第91回:ウイルスによる被害と、ウイルスを撲滅しようとするために起きる被害(想田和弘)

 特にリベラル派の多くからはなぜか不評を買っているが、コロナ禍が始まって以来、僕は副作用があまりに強すぎるロックダウンや営業自粛には、懐疑的であり続けてきた。長期間にわたって社会の大部分の活動を停止してしまったら、社会が壊れてしまう。結局のところ、マスクや消毒などの感染対策をできるだけとりながら、なるべく普段通りの生活をしていくしかないのだと思ってきた。

 だから僕は、スウェーデンの行く先には注目してきた。同国はロックダウンやお店の営業停止はおろか、マスクの着用すらも推奨せず、医療機関がパンクしないことを目標にゆるやかな感染対策を行ってきたからだ。

 スウェーデン在住のエンジニア・吉澤智哉さんによる7月25日の報告(動画)は、「スウェーデン方式」の方向性が、実は最適解だったという可能性を示唆している。ロックダウンによって一時的に感染者数を抑えた日本や欧米諸国で「第二波」がきているなか、スウェーデンでは6月29日以来一貫して感染者数が減少しているのである。死者数も4月15日付近をピークに右肩下がりで減少してきている。要は「第二波」が来ていないのだ。

 詳しくは吉澤さんの動画を見て欲しいのだが、スウェーデンに第二波が来ていないのは、別に人々が特別の感染対策をとっているからではない。なにしろ、彼らの大半は今でもマスクすらしないのだ。するのは手をよく洗うこと。そしてなるべく人と距離をとり、風邪の症状がある人は外出しないこと。しかし症状のない人はレストランにも行くし、バカンスのために遠出もする。つまり普通の生活を送っているわけである。

 ではなぜ第二波が来ないのか。その理由は簡単には断定できないだろう。

 しかし同国の公衆衛生庁によれば、すでに首都圏では約4割の人が免疫を獲得している可能性が高いのだという。

 日本のテレビでは、スウェーデンの政策は累計の死者数が多いことを理由に「失敗」と報じられているようだ。たしかに6000人近くが亡くなったことは深刻な事態である。人口10万人当たりの死者数も、世界で8番目に高い。

 とはいえ、公衆衛生庁を指揮してきたアンデシュ・テグネル医師によれば、スウェーデンの医療機関がパンクしたことはコロナ禍の最中でも一度もない。数多い死者の要因となった高齢者施設でのクラスター感染も、対策によって今では大幅に減少したという。そういう意味では、これまでの死者数の多さだけで「失敗」と断じることは、あまりに単純な見方ではないか。

 それに厳しい対策によって感染者数や死者数を一時的に減らせたとしても、対策を緩めれば増えてしまうのであれば、結局、対策によって得られるのは「時間稼ぎ」だけなのではないかという疑念もわく。つまり社会の大勢の人たちが免疫を獲得するまでの時間を長引かせるだけで、終わってみれば、最終的な感染者数も死者数も変わらないという可能性だってあるのではないか。

 もちろんこれは憶測にすぎない。また、時間を稼ぐ間に、よく効くワクチンや特効薬が開発されるなら、時間稼ぎに全く意味がないともいえないのかもしれない。

 しかしそのために、いったいどれだけの犠牲を払うことが許されるのだろうか?

 折しも、アメリカでは今年4月から6月までのGDP(国内総生産)が年率換算でマイナス32.9%という驚愕すべき結果が発表された。これは四半期の統計を取り始めた1947年以降、最悪の落ち込みだそうである。リーマンショックでも落ち込みは8%だったそうだから、その打撃の大きさたるや計り知れない。失業率も10%以上で高止まりしている。社会活動をほぼ完全にストップしてしまったのだから、当たり前といえば当たり前の結果だ。ユーロ圏でも同時期に年率換算でGDP40.3%減と、過去最悪を更新した。

 自粛推進派やロックダウン派は「経済よりも命を守れ」と言う。気になるのは、彼らが守れと言っているのが「コロナウイルスによって失われる命」にほぼ限られ、店や会社が潰れたり仕事を失ったりして困窮死する人の命は、なぜかあまり視野に入らないようにみえることだ。コロナに気をとられるあまり、他にある無数のリスクはどうでもよくなってしまったかのようだ。

 コロナウイルスによる重症化のメカニズムとして、「サイトカインストーム」という現象が取りざたされている。ウイルスを攻撃するために作られるサイトカインが過剰に放出され続け、自分の細胞まで傷つけてしまう現象のことだ。

 ウイルスによる被害よりも、ウイルスを撲滅しようとするために起きる被害によって社会が「重症化」するのであれば、それは一種の「サイトカインストーム」のようなものだと僕は思う。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。