第154回:安倍政権の疑惑追及に、衆議院予備的調査のさらなる活用を(南部義典)

委員会による国政調査の「限界」

 前置きが少し長くなりますが、国政調査権の話から始めます。
 憲法62条は、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と定めています。いわゆる国政調査権を定めた条文です。たまに、主語を「議員」と誤解している方が(議員の中にも)いますが、正しくは「議院」です。衆議院、参議院の権能です。

 現在、衆議院には465名の議員が在職していますが、国政調査権を行使するかどうか、全議員が集う会議(本会議)で決定し、行使しているかというと、そうではありません。実際に国政調査権を行使しているのは、予算委員会、内閣委員会、法務委員会、厚生労働委員会といった「委員会」です(国会法104条、衆議院規則56条、94条)。各委員会が所掌する範囲で行われています。

 最近、よく知られている例でいえば、森友学園に対する国有地売却の件で財務省内の決裁文書の改ざんが問題となったときには、財務金融委員会に同省幹部を出席させて質疑が行われたり、関係資料の提出が要求されたりしました。「桜を見る会」の参加者名簿が問題となったときには内閣委員会で、検察幹部の定年延長に関する政府解釈の変更が問題となったときには法務委員会で、それぞれ質疑や資料提出要求が繰り返し行われています。およそ、国政調査の名の下に、委員会が中心となって様々な疑惑追及が行われているのです。

 しかし、委員会における国政調査には、一定の限界があります。

 何より、議院内閣制が採用されていることから、与党会派は疑惑追及的な意味での国政調査にそもそも前向きでなく、数の上では少数である(半数を下回る)野党会派が奮起しなければ功を奏さないという点です。

 また、日本の国会は会期制に則っていることから、会期中でなければ、国政調査を行うことができないという点です。例外的に、「閉会中審査」という手続きを取って、国会閉会中でも委員会を開くことは可能ですが(例えば、昨年は国会閉会中である10月1日に、台風16号・19号の被害等に関する調査のために災害対策特別委員会の閉会中審査が行われています)、与党会派が委員会の開催に関して首を縦に振らなければ、国政調査の機会は生じえません。

 加えて、会期中であっても、委員会には慣例上の定例日があることから、国政調査を行う時間にも制約があるという点です。さらに、質疑割当て時間は基本的に、会派に所属する議員の数に応じて決められます。比較的規模の大きな野党会派であれば、1~2時間レベルの枠が与えられますが、規模の小さな野党会派は数分、数十分という時間しか持つことができず、答弁に要する時間も含めると「時間切れ」になりやすいという問題があります。
 およそ、以上のような「限界」を与野党ともに感じながら、国政調査権は日々、行使されています。

少数会派による「調査権」の意義

 以上は、国政調査権の意義と限界に関する一般的な説明に過ぎませんが、少数会派が委員会運営の壁に当たって、十分な国政調査ができないという問題点を解決するために、一定の制度的工夫も講じられています。

 今から23年前、1997年12月に衆議院規則の改正が行われ、「予備的調査」という制度が導入されました。衆議院にはあって、参議院にはない制度です。まずはその条文をご覧ください(一部要約)。

56条の2(予備的調査命令)
 委員会は、審査又は調査のため、事務局の調査局長又は法制局長に対して、その審査又は調査のために必要な調査(予備的調査)を行い、その結果を記載した報告書を提出するよう命ずることができる。

56条の3(同)
1 40人以上の議員は、連名で、委員会が前条(56条の2)の命令を発するよう要請する書面を、議長に提出することができる。
2 議長は、前項の書面の提出を受けたときは、これを適当の委員会に送付する。
3 委員会は、前項の規定による書面の送付を受けたときは、当該要請に係る前条の命令を発するものとする。ただし、当該要請に係る予備的調査が国民の基本的人権を不当に侵害するおそれがあると認めるときは、この限りでない。

 「予備的」とは、後に本格的な国政調査が行われることを見越して使われている用語です。56条の2は、委員会が衆議院の調査局長又は法制局長に対して予備的調査を行い、報告書を提出するよう命令すること(調査局又は法制局に政府等に対する必要な調査を行わせ、その結果の報告書を委員会に提出させるという意味です)ができる旨を、56条の3は、40人以上の議員が連名で「予備的調査命令発動要請書」を議長に提出することができ、議長が要請書をいずれか適当な委員会に送付した後、当該委員会が命令を発する(必須)旨を、それぞれ定めています。衆議院の総議員数は465ですが、その1割未満の議員が賛成すれば、委員会が予備的調査命令を必ず発することになるという、かなり少数会派に配慮した制度であるといえます。条文から、その理念を読み取っていただけるのではないでしょうか。

十分に活用されていない実態

 しかし、制度導入から24年目を迎えようとしていますが、予備的調査は十分に活用されていません。(表1)をご覧ください。

(表1)予備的調査の件数一覧

1997 2005 2013
1998 2006 2014
1999 2007 2015
2000 2008 2016
2001 2009 2017
2002 2010 2018
2003 2011 2019
2004 2012 2020

(総計)50

*2020年5月31日現在。衆議院事務局『衆議院の動き』第7号(2000)~第27号(2020)を参考に、筆者作成。

 いかがでしょうか。一見して「少ない」ことがお分かりいただけるでしょう。制度導入の翌98年からは年間数件程度で推移し、2011年からは8年連続でゼロという実績があるにすぎません。

 年間件数で最も多いのが2008年の9件ですが、政権交代の機運が高まる中、当時野党第一党であった民主党の議員が、公務員の天下りの問題、消えた年金の問題、公共事業の予算執行の問題などを一斉に質すべく、矢継ぎ早に56条の3に基づく「予備的調査命令発動要請」を行った結果です。2008年が最初で最後のピークでした。

 参考までに、2019年には9年ぶりとなる予備的調査が行われ(3件)、それぞれ報告書が提出されています(表2)。

(表2)2019年に行われた予備的調査一覧

  件名 要請者 要求書
提出日
報告書
提出日
1 国家公務員の再就職状況に関する予備的調査 辻元清美
議員外124名
2019.4.25 2019.10.29
2 毎月勤労統計調査の共通事業所の実質賃金変化率の算出等に関する予備的調査 西村智奈美議員
外39名
2019.5.9 2019.8.5
3 下関北九州道路に関する予備的調査 川内博史議員
外42名
2019.5.17 2019.9.10

*衆議院事務局『衆議院の動き』第27号(2020)374頁より引用。

 予備的調査が低調になった理由は様々考えられますが、少数会派(野党会派)が疑惑追及の成果獲得を急ぐあまり、手続き的にも迂遠で、報告書が上がってくるまで時間がかかるシステムを嫌厭したことが無視できないと思います。とくに民主党(の系譜にある現在の野党会派)は、政権交代、再交代を経験する中で、予備的調査の意義を忘れてしまったのではないでしょうか。とくに、第2次安倍内閣が発足した2012年以後、ゼロが連続してきたことの意味が改めて問われるでしょう。

今後行われる、行われるべき予備的調査

 ことし4月20日、一件の予備的調査が命令されました(ちょうど50件目に当たります)。財務省近畿財務局職員・赤木俊夫さんの遺書が公開されたことを受け、決裁文書の改ざんの経緯を詳細に記した資料や、佐川宣寿元理財局長による改ざんの指示の有無を明らかにするよう、川内博史議員らが規則56条の3に基づく要請を行い、財務金融委員会が調査局(長)に調査を命令したものです。本件は、文書の存在の有無も含め、調査にそれほどの時間を要するとも思えませんが(政府側はコロナ禍の混乱を楯に取って、いろいろな言い訳を重ねてくるでしょうが……)、いずれにせよ報告書は提出されることになるので、その内容を踏まえ、財務金融委員会でさらに追及を進めていくことが必要です。

 また、昨今のコロナ禍に関しては、アベノマスク、持続化給付金など、予算の執行過程等に見過せない疑惑が次々と指摘されています。現在開かれている第201回国会は、会期の延長が無ければ6月17日で閉会となってしまい、先ほど指摘したとおり、疑惑追及としての国政調査が可能な時間はわずかに残されるのみです。明らかにすべき事実が大方判明しているのであれば問題ありませんが、そうでなければ、調査に一定の時間を要することを念頭に、今のうちに(会期中に)予備的調査をかけておくことが適策と考えます。

調査の「解散消滅」に注意

 最後に、予備的調査の「解散消滅」に注意すべきことを指摘しておきます。
 予備的調査が行われ、報告書が提出されていない間に衆議院が解散された場合には、調査命令そのものが消滅(=途中の取りやめ)してしまいます。衆議院ではこれを「解散消滅」と呼んで整理しています。私が把握している限りでは、過去に2000年、2005年、2009年に1件ずつあります。明文で定められているわけではありませんが、解散によって全ての衆議院議員が失職し、憲法上の機能を果たせなくなる以上、避けられない結末なのです。

 そろそろ、衆議院の解散・総選挙が実施されるのではというニュースが流れるようになりました。わざわざ、衆議院の予備的調査を潰すだけの目的だけで安倍内閣が衆議院を解散するとは考えにくいところですが、結果としてそうなることがある点だけは注意し、理解してください。残念なことに、調査は途中でも、得られた資料等はすべて日の目を見ることなく「紙ごみ」と化してしまいます。折角の資料等を無駄にしないためにも、中間報告制度の導入などさらなる制度上の工夫が必要です。この点は、規則を改正しなくとも、運用の見直しで対応できます。

 予備的調査は、国政調査に資するものであり、国政調査は主権者・国民の「知る権利」に奉仕するものです。山積みの疑惑を取り溢すことなく、「行政監視」という議院の本務を全うできるよう、国民もその活用を求めて声を上げていくべきと思います。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)