだろう。
 ゴーン被告の保証金15億円は没収されるだろうが、日産から超高額の報酬を受け取っていた身だから、痛くも痒くもなかろう。
 レバノンとは、犯罪人引渡条約が結ばれていないので、引き渡しの請求ができないそうだが、驚いたことに、欧州諸国は100か国近くと条約を結んでおり、米国や韓国でさえ約30か国と結んでいるというのに、日本は米・韓の2国だけで、結べない理由も「日本には死刑制度があるから」とは、全く知らなかった。

カジノ汚職事件で国会議員を10年ぶりに逮捕

 そのほか、暮れも押し詰まったとき、東京地検特捜部が自民党の秋元司・衆議院議員を300万円の収賄の容疑で逮捕した。現職の国会議員の逮捕は10年ぶりで、かつての検事総長が「巨悪は眠らせない」と豪語しつつも安倍政権の数々の疑惑には全く動かなかった特捜部がやっと動き出したようだ。
 300万円は端緒に過ぎず、その後収賄の総額は700万円以上に増えて秋元議員の再逮捕となったが、贈賄が疑われている中国企業の自供によれば、ほかに自民党4人、日本維新の会1人の、5人の議員に100万円ずつ贈ったという。5人のうち維新の会の1人だけが現金受領を認めて党を除名処分になったが、自民党の4人は否認しているという。「正直者はバカをみる」ということか。
 カジノは、もともと賭博で稼ごうというもので、国民の間には反対も多く、国会でも「カジノ解禁」を含む「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」、いわゆるIR法案は棚ざらしになっていた。それを秋元議員が衆院内閣委員会の委員長として僅か5時間あまりの審議で強行採決し、成立させたのである。その後、IR担当の副大臣として、より中心的な役割を担ってきた。
 安倍首相は、この汚職事件があってもカジノはやめないと言明しているが、カジノ疑惑が広がって、カジノの解禁がつぶれれば結構な話だと私は思う。

国会が開幕、安倍首相は疑惑に一切応えず

 安倍首相は平気でウソをつく人だ。たとえば、加計学園が獣医学部の新設を申請したことを、認可された「2017年1月20日」まで知らなかったというのはその象徴だといわれている。
 その1月20日に、今年は国会が開会したが、そこでの施政方針演説でも安倍首相は数々の疑惑には一切触れなかった。野党からの代表質問の際も、「桜を見る会」の出席者名簿は廃棄したとされていたのが出てきたというのに、再調査を拒否した。「前夜祭」の収支報告書がないことについても、ホテルのせいにして公開を拒否している。
 また、首相を支える官僚や補佐官たちも、首相の意向を「忖度」して平気でウソをついたり、「記憶にない」と忘れたふりしたりする。これは米国のトランプ大統領にも共通するところで、日米両国の首脳には困ったものだが、本人が辞めると言わない限り、選挙で落とすしかあるまい。

地球46億年の地層の歴史に初めて日本名「チバニアン」

 明るいニュースはないかと探したら、あった。地球46億年の歴史に初めて日本名で、千葉で発見された地層に「チバニアン」という名がついたというのだ。地球の磁気の反転についての研究など、地球科学での日本の貢献は少なくないのだ。ノーベル賞受賞者の多さといい、政治の暗さに陰々滅々としないで、もっと自信を持とう。

今月のシバテツ事件簿
阪神・淡路大震災の被害を拡大した三つの迷信

 1月17日は、阪神・淡路大震災から25年の日だった。1995年のあの日、私は定年退社直前、現役最後の大阪への出張の日だったのだが、昼前に大阪本社に着くと大騒ぎだった。なんとか動いていた阪神電車で甲子園まで行き、あとは歩いて被災地を回った。
 横倒しになった高速道路、石灯篭の頭の部分がすべて転がり落ちた神社、途中階だけがぺしゃんこにつぶれた高層マンション……と、被害のすごさに仰天した。
 地震の規模に比べて被害が大きい、これは関西地方に広がっていた「迷信」のせいだな、というのが私の直感だった。その迷信とは①関西地方には大地震がない②次の大地震は東海地震だ③それは事前に警報が出る、というもの。
 私は大学時代に地震学を学び、地震は岩石の破壊現象だから原理的にも予知はできないのだ、日本は地震国だからいつどこで大地震が起こってもおかしくないのだ、と何度か新聞にも書いてきたのだが、浸透していなかったことを痛感した。
 いや、次は東海地震だ、という迷信は、関西地方だけでなく全国に広がっていたと思う。その根拠の一つとなってきたのが、東海地震の直前予知を前提にした「大規模地震対策特別措置法(大震法=1978年)」だが、この法律は、阪神・淡路大震災の後も、そして東日本大震災(2011年)が起こっても、なおしばらくは見直しがなされなかったのである。
 阪神・淡路大震災の最大の教訓は、迷信の強さとジャーナリズムの弱さを印象づけたことだった、と私は思っている。

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柴田鉄治
しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。