【今こそ読みたい 厳選!マガ9アーカイブス】小口幸人さんインタビュー:緊急事態条項の導入は「災害」を名目にした「戦争への準備」(2015年10月7日公開記事)

2005年3月にスタートした「マガジン9」。たくさんの人に支えられ、こつこつ週1回の更新を続けているうちに、今年でなんと15周年を迎えました。
この15年間、コラムやインタビュー、対談などの記事を通じて、本当にさまざまな方たちのお話をうかがうことができました。その蓄積をただ眠らせておくのはもったいない! というわけで、過去の「マガジン9」掲載記事の中から、スタッフが厳選した「今だからこそ読みたい」コンテンツを再掲していきます。掲載当時とは状況などが変わっているところもありますが、今の状況との共通点に気づかされたり、新たな視点が見えてきたりすることも。未読の方も再読の方も、改めて、ぜひ読んでみてください。
※記事の内容、プロフィールなどは公開当時のものです。このシリーズは不定期で更新していきます。

東日本大震災から9年。あの大災害の後、「十分な対応をするためには憲法に緊急事態条項を」という論が、一部で聞かれました。そして今年、新型肺炎の感染拡大に伴って、またしても同じような声が、与党周辺から上がりはじめています。
緊急事態条項とは、大きな災害などがあった際に、権力を一時的に行政府に集中させるための規定。国民の権利の制限も一部可能になるだけに、深刻な人権侵害につながりかねないなど、大きな危険を伴います。果たしてそれは、災害や疾病の対応のために、本当に必要なものなのか──。
東日本大震災の被災地での活動経験もある弁護士の小口幸人さんはインタビューで、緊急事態条項は「災害の際には何の役にも立たない」と指摘されていました。緊急事態宣言の定めを含む法律の制定も進められている今、憲法に緊急事態条項を設けたとしたらどんなことが起こりうるのか、そこにどんな問題があるのか、改めて知っておきたいと思います。
下記はインタビューの後編ですが、「災害対応に必要な定めは、さまざまな法律の中にすでにある」という指摘について、具体的に知りたい方は前編(その1)をぜひ。

2015年10月7日UP
小口幸人さんに聞いた(その2)
緊急事態条項の導入は「災害」を名目にした「戦争への準備」

憲法レベルで国家緊急権を定めるということ

――前回、日本には憲法上の「国家緊急権」はないけれど、それに相当する定めがさまざまな法律の中にすでにある、だから新たに災害対策として憲法に緊急事態条項を加える必要性はない──というお話をお聞きしました。
 ただ逆に、法律ですでに決まっているのなら、それを憲法に書き込んでも特に問題はないのでは? とも思ってしまいそうです。仮に、自民党の改憲草案にあるような形で緊急事態条項が定められたら、何が変わるのでしょうか? 

小口 まず、災害に対する備えは、法律や条令、政令や通達の中にたくさんあって、それを前提として緊急時の準備もある程度行われています。そんな中、突然内閣が緊急事態を宣言させて権限を集中させた場合、逆に現場は混乱する可能性が高いということです。現場の人が自分たちで判断して動こうとしても、「総理が緊急事態を宣言した」となれば、「これから内閣がどんどん政令をつくって指示を出すから待機せよ」ということになりかねない。でも、国のトップに現場の情報が渡って判断が降りてくるのには時間がかかりますし、どんな天才が出す指示でも、事前の備えやマニュアルにはかないません。だからこそみんな、災害に備えてマニュアルをつくろうとするわけですよね。災害直後、通信状態もよくない中で「緊急事態宣言」なんて出されたら、混乱を拡大するだけではないでしょうか。
 それから、自民党草案の条文では、何人も「国その他公の機関の指示に従わなければならない」とあります。現行の災害救助法や災害対策基本法では、指示の内容によって「命じられる」「協力を要請できる」と言葉が使い分けられていますし、指示できることも限定されていますが、ここではそれもありません。普通の読み方をすれば、緊急事態には一定程度人権を制限されてもしょうがない、ということになります。
 もちろん、今の法律でも一定の人権制限はできますが、それが過度にならないように、必要十分なことは何か、不当に制限しないためにはどこまでか、ということがしっかり考えられてバランスを取ってある。あくまで法律なので、憲法の範囲内に収まるよう、不当に人権を制限しないよう調整した上でつくられているわけです。ところが、憲法上に「従わなければならない」ということが書かれると、同じ憲法レベルということで、「こっちの必要性が上がったからこっちの権利は制限する」という乱暴なことが可能になり、不当に人権が制限される恐れがあります。緊急時に、その場で慌てて判断したら、広く、過剰に制限される可能性は大でしょう。

――憲法レベルの定めになることで、過度な人権制限が行われる危険性が増大するということですね。

小口 そうです。そしてもう一つ、私が「憲法で国家緊急権を定めること」の弊害だと思っているのは、それが「伝家の宝刀」になってしまうということです。

――伝家の宝刀、ですか?

小口 例えば、国家緊急権が憲法で定められたとしますよね。その後、国会でこんな質疑が行われたとします。「1万年に一度、こういう大災害が来ると言われていますが、それに対する備えはしないんですか」。私が総理なら、こう答弁しますね。「わが国の憲法には緊急事態条項が定められております。もしものときにはそれで対応できますから大丈夫です」。…なんとなく大丈夫そうに聞こえませんか?

――だから具体的な備えはしなくても大丈夫、という…。

小口 それがあるだけでとなんとなく安心、のような気にさせられてしまう。これが「伝家の宝刀」だと思うんです。でも、実際はこの伝家の宝刀、抜いても全然役に立たないんです。災害が起きた直後、とっさに次から次と内閣が決めていく、そのときに何を決めるかはわからない、そんなことでは、うまくいくはずがないでしょう。
 たしかに法律に必要な定めはある、でも憲法にも何か置いておいたほうがより安心じゃないか、という気持ちはわからなくはありませんが、実際には、災害対策としては全然役に立ちません。「準備していないことはできない」、これが災害対策の原則です。憲法だから準備していないこともできる、なんていう魔法はありませんよ。

本当の目的は災害ではなくて戦争にある

――ちなみに、「緊急事態条項が必要だ」という人から、具体的に「こういうときにないと困る」という指摘は出ていないんですか?

小口 ほぼ一つだけですね。国会議員の任期延長についてです。東日本大震災のときは、翌月に予定されていた地方統一選挙が特例法で延期されましたが、国会議員については憲法で任期が決められていて、法律で例外を定めることができない、という指摘です。たとえ大災害の直後であっても、議員の任期が切れたらそこで選挙をしないといけないということになる。それができないと困るから、緊急事態条項の中に国会議員の任期延長規定をつくっておくべきだ、というんですね(※)。

※自民党の改憲草案第99条の4では〈緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。〉とされている。

――うーん、それはそれで重要なのかもしれませんが、それだけのために憲法を変えないといけないの? とも正直なところ思ってしまいます。

小口 研究者の方に意見を求めたところ、現行憲法の解釈の範囲内で対応できるという声がありましたし、私もそう思います。それこそ、憲法9条があるのに自衛隊をもてるということに比べたら、よほど穏当な解釈です(笑)。もちろん、ちゃんと憲法に明記すべきだという方もいますし、それはわからなくもないのかな、と思いますが、ただ、血税を使って国民投票をやるまでの必要はなく、公職選挙法を改正して、災害が起きても選挙ができる方策を練った方がいいと思います。早めに投票権を配るとか、インターネット投票等を可能にするとか、移動投票車みたいな制度を設けて避難所を巡廻するとか、いくらでもやりようはあると思います。

――そうなると、たとえ「伝家の宝刀」とはいえ、それほど必要性が高いとは思えない条項を、なぜそんなにつくりたいの? と思ってしまうのですが……。

小口 それは簡単です。災害は国民から賛成を得るための単なる口実、ダシにすぎなくて、本当の目論見は「戦争」にある。戦争が起きたときに備えるためのものなんだと思います。最近の一連の流れを見ていれば明らかです。
 自民党の改憲草案では、緊急事態を〈我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他〉として、戦争も自然災害も同じように扱っていますが、一緒にするなと言いたいですね。
 実際にはこの二つが起こったときに必要なことはまったく違います。戦争は事前に外交交渉があって、それらが決裂して軍隊を出動させるわけですから、国のトップに権限を集中させる必要があるのかもしれません。しかし、災害はすでにお話ししたようにまったく逆です。国のトップに突然権限を集中すると、かえって混乱してしまう。必要なのは市町村長など現場のトップへの権限委譲です。
 
 実際、緊急事態条項がある諸外国の憲法も、多くは軍事関係と災害の場合を分けて定めているんですよ。

――そこをあえて一緒くたにしている……。

小口 災害対応を目的として押し出せば賛成される、という読みでしょう。実際、メディア報道などでも批判は少ないですよね。「災害対応のためだ」と言われれば批判しづらいですから。批判が少ないので野党さえ騙されかねない状況です。その意味では、「こう言っておけば通るだろう」と、メディアも国民も舐められているんだと思います。

災害自体が「なかったこと」にされるかもしれない

――仮に、国家緊急権が制定され、災害の際に発動されたとすると、どんなことが起こる恐れがあるのでしょうか?

小口 いままで話した現場の混乱が一つですが、もっと怖いのは情報統制だと思います。
 実は、第二次世界大戦末期の1944年12月には東南海地震、1945年の1月には三河地震と、それぞれ震度7クラスの地震が起きているのですが、みなさんご存知ないですよね? 実は、戦争に悪影響を与えるということで情報統制されて、当時もほぼ「なかったこと」にされたのです。十分な復旧復興活動も行われませんでした。
 東日本大震災を経験した者からすると、一番怖いのは、原発事故を隠されることです。自民党の改憲案なら、それが可能です。内閣が緊急事態を宣言して、「災害復旧活動の混乱を招くような報道やデマに繋がる通信は規制する」ということで、報道については事前規制を、インターネットについては通信規制をして、違反者への罰則を定めてしまえば、原発事故は簡単に「なかった」ことにできると思います。なんせ放射能は見えないんですから、ガイガーカウンターで測定でもしない限りはわからない。東日本のときも、原発事故に関する情報は、みんな国と東電の記者会見に依存していましたよね。例外はツイッターぐらいでした。あのときのことを思い出していただければ、絵空事ではないことがお分かりいただけると思います。

――誰かがガイガーカウンターで測定したとしても、その情報を拡散する術がないですね。

小口 そうなんです。情報を伝達する方法がなくなる、というのは本当に恐ろしいものです。自分が見聞きしたもの以外は知ることができないんですから。
 災害直後という、ただでさえ通信が不十分になり混乱しているときは、どうしても政府からの情報に依存しがちです。4年前の原発事故のときだって、みんな、固唾を呑んでテレビで東電や枝野官房長官の記者会見を見ていたじゃないですか。緊急事態条項がなくてもあんな状態だったんです。更に国が情報を規制できる権限を憲法に定めたら、災害直後は、国が見せたいものしか見られなくなっても全然不思議ではありません。

――あのときは、事故の状況や放射能の広がりについて政府がなかなか情報を出さず、避難も指示されなかったために、被曝してしまった人たちが大勢いました。

小口 それが、緊急事態宣言が出されて国家緊急権が発動される、なんていうことになったら…。いわゆる「御用学者」以外の学者やメディアは一切情報発信できなくなるし、移転の自由を制限して、住民の避難を止めることだってできてしまいます。国道は物資の輸送のために使用するから他の車両や人は一切通さないとか、いくらでも名目は立てられますから。

――逆に、避難していた住民を強制的に帰還させることもできてしまいますね。

小口 さらに、今は特定秘密保護法もあるので、そうして隠された情報はおそらく二度と出てこなくなります。「原発事故が起こった」こと自体が、あとあとまで隠されたままになる可能性まであるんです。

――「本丸」の9条改憲に向けた「お試し」のようにも言われる緊急事態条項ですが、実際には9条改憲に匹敵するくらいの大きな意味を持ってしまうものなんですね。

小口 もちろんです。そもそも日本国憲法の制定時には、国家緊急権の規定を設けるべきだというGHQ(連合国軍総司令部)の意見があったと聞いています。GHQは軍隊ですから、緊急事態に関することへの配慮はバッチリだったわけです。でも、当時の国会で審議の末に、濫用の恐れへの懸念もあって緊急事態の規定は置かれなかったという経緯があります。国家緊急権というのは、あまりにも強力な権限を政府に集中させることになるから、濫用されると非常に恐ろしいということが認識されていたんですね。
 第二次世界大戦前のドイツで、世界でもっとも民主的ともいわれたワイマール憲法がありながら、ナチスドイツの独裁が実現してしまったのも、そのワイマール憲法に規定されていた国家緊急権を解釈によって濫用され、ついには全権委任法の制定につながっていったからだと言われています。国家緊急権を導入する改正なんていうのは、憲法を学んだ者からすると、最もとんでもない改正です。歴史的に見ても、もっとも危険性の高い条文といえるかもしれません。
 それでも、政府が国家緊急権の規定をどうしてもつくりたいというのなら、まずは「戦争の備えである」ことを堂々と掲げてからにしてほしいと思います。それをせず、実際には何の役にも立たないのに「災害対応のため」と言い続けるのは、あまりにも被災者をバカにしている。災害を、そして被災者をダシに使うのはやめてくれ、と言いたいですね。(2015年10月7日公開)

小口幸人(おぐち・ゆきひと) 1978年生まれ、東京都町田市出身。中央大学卒業後、電機メーカーのトップセールスマンとなるも、弁護士を志し退社。2008年に弁護士登録、1年4カ月の東京勤務を経て、司法過疎地である岩手県宮古市の「宮古ひまわり基金法律事務所」三代目所長として就任。3年7カ月の間に1000件以上の相談に対応。同地で東日本大震災に遭い、全国初の弁護士による避難所相談を実施。被災者支援・立法提言活動に奔走するとともに、困難な刑事弁護事件も多数扱う。※プロフィールは初出当時