第124回:沖縄辺野古と、秋田・山口のイージス(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

沖縄「慰霊の日」

 この原稿を書いているのは6月23日。沖縄「慰霊の日」である。
 1945年6月23日、この日、凄惨な地上戦が行われていた沖縄で、日本軍の牛島満司令官が自決。それによって組織的な戦闘が終わったとされている。県民の4人にひとりが亡くなったという沖縄戦に終止符が打たれた日ということで、沖縄県はこの日を「慰霊の日」として県独自の休日に指定し、県民がこぞって戦争で亡くなった人たちの霊を慰める日に決めたのである。
 ぼくは、毎年のように沖縄を訪れている。もう何十回になるか、自分でもよく分からない。そして沖縄へ行けば、本島南端の糸満市摩文仁(まぶに)の丘の「平和の礎(いしじ)」に脚を向ける。それは、ぼくがとてもお世話になった元沖縄県知事の大田昌秀さんが、生涯の事業として精魂を傾けた大きな碑だ。「平和祈念公園」の中にある。
 これは「平和の礎建設委員会」の答申を受けてのもので、沖縄戦で亡くなったすべての人たちの名前を分かる限り調べ上げ、石碑に刻み込んで戦争の記憶をとどめ、平和への祈りを捧げる場として、後世に残そうとしたものだ。
 すべての人たち。敵も味方もない。日本国中から集められ、戦いに斃(たお)れた兵士たち、朝鮮半島の人たち、アメリカから沖縄までやって来て死んだ米兵たち、戦いに巻き込まれて死んだ沖縄の人たち、それらすべての人たちの名前が刻み込まれた石碑は全長約2.2キロメートル。扇上に海を臨む断崖の手前まで続いている。刻まれた人名の数、2020年の時点で24万1593人。この小さな島で、こんなにも多くの人たちが死んでいったのだ。

今年は安倍首相の姿はなかった…

 例年ならば6月23日には、ここを多くの人たちが訪れる。自分の父や母の名を探し兄弟の名を探し、それを静かに指でさすりながら涙を流す。もう二度と戦争は嫌だ、絶対に戦争は許さない……という思いを込めて、家族たちが静かに祈る、そんな日だ。そして、祈念公園では「慰霊の日」の式典が挙行される。
 安倍首相も、(多分)嫌々ながら毎年ここを訪れる。名護市辺野古の米軍新基地工事に執着し、幾度県民の「NO!」を選挙や県民投票で突きつけられても工事を止めない安倍首相には、会場から「何しに来た!」「帰れ!」「辺野古工事を止めろ!」などの鋭い抗議の声が投げつけられるのだから、そりゃ訪れたくないだろう。いつ来ても、憮然とした表情で式辞を読むと、そそくさと式場をあとにする。どんな感情も見せることはない。ただ、イヤな仕事を片付けに来た……というだけ。
 今年は「式典」は新型コロナウイルスの影響で小規模になり、少人数での挙行ということになった。だから、安倍首相は参列しなかった。内心ではホッとしていることだろう。

イージス・アショアの配備停止

 もし今年、安倍首相が式場に現れたら、例年以上に激しい抗議に晒されただろう。理由は簡単だ。秋田と山口への地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」配備予定が、突如停止になったからだ。
 6月15日、河野太郎防衛大臣が記者会見で、唐突に「計画停止」を発表した。唐突と言うしかなかった。ほんの数日前まで計画推進をツイートしていた河野大臣の突然の表明。いったい何があったのか。
 河野大臣の説明はこうだ。
 迎撃ミサイル発射後に切り離すブースターと呼ばれる加速装置を、民家のない場所へ確実に落下させることができないというのだ。もし住宅地へ落下すれば、家屋のみならず人命にも甚大な被害をもたらしかねない。しかもそれを是正するには、2千億円以上の費用と10年を超える期間が必要になるという。その費用対効果を勘案すれば、一旦、計画は停止せざるを得ないとの説明だった。
 何をいまさら! である。
 ぼくは秋田の出身である。高校まで秋田市に通っていた。だから、秋田の予定地とされていた秋田市新屋地区には、多少の土地勘がある。配備予定地は新屋演習場と呼ばれ、陸上自衛隊秋田駐屯地の演習場として使われている。ぼくが高校生だったのは今から60年近くも前のことだから、今とはまったく違っていた。それでもだいたいの場所の見当はつく。
 イージス・アショア問題を追及し、数々のスクープを放った地元紙の「秋田魁新報」によれば、今では周辺に住宅も増え、配備予定地とされた演習場と住宅地の距離は数百メートルしか離れていない。人命を尊重した計画とはとても思えない。しかも、計画は凄まじいほど杜撰であり、資料の改竄や隠蔽が次々と魁新報によって暴かれる。
 この経緯は『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報取材班/秋田魁新報社、新聞協会賞受賞)に詳しい。ぜひ、一読をお薦めする。地方新聞ならではの底力である。

辺野古は残った……

 デタラメな計画とお手盛り予算、といえば、すぐに連想されるのが、沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設工事だ。
 当然のことながら、沖縄では(いや、沖縄以外からも)「秋田や山口で計画停止ができるのならば、なぜ沖縄で同じことができないのか」という疑問の声が挙がった。安倍一強政治にほころびが見え始めたこともあって、自民党内部からも「辺野古見直し論」が上がり始めている。
 沖縄タイムス6月22日付の記事が伝えている。

(略)地上イージスは当初、2基で4500億円とされていた。だが、迎撃ミサイルを打ち上げた際に切り離す推進装置「ブースター」を安全な場所に落下させるためのシステム改修に12年の期間と、2200億円ほどのコストを要するという。
 河野氏はこれらを踏まえ、「合理的とはいえないと判断した」と述べた。
 一方の辺野古。軟弱地盤の判明で、当初3500億円とされていた工費は9300億円と約2.7倍に。当初計画で運用開始まで8年を見込んでいた工期は、すでに2017年4月の護岸工事着工から3年が経過。さらに地盤改良のため、知事の変更承認を得てから少なくとも12年かかる。
 すでに、工事は長期化しており、さらに公費が膨らむ可能性が高い。
 地上イージスは陸上自衛隊が運用するのに対し、辺野古は米軍が運用するなど、機能は異なる。
 県幹部は「一概に比較はできないが、イージス停止の理由に工費と期間を挙げるのであれば、辺野古も顧みていいのではないか」と話す。
 こうした状況に、国防の観点から自民党内からも辺野古見直しの声が挙がり始めている。
 中谷元・元防衛相は15日の報道番組で「あと15年かかり、相当国際情勢は変わる」とし、日米で協議する必要性に言及。民主党時代に防衛副大臣を務めた長島昭久氏はツイッターで「(イージス停止は)『コストと配備時期』が理由というなら、あと15年もかかりコストは青天井の辺野古移設計画も同じように決断し、10~15年先を見据えて真に役に立つ防衛装備に国民の税金を有効活用してほしい」と指摘している。

 自民党の「防衛族」と呼ばれる人たちからさえ、こんな意見が出ているのだ。しかし安倍内閣は、今のところ耳を傾ける様子はない。安倍首相が簡単には「うん」と言えない事情があるからだ。

安倍とトランプの…

 米トランプ政権で、大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めていたジョン・ボルトン氏が、超ド級の暴露本を発売して、トランプ氏を激怒させている。その中で、トランプ氏が来日して安倍首相と首脳会談を行った(2019年7月)際、安倍首相に駐留米軍経費負担を年間約8500億円に増額するよう要求したと書かれている。日本の防衛白書(19年度)では日本側の負担は約1970億円だから4倍以上の要求だ。
 トランプ大統領は安倍首相を見下している。強く出れば何でも言うことを聞くヤツ、というわけだ。それ以前から、安倍首相はアメリカ製「防衛装備品(兵器の安倍語訳)」の爆買いを唯々諾々と呑んでしまっていた。ほとんど防衛省の意見を聞かずに、安倍首相の独断でのトランプへの大盤振る舞いだった。政治でも何でもカネ換算でしか物事を判断しないトランプ大統領のご機嫌を伺うには、兵器の爆買いがいちばんなのだ。
 ここで安倍政治につきものの「忖度ゲーム」が始まる。防衛省はイージス・アショアを買うために、価格をごまかし、性能も適当に鵜呑みにし、配備予定地の選定もいい加減にでっち上げた。これでは、地元が納得するわけがない。しかし防衛省としては、安倍首相のへの忖度としてそうせざるを得なかったわけだ。だがそれも限界にきた。これ以上、ごまかし続けるのは無理だった。
 かくして秋田と山口のイージス・アショアは机上の空論として潰えた。

沖縄差別…

 ならば、辺野古も同じではないか。いや、辺野古のほうがもっとひどい。工費も工期もイージス・アショアどころじゃない。当初3500億円程度と見込んでいた工費はいつの間にか9300億円にまで膨らんでいる。しかもそれは政府試算であり、沖縄県の試算では2兆円を軽く超えるという。工期も当初の5年が8年に延び、今では12年かかるとも言われる。それも政府の言い分で、県側ではとてもそれでは完成しないという。
 10年以上先、国際情勢がどうなっているか見当もつかない。それでも辺野古は諦めないというのが安倍内閣だ。
 こうなると、やはり「沖縄差別」という言葉が出て来てしまう。秋田と山口は本土であり、沖縄は沖縄だから米軍基地は押しつけておけ。それを「沖縄差別」と言わずして何といえばいいのか。
 この沖縄の基地問題に関しては、『〈沖縄〉基地問題を知る事典』(前田哲男、林博史、我部政明・編/吉川弘文館)が参考書としては最適だ。これもぜひ、手許においてほしい一冊である。

 今年は沖縄戦終結から75年。そして60年安保闘争から60年。もう、アメリカへの貢物外交に終止符を打ってもよさそうな時期じゃないか。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。