第523回:「昨日から私も犬も食べてません」。ペットとともに住まいを失った女性。の巻(雨宮処凛)

 その女性(Aさんと呼ぶ)は、膝の上に小型犬を乗せて私が来るのを待っていた。

 クリクリした目の可愛らしい犬だ。

 Aさんから「新型コロナ災害緊急アクション」にSOSのメールが入ったのが数日前。そこには、犬と一緒にアパートを追い出されてしまったこと、所持金もほぼなく、昨日から自分も犬も食べていないことが記されていた。

 コロナ経済危機が始まってから、胸が潰れるような内容のSOSを多く見聞きしてきた。だけど「犬も食べていない」という言葉に、心をえぐられる気がした。すぐに反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作氏がAさんのもとに駆けつけ、緊急のお金とドッグフードを渡した。

 このような場合、緊急宿泊費も渡してホテルなどに泊まってもらうことが多い。しかし、犬と一緒ではホテルやネットカフェに泊まることはできない。だけど、このまま野宿させておくわけにはいかない。多くの人が奮闘し、ペット連れでもなんとか宿泊できる場所を見つけ、数日はそこに滞在してもらうことになった。が、そこに入る時にちょっとしたトラブルが起き、私が駆けつけたというわけである。Aさん、そしてわんこと会うのはその時が初めてだった。

 無事にトラブルが解決し、Aさんとわんこはその日から安全な場所に宿泊できることとなった。その帰り道、わっと泣き出しそうになった。Aさんが大切そうにわんこを抱く様子から、一人と一匹でお互いを支えにして暮らしてきただろうことがひしひしと伝わってきたからだ。どうしてそんな人が、ここまで追い詰められなければならないのだろう。何も悪いことなんてしてないのに、コロナ経済危機で仕事がなくなったという理由だけで、命の危機にさらされなければならないのだろう。だって、もし私たちと出会っていなければ、どの支援にも制度にも繋がれなければ、東京の片隅で一人と一匹が路上で餓死していたかもしれないのだ。

 私にも、大切な猫がいる。この7月に16歳になるぱぴちゃんとは16年を一緒に生きてきた。昨年春、もう一匹の猫・つくしがリンパ腫で亡くなってから、ぱぴちゃんは14年ぶりの「一人っ子」生活を満喫し、完全に性格が変わった。びっくりするほど甘えん坊になったのだ。そんなぱぴちゃんは私にとって大切な家族で、どんなに困窮しようとも、手放すなんて絶対に考えられない。ペットと暮らすすべての人が持つ思いだろう。

 ペット問題は、リーマンショックの時にすでに浮上していた課題でもあった。いや、正確には、その翌年の「公設」の派遣村の時。当時は民主党政権だったため、年末年始、オリンピック記念青少年総合センターがホームレス状態の人に開放され、それが「公設派遣村」と呼ばれていたのだ。

 2009年の年末、路上の相談会には、猫を連れた若いカップルが訪れた。住んでいたところを出され、猫と一緒にホームレス化したということだった。困窮しても決して飼い猫を手放さないような心優しいカップルが、路上にまで追い詰められていることがショックだった。猫とカップルの、不安そうな目が忘れられない。

 また、公設派遣村に入った中には、ウサギを飼っている若い女性もいた。長らく野宿生活だったそうで、そんな彼女にとってウサギは家族以上の存在で、手放すなんて決して考えられないということだった。このように、すでに10年以上前、住まいをなくした人たちの「ペット問題」は浮上していた。

 それだけではない。今、私たちが一緒に活動している人の中には、高野さんという人がいる。彼は一時期野宿生活となり、反貧困ネットワーク埼玉に支援されて脱ホームレス、今は支援者として活躍している人だ。彼はもともと百貨店勤務で安定した生活をしていたのだが、親の介護をきっかけに離職。結局、両親ともども見送った時には手元に一万五千円ほどしかなく、猫を抱え、両親と長年住んでいたアパートを出て野宿生活となっていた。高野さんの窮状を知った反貧困ネットワーク埼玉は、高野さんにホームレス状態でも生活保護申請ができることなどを伝え、申請に同行してくれたのだ。

 それだけではない。猫を連れた高野さんのため、生活保護で決められた家賃以下で、ペット可の物件まで探してくれていた。丁寧な支援のおかげで高野さんは無事に路上から猫とともにアパートに入ることができたのである。

 そうして今は生活保護をやめ、困窮者支援の貴重な戦力となっている。そんな例があるにもかかわらず、Aさんは以前、役所で「生活保護を受けるなら犬を処分しろ」と言われたのだという。もし、私が「猫を処分しろ」なんて言われたら、2度と役所になんか行かないだろう。あまりにも、あまりにもひどい話だ。高野さんの例が示すように、生活保護はペットがいても受けられる。

 さて、初めて会った日から数日後、Aさんとわんこは別の滞在場所に移ることになったので、そこにご案内しつつ今後の相談をした。多くの支援者や弁護士がかかわって、今、Aさんとわんこの生活を立て直そうとしている。そんな光景を嬉しく見ながらも一方で、思う。おそらく今、Aさんのように「ペットとともに賃貸物件を出されて途方に暮れている」人が日本中にいるだろうと。多くの支援団体も、ペットがいることまではなかなか想定していない。Aさんの支援を通して、モデルケースが作れたらどんなにいいだろう。

 Aさんと今後の相談をした日は、他にもSOSメールをくれた人に会いに行った。

 東京都の確保したホテルに滞在している男性は、元ネットカフェ生活者。数年前、ネットカフェで財布を盗まれ、すべての身分証をなくしていた。以来、ネットカフェ生活をしながら働いていたが、コロナの影響で店は休業、ネットカフェも閉鎖となり、支援団体にSOSメールをした結果、都がネットカフェ生活者用に確保したホテルに辿り着いたのだ。そうして生活保護を申請したものの、ホテルを出たあとが問題だ。携帯がないのでアパート契約が難しい。携帯をもとうにも、身分証明が何もない。仕事をしたくても、携帯も身分証もなければ雇ってくれる場所がない。そんな悪循環の中にいた。

 次に会った女性は、寮を追い出されそうということだった。

 この日(6月1日)、滞在が延長されているはずのネットカフェ生活者のためのホテルから、行き場も決まらないままに追い出された人が大勢いることを知った。これからまた、SOSメールが多く入るのだろう。

 3月から、支援団体は野戦病院のような状態である。何度も言うが、民間の支援団体がボランティアでできるキャパをとっくに超えている。私は日々駆けずり回っている支援者たちの過労死を心配している状態だ。多くの弁護士さんたちもボランティアで動いてくれているが、ボランティアで動いてくれる弁護士さんに仕事(といっても一円ももらえない)が集中している状態だ。

 心から、思う。国は、まずこの現場を見てほしい。駅に、街に、明らかにホームレスになりたての人も増えている。まずは命を救うこと。住まいや食べ物に困らないようにすること。望んでいるのは本当に最低限のことだ。

 今も、犬や猫を連れて、そして子どもを連れて住まいを失い、路上でひっそりと飢えている人がいる。とにかく、小さく弱い命から一刻も早く救うこと。政治がすべきことって、そういうことではないのだろうか。

       

雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。