第11回:自治体からのグリーン・リカバリー:ブダぺスト、プラハが物申す(岸本聡子)

「経済復興」と「脱炭素化社会」の両立

 ロックダウンの解除が進み、6月15日にはEU内の国境も無制限ではないが、ほぼ開いた。私が住むベルギーでも、3カ月ぶりに近所のカフェのテラスでビールが飲めるようになった。

 前回のコラムで、コロナ危機からの経済回復のための経済刺激策は「欧州グリーンディール」(EGD)と統合すべきであるという「グリーン・リカバリー」(※)の提案が加盟国から支持を得ていることを書いた。まだはっきりしない部分も多いが、温室効果ガス排出を実質ゼロ化する「脱炭素化社会」の実現と「経済復興」をどう両立させるかという議論が、EU機関内でも市民社会でも急速に進んでいる。

※グリーン・リカバリー:気候危機の回避と低(脱)炭素化社会移行のための公共投資と財政出動を行う「グリーン・ニューディール」と、コロナ危機からの経済回復政策をなるべく整合させ、回復後の経済がよりグリーンになるように誘導するのが「グリーン・リカバリー」の考え方である

 まず、EGDについて少しおさらいしよう。コロナ危機直前の2019年12月、EU加盟27カ国は、2050年までに気候中立(温室効果ガスの排出ゼロ)を実現するという大目標で合意した。その実現のための調査・研究、公共交通の整備と車の電気化、住宅の熱効率改善、建物のリノベーション、エネルギー産業の転換、雇用創出、国際協力などに大規模な公的資金を投入することを決めており、その総額は1兆ユーロ(約120兆円)にのぼる(※)。これがEGDと呼ばれるものだ。そして、これらを実施するための新しい規制や法律について話し合っているところに、コロナ危機が重なったのだ。

※総額は1兆ユーロ:前回の原稿では1000億ユーロ(約12兆円)と紹介しているが、後述するEGDのグリーン・トランジションファンドが1000億ユーロであり、関連予算まで合わせると総額は1兆ユーロ(約120兆円)になる

新自由主義にも利用されるEGD

 ちょうどいま、EUの政策執行機関である欧州委員会は、2021~2027年7年間の予算 (MFF)を合意する時期にある。次期MFFでは、EGDの合意に基づいてコロナ危機からの復興を果たしながら気候変動を回避する経済、社会、技術に大胆に投資することが中心テーマになっている。

 実際には、EGDに新しく巨額資金が投入されるというよりも、もともとある主要なEU資金プログラム(たとえば、農業基金、地域開発基金、EU加盟国の格差是正のための構造基金、調査・研究基金など)の内容を「グリーン」、「クリーン」、「次世代型」に変革して、全体として温暖化効果ガスをゼロにする社会に、EU全体で移行しようという考え方が中心なのだが、新しい動きもある。

 5月27日、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「次世代EU」と銘打って、新たに7500 億ユーロ(約90兆円)を次期MFFに追加することを提案した。委員長はスピーチで、「EU加盟国は、コロナによる健康と経済の危機に対応するか、未来のために投資するかという二択を迫られることはない」と訴えた。デジタルで環境負荷の少ない次世代型の社会産業構造への変換に適応するために、この「次世代EU」の予算で若者の教育や雇用を支援するという。「次世代EU」予算のうち、5000億ユーロは補助金で、2500億ユーロは融資だそうだ。

 すでにEGDの目玉として、1000億ユーロの「グリーン・トランジションファンド」の設立が合意されているが、これは石炭産業に頼る中央・東ヨーロッパの国々の産業転換を支援する基金である。その一方で、「次世代EU」はデジタル経済をやたら強調しており、5G、人工知能, 先進技術を活用した精密農業、グリーンエンジニアリング(環境技術)といった言葉が並ぶ。つまりEGDを活用して新しいビジネスや市場を開拓したいという勢力もうごめいているということだ。欧州委員会やEUの加盟国が新自由主義的であることを忘れてはいけない。

 この「次世代EU」を含むMFFは、いま欧州理事会(加盟国政府の長の集まり)にて審議中で、7月はじめに決定される。

EU資金の采配は、それぞれの国まかせ

 さて、もう一つ問題がある。

 27の主権国家の集まりであるEUでは、EGDをはじめ経済復興のためのEU資金は加盟国に分配されるのが基本原則になっている。分配されたEU資金を国内でどう使うかの采配は、それぞれの国が握っているのだ。EU加盟27カ国の経済力の差は大きく、非常に大まかにいうと、ドイツ、(イギリス)、フランス、イタリア、オランダ、スウェーデンが主にEU予算に貢献している国々で、ポーランド、ギリシャ、ルーマニア、ハンガリー、ポルトガル、チェコがEU資金を受け取っている国々だ。EU機関が集中するベルギーやルクセンブルクも受け取り国である。

 巨額のEU資金がグリーン・リカバリーという枠組みで加盟国に配分されても、もし資金を受け取る国が、気候変動懐疑・否定派だったり、強権・独裁的で民主主義や法を否定する政権だったり、政権のトップが自分や自分の周辺への利益配分を最優先する恩顧主義だったら、どうなるだろうか。EUの資金は、コロナ危機で一番被害を受けた家族や中小企業、医療従事者、公的医療システムの強化にちゃんと使われるのだろうか。再生エネルギー中心の新しい産業への投資・雇用の育成、生物多様性を回復させる野心的な環境保護につながるのだろうか――そう考えたときに、懸念を抱かざるを得ない国々がいくつもあるのがEUの現実だ。

国を通さずに、直接自治体へ

 そのなかでも、今回の「希望のポリティックス」として、ブダペスト(ハンガリー)、ブラチスラヴァ(スロバキア)、プラハ(チェコ共和国)、ワルシャワ(ポーランド)といった各国の首都である都市の、勇敢な市長たちの声を取り上げたいと思う。

 今年2月、この4市長は連名で、グリーン・リカバリーのためのEU資金を「国を通さずに直接自治体が受け取りたい」という公開書簡を、欧州委員会、欧州理事会、欧州議会に提出した。現在、これは主要35都市の支持を得るまでになっている。その中には、ウィーン(オーストリア)、タリン(エストニア)、デンハーグ(オランダ)、アテネ(ギリシャ)、リガ(ラトビア)、ザグレブ(クロアチア)、ハノーファー(ドイツ)、バルセロナ(スペイン)、パリ(フランス)、ミラノ(イタリア)など、「ミュニシパリスト」としておなじみの都市名も見える。

 ブダペスト、プラハ、ワルシャワは、住民と自治体の国際的なネットワーク「フィアレスシティ」(恐れぬ自治体)の行動的なメンバーでもあり、欧州議会内の緑の党グループ(Greens/EFA)議員たちの支持も得ている。緑の党グループは欧州議会で74議席を持つ4番目に大きい会派で、EGDの旗振り役でもあるので重要だ。

 6月には、4都市の市長たちは、次期MFFの中心であるグリーン・リカバリーを目指すさまざまな資金・基金プログラムに、自治体が直接申請し、受け取れる仕組みにしてほしいと要望。そのために必要な規制や法律の変更を含む具体的な提案書を発表した。その考え方や中心的な提案を、私なりに要約すると以下のようになる。

 〈多くの自治体は(国よりも)気候変動対策により積極的である。これは、その国が石炭産業からの収入や税収に頼り、産業の移行が難しい場合にはなおさらである。自治体はこうした権益よりも、住民の命、雇用、環境、健康を優先して守る最前線にいて、コロナ危機でも、実際に住民を守るために奮闘している。問題に近ければ近いほど、本質的な解決策を提案できるし、実行しなくてはならない。それは、今回の公衆衛生危機でしっかりと証明された。
 気候変動危機についても、コロナ危機以前から真摯に具体的に取り組んできたのは、国よりむしろ自治体である。EUには、自治体をグリーン・リカバリーの直接的なパートナーとして見てほしい。たとえばグリーン・トランジションファンドは、主に中央・東ヨーロッパ各国の脱炭素化を中心にしている。しかし、低所得者の住宅の熱効率改善など「公正な移行」の具体的な政策を実施するのは自治体なのだから、国を介さず自治体が直接資金を申請できるようにしてほしい。EU資金は、持続可能な地域のインフラ、中小企業の支援、デジタル化を含めた公共サービスのアップグレードといった、具体的な仕事に効果的に使われなくてはならないからだ〉

4つの国それぞれが抱える問題

 4市長のそれぞれの国は、共通する切実で深刻な問題を抱えている。

 たとえば、この件で中心的な役割を果たしているのは、44歳のブダペスト市長グレゴリー・カラチョニだ。彼はハンガリー首相のオルバーン・ヴィクトル率いる圧倒的な勢力をもつ与党への対抗軸として結成された新政党「モメンタム」の出身で、2019年の地方選挙で市長となった。オルバーン首相が率いる「フィデス=ハンガリー市民連盟」の連立与党は、ハンガリー議会の3分の2以上を占め、移民・難民の排他主義だけでなく、司法や教育制度の変更、メディアの支配など、強権的な政治で権力集中を図ってきた。コロナ危機に際しては、無制限の緊急事態法を発布し、危機に乗じて少数者の弾圧、ジャーナリズムや言論の抑圧を図っていると批判された。この危機下で、野党が主導する複数の自治体から権限と財源も剥奪している。

 そのハンガリーがEUから受け取っている資金は膨大である。2007~2013年、2014~2020年の2期合計で460億ユーロ。毎年GDPの 2.5% ~3%にあたる金額をEU資金から得ていることになる。そして、欧州不正対策局(OLAF)が調査に乗り出すほど、オルバーン政権によるEU資金の不正利用は問題視されているのだ。それは公共事業の多くをオルバーンに近い企業に発注させるという古典的なやり方だ。

欧州議会の緑の党グループ(Greens/EFA)が主催したオンラインセミナーで話すハンガリー・ブダペスト市長のグレゴリー・カラチョニ。さまざまな活動がオンライン化され、参加の垣根が低くなった

 また、チェコ共和国の首相アンドレイ・バビシュは、2017年に首相になって以来、脱税やEU補助金の不正利用で、自己資産を15億ユーロから34億ユーロに膨らませた。毎月4000万ユーロを増やしている計算になる。バビシュは農業バイオ化学企業Agrofertを中心に、自分のビジネス帝国を築いて君臨し、チェコのトランプと言われるほどだ。そのビジネスモデルはハンガリーと同様、EUや国の公的資金を自分や自分の周辺の企業に融通する恩顧主義。公共財を不正に利用して職や商売上の便宜を提供するやり方で支持者を取り込み、政治的な支持も固めている。

 バビシュ首相も利益相反行為 でEUの調査下にあるが、先週6月19日、欧州議会はバビシュ首相に厳しい決議を下した。利益相反行為の調査が決着するまで、首相は、Agrofertから退いて自分のビジネスの利益を放棄するか、首相が関係しているビジネスがEU補助金の受益者としてかかわるすべての案件の議決から辞退するか、首相の座を降りるか、3つの選択肢の一つを選びなさいと迫ったのだ。欧州議会だけの議決に強制力はないものの、EUとして国家権力を乱用したこれ以上の汚職や不正を許さないというメッセージを発信したと言える。

 そして、EU資金の最大の受け取り国であるポーランドは、石炭産業の支援を背景に、EU加盟国でもっとも気候変動対策に消極的で、EUとしての対策を率先して阻止してきた。首都であるワルシャワの市長は、EGDの資金が具体的な気候行動のために効率的に使われるのではなく、不透明もしくは非効率に浪費されることを懸念している。

 「グリーン・リカバリーのために1ユーロも無駄にしてはいけない。EU資金は環境と市民生活を守るために最も効率的に使われなくてはいけない」というブダペスト、プラハ、 ブラチスラヴァ、ワルシャワ市長たちの言葉が響く。

 この提案が4カ国の首都から出た意味は大きい。

国という単位では、動きが遅いことも……

 汚職や不正までいかなくても、国という大きな単位では動きが遅く非効率な場合があることはコロナ危機でよく見えた。私の身近な例で言えば、なんとベルギー中央政府から配布されるはずのマスクはまだ届いていない。一方で、私が住むルーベン市からは、5月中旬には一人一枚の布マスクが届いているが、ベルギー中央政府から各地薬局を通してマスクが届いたのはその1ヶ月後だった(※)。ブリュッセル市の19のコミューンはもっと早く、ネットでマスク作りのボランティアも組織するほどきめ細かな対応だった。国には税制、予算、法律、制度を整える大切な役目がある一方で、具体的な行動や対策の主体になるには大きすぎる。

※【6月30日訂正】ベルギー中央政府からのマスクは直接配布ではなく各地薬局に取りに行く形でしたので、お詫びして訂正します

 先ほど挙げたチェコやハンガリーの政治状況は、他人事とは思えない。政権与党が議会の3分の2を占め、地方政治も圧倒しているハンガリーでは、政策ではなく利益供与や配分が物を言う政治が行われている。しかし、誰にも動かすことができないように見えたハンガリーの強権政治の基盤にも小さな亀裂が見え始めている。2019年の地方選挙では、ブダペストだけではなく23の主要都市のうち10都市で、オルバーン支配に対抗する野党勢力の市長が勝利したのだ。選挙前、野党勢力は3都市だけだった。

 政治は変えられるし、古い政治は変えなければならないと強く思う。

       

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)