第511回:『ロスジェネのすべて 格差、貧困、「戦争論」』出版!! の巻(雨宮処凛)

 『ロスジェネのすべて 格差、貧困、「戦争論」』というタイトルの本を完成させた。

 私が4人のロスジェネと対談した本で、2月20日、あけび書房から出版される。

 対談した4人とは、倉橋耕平さん(1982年生まれ)、貴戸理恵さん(78年生まれ)、木下光生さん(73年生まれ)、松本哉さん(74年生まれ)。見事に全員ロスジェネだ。

 我らロスジェネの苦境については散々書いてきたのでこちらを読んでほしいが、1章の倉橋耕平さんとの対談では、「ロスジェネと『戦争論』」という問題に踏み込んだ。

 言わずと知れた小林よしのり氏の漫画『戦争論』だ。98年にこの漫画が出版された時、私は23歳。すでに右翼団体に入っていた。そんな『戦争論』はロスジェネ世代に多く読まれ、また多くの同世代にとっては「初めての政治体験」ですらあり、「バイブル」と崇める者も出た。あれから、20年以上。

 今、歴史修正主義が猛威を振るう中、20代で『戦争論』を読んだ同世代の少なくない層は、『戦争論』的歴史観を修正する機会をまったく持たないまま、40代になっている。これがこの社会に与えるインパクトってものすごく大きいのでは……。そんなことを考えていた2年ほど前に読んだのが、倉橋耕平さんの『歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化』だった。

 私はこれを読んで、一言で言うとブッたまげた。読みながら、何度も「え!」「うそ!」「そうだった!」と大声を出すほどに。私が90年代後半に右翼団体に入っていたのは多くの人が知るところだが、なぜ、あの時、よりにもよって右翼団体に入ったのか、その理由がこの本を読んでものすごくよくわかったのだ。この本を読むまで、自分自身、熟考の果てに入ったと思っていた。が、その背景には「仕組まれた右傾化」ともいうべき大きな時代状況と、それとがっしり手を組んだメディアの存在があったのだ。で、私はそういうものを、もう全身に、無批判に浴びまくっていた。

 ということで、対談では、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」の誕生のみならず、歴史修正主義という言葉の登場、はたまた村山談話や河野談話が出た背景の状況を、冷戦構造の崩壊まで遡っておさらいしてもらっている。

 とにかくこれがやりたかった。頭のいい人は「なんでそんなことを今さら」と思うかもしれない。が、当時の世界情勢や東アジア情勢などをうっすらとでも理解することが、歴史修正主義にひっかからない唯一の方法だと今、切実に思うのだ。この国にはびこる、あまりにもトンチンカンな言説に対抗するにはできるだけわかりやすい言葉でそれらを語ってもらうことが必要だと考えた。それは倉橋さんの膨大な知識と、それを噛み砕いて説明してもらったことで成功していると思う。今一度、「なぜ今のような状況が作られたのか」を確認したい人にもぜひ読んでもらいたい。

 2章では、貴戸理恵さんと「ロスジェネ女性、私たちの身に起きたこと」というテーマで語っている。彼女と対談したいと思ったのは、貴戸さんが書いた以下の文章を読んだからだ。

 「いちばん働きたかったとき、働くことから遠ざけられた。いちばん結婚したかったとき、異性とつがうことに向けて一歩を踏み出すにはあまりにも傷つき疲れていた。いちばん子どもを産むことに適していたとき、妊娠したら生活が破綻すると怯えた」

 「現代思想」19年2月号に彼女が寄せた「生きづらい女性と非モテ男性をつなぐ」の一部だ。

 20代の頃、私の周りでは望まない妊娠をして中絶した、という話はいくらでもあった。貴戸さんの周りでもそんな話はあったそうだ。その同じ人が今、40代になって不妊治療をしているという現実が私たちの周りにはある。お金もかかるし身体にも大きな負担がある不妊治療。だけど、20代でフリーター同士のカップルが「妊娠したから結婚したい」なんて言ったら、親はどれだけ激怒しただろう。世間はどれほど呆れ果て、ひどい言葉を浴びせただろう。

 好きで不安定雇用なわけじゃないのに、不景気と就職氷河期はロスジェネのせいじゃないのに、私たちは怒られすぎてきた。「結婚」「妊娠」という、祝ってもらえそうな出来事でさえ、怒られて責められて再起不能なほどに傷つけられることだと思い込んでいた。「結婚したい」なんて言ったら、「バカなこと言ってるんじゃない!」と怒鳴られると思ってたし、妊娠なんかしたら立ち直れないほどひどいことを言われるんだと思い込んでいた。だからこそ、絶対に妊娠なんかしちゃいけないと、「妊娠したら人生アウト」と思っていた。とにかく自立して自分が生きる金を稼ぎ続けないと、親も世間も「穀潰し」「お前に生きる価値などない」というメッセージを送ってくる。

 そして「失われた20年」の中、なんとか仕事にしがみついて生きてきて、40代になった今、結婚も出産もしていないと言うと、時に「義務を果たしていない」というような視線を向けられ、政治家のそんな発言に傷つけられる。

 いろんなことに、納得いかない。「私たちの頃は、貧乏だって子どもを産んだ」と親世代に言われても、親世代の話を聞いていると「貧乏だったり職が不安定だったりしたのに結婚し、子どもを産むこと」について上の世代や世間から「人格否定」まではされていない気がする。だけどロスジェネは同じことを望むと「人間失格」くらいのレッテルを貼られてきたし、親や世間はそういうレッテルをさんざん貼ってきたではないか。それなのに「少子化」の責任まで負わせるなんて、あんまりじゃないのか。

 そんな遣る瀬無さについて、存分に語った。また、「ロスジェネ子なし」の私と「ロスジェネ既婚子あり」の貴戸さんそれぞれの生きづらさについても語っている。

 3章では、この連載の「『自己責任』とか言う人に、これからは『江戸時代の村人と同じだね☆』と言い返そうと思います。の巻」で書いた木下光生さんと対談した。『貧困と自己責任の近世日本史』著者であり、江戸時代の自己責任論について研究している人である。今でいう生活保護を受けた江戸時代の村人が、「羽織、雪踏」などの正装を禁じられたり、「物見遊山をするな」「大酒を飲むな」などの行動規制を課せられたり、髪結床の前にわざわざ「この家族が施しを受けてます」みたいな貼り紙を貼られたりという底意地の悪さ全開エピソードは、完全に21世紀の生活保護バッシングと重なる。人類は、200年前からちっとも成長していないようである。そんな興味深い研究をしている木下さんに、江戸時代のひどいエピソードについてたくさん聞いたのだから面白くないわけがない。

 そうして4章でラストを飾るのは、おなじみ高円寺でリサイクルショップをしている貧乏の達人「素人の乱」の松本哉さんだ。「貧乏だけど世界中に友達がいるロスジェネ」という章タイトル通り、松本さんの「世界中の貧乏人とつながってバカなことばっかりやってる日々」について存分に語ってもらった。これを読むと、確実に「真面目に働こう」「ちゃんと生きよう」という気が一瞬にして失せる。それだけではない。松本さんは、なんとかしようとあがくロスジェネに「もう手遅れ」と開き直りを呼びかける。

 「20代後半とか30代に差し掛かる頃に、将来について悩むのはいいんですけどね。30過ぎて将来を悩んでも、もう手遅れなんですよ」

 年収200万円の「貧乏の達人」に言われると説得力があるではないか。この対談を読むと、貯金ゼロでも友だちがいたりゆるいコミュニティがあったりすれば生きられるという実践の数々に、悩むことがバカバカしくなってくる。

 ということで、歴史修正主義から女の生きづらさと江戸時代を経由し、最終的には高円寺に辿り着く一冊。むっちゃ力作なので、ぜひ読んでほしい。


『ロスジェネのすべて 格差、貧困、「戦争論」』(あけび書房)

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雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。