第119回:ハッシュタグ安倍内閣 前を向け民主主義!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

流行語大賞有力候補

 「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグが、ツイッター上に旋風を巻き起こした。「#ツイッターデモ」「#ツイッター民主主義」という新しい言葉まで生まれた。今年の流行語大賞の有力候補だろう。
 安倍内閣は、黒川弘務東京高検検事長の定年延長を強引に閣議決定し、黒川氏の検事総長就任への道を開いた。その上で、あまりに批判が強いものだから、以前から改正しようとしていた国家公務員法にひっくるめて、検察庁法まで一挙に思い通りにしちまおうという、これ以上ないほど腹黒い策略に出たのである。
 黒川氏というのがどんな人物なのかという点については、さまざまな評価があって一概には言えないが、少なくとも、森友学園や加計学園問題では、すべての疑惑にフタをした人物として安倍官邸の覚えがめでたい、ということだけは確かなようだ。
 簡単に言えば、安倍官邸の意に沿う人、である。そんな人を前例のない形で定年延長させ、むりやり検察のトップに据えようとの意図が見えるのだから、「巨悪を眠らせない」はずの検察が、「巨悪の安眠」に寄与するようになるのではないか、との危惧が高まるのは必然である。

たまたま国会中継を見てしまった人たちが……

 新型コロナウイルスの蔓延で緊急事態宣言が発せられ、在宅ワークが一挙に広がった。普段は会社勤めで家になどいない人たちが、在宅で仕事の合間にたまたまテレビを見た。テレビもコロナで四苦八苦、新しいロケもできないからバラエティなどの再放送ばかり、まるでつまらない。そこでしょうがないので国会中継を見ちゃった。で、何が起きたか?
 ある女性の発案だというハッシュタグが、予想外の大運動へと発展したのだ。それが「#検察庁法改正案に抗議します」である。これがツイートに発信されてからほんの2日でなんと200万件もリツイートされ、その数は日に日に増えていき、ついに1000万件に達したという。
 むろん、同じ人が何度もリツイートしている場合も多いから、人数の実数とは言えないが、それでもある研究者の調査によれば、組織的な動員は見当たらず、2日間で実数60万人は超えていたという。これが1週間ほど前のことだから、すでに数百万人に達しているだろう。近来稀に見る人数である。しかも、あとで列挙するように、同種のツイートが少しずつ形を変えて、次から次へと生まれている。
 うろたえたのは安倍官邸だ。実は、5月14日に強行採決をしようと目論んでいたのだが、あまりの批判の大きさに、ついに採決を次週(今週のこと)に先送り。野党(むろん維新は除く)は高まる世論を背景に、修正案を用意して自民党に迫った。その結果、自民党もいつもの汚手(強行採決)には、とうとう踏み切れなかった。
 それでもなお与党側は、20日あたりには強行採決へ持ち込もうとしていたという。ところが、連立与党の公明党が慌てふためいた。
 山口那津男代表は「政府にはきちんと説明責任を尽くしてもらいたい」と言い訳じみたツイートしたのだが、後の祭り。この山口代表のツイートに対し、「何を言っているんだ」「他人事かよ」「政権与党として安倍首相に再考を促せ」「このまま強行採決を許したら、もう公明党には投票しない」などの批判が殺到した。
 このところの創価学会員の公明党離れに悩む山口代表らにとって、まさに「他人事」ではない状況になったのだ。公明党内には「ここではっきりした姿勢を示さなければ、次期衆院選に重大な支障が出る」との声が高まった。そこで水面下で、自民党幹部や官邸に対し「これは“不要不急”の法案。再考すべきだ」と必死に持ち掛けた。
 例の“一律10万円給付”の件以来、安倍官邸と公明党の間には、かなりの隙間風が吹き始めている。安倍首相の公明党への苛立ちはそうとうのものだという。
 安倍政権の足もとの一角が、グラグラと揺らぎ始めた。

ハッシュタグの嵐

 安倍内閣を「#」が揺さぶっている。
 それにしても、こんなにいろいろな「#」を献上されている内閣も珍しい。SNS時代とはいえ、ありとあらゆる「#」が、安倍政権にはぶら下がっている。とくに注目されたのが「#検察庁法改正案に抗議します」であったことは間違いないが、その他にもたくさんの命名をされている。最近、ツイッター上で目についた主なものをざっと挙げてみる。これら以外にも、膨大な数の安倍関連の「#」があるけれど、とても全部は拾いきれない。
 しかもそれらの「#」が次々とトレンド入りしているのだから、この現象が一過性ではないということを示している。

 #アベノマスク
 #あごだし布マスク
 #火事場泥棒内閣
 #種苗法改悪案反対
 #どさくさ内閣
 #どさくさ紛れ内閣
 #どさくさ改憲を許さない
 #シドロモドロ内閣
 #支離滅裂内閣
 #出まかせ内閣
 #出まかせ安倍総理
 #検察庁法改正案は廃案に
 #検察庁法改正案の強行採決を許さない
 #検察庁法改正案の次週採決を許さない
 #安倍晋三に抗議します
 #速やかに10万円を給付しろ
 #自公維には投票しない
 #検察庁に安倍首相に対する捜査を求めます
 #安倍内閣の退陣を求めます
 #100日で崩壊する政権
 #国民投票法改正案に抗議します

 これらに関連して、以下のような「#」も散見される。

 #東京オリンピックは中止せよ
 #テレビは国会中継をしろ
 #NHKは国会中継をしろ
 #赤木さんを忘れない

 「赤木さん」というのは、森友学園事件で苦悩し自死に追い込まれた誠実な官僚のこと。相澤冬樹さん(大阪日日新聞記者)の「週刊文春」の記事によって、安倍首相と森友事件が再度クローズアップされた。
 むろん、ネット右翼系の「#安倍総理お疲れさまです」「#安倍総理はがんばっています」などが見られないわけではないが、それらはごくごく少数。さすがのネトサポと呼ばれる人たちも、有効なヘリクツが生み出せずに“だんまり”を決め込むしかなかったのだろう。それほど、今回の「検察庁法改正案」は筋が悪かった。

ついに検察庁法改正案は先送りに

 5月18日午後、安倍首相と二階俊博自民党幹事長が急遽会談。検察庁法改正案は事実上、今国会での成立を諦め、先送りすることを決めた。これらの「#ツイッターデモ」と「#ツイッター民主主義」が、一定の効果を上げたということだ。
 冷笑系のネット民がいつも絡むときに言うセリフの「デモで世の中が変わるか」とか「力のない連中の妄想」などが、“美しく粉砕”されたのだ。
 見くびってはいけない。人々はここにきて、SNSの有効な使い方を学んだのだ。安倍内閣に“買われた一部の連中”のモーレツな安倍支持コールにたじろいでいた人たちが、そうではない発想の発信場所を自分たちで作りだすことに成功したのである。
 その背後には、新型コロナウイルスによる自粛要請があったことは確かだ。在宅ワークでほとんど初めてじっくりと国会審議の場面を目にした人たちが、NHKニュースを筆頭とするマスメディアの報道姿勢に疑問を持った。それこそシドロモドロの答弁を繰り返す安倍首相が、NHK7時のニュースでは毅然として野党質問を“論破”するように見えてしまう。
 あれ? さっき見た国会審議の様子とずいぶん違うじゃないか。
 しかも疑惑の焦点となった「検察庁法改正案」の審議の様子をどのテレビ局も中継しなかったことが、疑問の火に油を注ぐ結果になった。それが「#テレビは国会中継をしろ」となり、とくに視聴者のカネで支えられているはずのNHKへ「#NHKは国会中継をしろ」となって降り注いだのだ。
 NHKには「国会中継の基準」というものがあって、今回はその基準に当てはまらなかったから中継はしなかったというのが言い訳だけれど、これほどの注目が集まっている審議を中継しないとしたら「カネ返せ!」と言われても仕方あるまい。

もうごまかす手はない安倍首相

 安倍首相は、自らの疑惑を“お守り”してくれる検事総長を任命したいのだろう。モリカケから始まりサクラ疑惑もなんとかごまかし通したが、実際のコロナ禍という未曽有の事態に際して、徹底的な無能ぶりをさらけ出してしまったのが安倍晋三氏だ。
 繰り出す対応策が、検査体制のちぐはぐ、アベノマスク、突然の全国一斉学校休校措置、自宅での優雅なお休み動画配信、そして非常事態宣言とその解除、地方の混乱に拍車をかける無能ぶり。これらは今井尚哉氏、佐伯耕三氏という安倍側近の無能官僚たちの進言という。
 アベノマスクに466億円という大散財。マスクの小ささもさりながら、汚れやほつれなどで回収騒ぎ、その検品に8億円。ところが「検品費用は、ほんとうは800万円でした」などと言い訳。もう誰が信じるんだよっ!
 そのあたり、もはや国民は見抜き始めたのだ。
 モリカケもサクラもひどく汚い疑惑だけれど、国民一人ひとりとは直接の関係はなかった。しかし今回の新型コロナウィルスは、自分自身に降りかかってきた。政治の無策は、そのまま自分の命や生活に直結する。
 安倍首相でほんとうにいいのか? この人は、きちんと我々の生命財産を守ってくれるのか。そう考えて安倍晋三氏という人間を見直したとき、人々はどう思ったか。
 安倍内閣支持率が軒並み急降下している。
 今回ばかりは、気づいた人たちをもう一度ごまかす手は、さすがの安倍長期政権にも残っていないだろう。
 だからやっぱり、最終的なハッシュタグは、これ。
 #安倍内閣の退陣を求めます
 そして、戯作者の松崎菊也さんがフェイスブックで発した素敵な言葉。
 #前を向け民主主義!

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。