第160回:オンライン署名、押印廃止、広告規制……住民投票ルールの大幅な改善を(南部義典)

ようやく本番を迎えた、品川区の直接請求運動

 品川区では10月4日、「羽田新ルートの賛否を問う区民投票条例」の制定を求める署名運動がスタートしました。地方自治法に基づく「条例制定直接請求」に向けた取り組みであり、署名の期間は11月3日までの1ヶ月間です。品川区の有権者(18歳以上で3ヶ月以上居住する340,078名)の50分の1以上の署名(6,802名)が期間内に集まれば、運動の代表者は区長に対し、区民投票条例の制定を請求することになります。その後、区議会で条例(案)が議決されれば、条例の内容に従って区民投票が実施されます。

 連載第152回(2月19日掲載)で、品川区の署名運動、区民投票の実施の意義を述べたところですが、運動はその後、コロナ禍のために中断を余儀なくされました。ところが、コロナ禍をよそ目に、羽田新ルートの試験飛行は2月から行われ、3月には本格運用に入っています。業界全体が下火となり、絶対的な便数が減ったとはいえ、実際、数多の機体が低空通過しているのです。機体が南向きの着陸を行うのは春・夏頃のため、「区民が騒音を実感する時期に署名運動を始められたらよかった」と多くの方が忸怩たる思いだったはずです。また、区民投票が都知事選挙に間に合っていれば、区民投票の結果を争点化することもできたでしょう。ともあれ、ようやく仕切り直しとなったので、6,802名を大きく超える署名が集まるよう、私も微力を尽くします。

 ことしは住民投票をめぐる動きが活発です。品川区のほか、横浜市でもカジノ施設の誘致の賛否を問う住民投票の実施に向けた直接請求運動が展開されています(署名は9月4日から11月4日までの2ヶ月間)。また、実施の根拠となる法律は異なりますが、11月1日には大阪市で都構想の賛否を問う住民投票が行われます。大規模な自治体で様々な動きがあることを機に、住民投票絡みのルールの大幅な改善を議論すべきです(こういうタイミングでないと注目されません)。切り口の一つが「デジタル化」です。

直接請求の手続きこそ、デジタル化対応を

 巷間、菅内閣の目玉施策と言われているのが「デジタル庁」の設置です。2021年秋までに実現する方針が固まっていますが、国の行政機関の事務負担の減少・効率化ばかり強調するのではなく、すべての国民にとっての利便性を優に追求すべきです。自治体の対応に遅れや較差が生じることがないよう、国の目配りや支援も万全でなければなりません。何より、スピードとバランスが肝要です。今回の品川区の事例など直接請求の手続きに関しても、デジタル化対応の必要性を強く感じています。以下、提案を3つ述べます。

 第一に、直接請求に必要な署名をオンラインでも可能とすることです。署名を受け付ける側として、自治体の選挙管理委員会に直接請求専用のページ(入力フォーマット)を設けてもらい、有権者がそのページにアクセスし、氏名、住所、生年月日といった必要事項を入力し、最後にマイナンバーカードで電子署名を付与する、といった方法が考えられます。いわば「デジタル署名簿」です。先般の特別定額給付金の申請と同じで、自宅に居ながらでも署名を済ませることができます。

 現行制度では、署名運動を始める側が自己資金や寄付を元手に、紙の署名簿を準備(印刷)しなければなりません。それだけでも、相当な出費になります。当然、有権者の多い大規模自治体では準備数も増え、額が膨らむばかりです。

 また、署名をしたい有権者は、原則として署名簿の記入欄に直接、自書する方法しか認められていません(⇔例外的に代理署名が認められています)。結局、署名を受け付けてくれる場所(署名簿が現存する場所)に自ら足を運ばなければならないのです。その場所が自宅近辺になければ、遠出をしなければなりません。運動に携わる関係者はみな我慢し、諦めていますが、地方自治法74条などが定める方法は、要する時間、コストともに、決して合理的とはいえないのです。自治体側でオンライン署名に対応すれば、今回の品川区の例のようにコロナ禍で運動が中断するということも無かったでしょう。

 もし、オンライン化が実現すれば、選管でデータ情報を管理できるので、署名の有効・無効を一瞬にして精査できます。有効署名の数は署名期間の翌日にも確定します。現在のように、紙で提出された署名簿の山を選管職員が1週間程度かけて署名を一つずつチェックするという古典的な事務作業も無くなります。もちろん、紙による署名簿を禁止する必要はなく、オンライン署名との併用の途を残すべきです。

有権者の「押印」は廃止すべき

 第二に、直接請求に関し署名とともに要求される押印を廃止することです。押印廃止は昨今、河野太郎行革担当相の肝煎り施策として注目が集まっています。鶴の一声が功を奏したようでもあり、国の行政機関での文書決裁では全廃の見通しが立ちつつあります。国の対応を受けて、押印廃止を独自に宣言、実行する自治体も登場しています(福岡市など)。

 しかし、押印を手続上の要件とする旨を法律で定めているケースもあります。該当する規定が改正されない限りは、国であれ自治体であれ押印が求められます。直接請求はこの点、地方自治法74条の2、地方自治法施行令(政令)92条等で押印が要求されています(無ければ、署名は効力を生じません)。

 現行制度では紙の署名簿しか選択の余地がありませんが、そもそも、個人の印鑑を普段から持ち歩いている人など、ほとんどいないでしょう。署名運動の街頭スポットを通りすがった人がその場で署名しようとする場合、印鑑を持っていなければ必然的に「拇印」対応になってしまいます。しかし拇印は、印鑑を押す以上に心理的抵抗を感じさせます。拇印をしたことがない人も増えてきています。まして、指紋が個人認証の一手段として用いられる昨今、そのような重要なプライバシー情報を他者に見られる(見せる)こと自体、相当な拒否感を覚えるはずです。

 地方自治法は1947年に制定された法律です。直接請求の手続きの内容はほぼ、立法当時のまま、その骨格は73年間、ほとんど変わっていないのです。当時は氏名を書くことができない人も多く、法的にも社会的にも自書とは別に押印がなされる意味が尊ばれた事情がありました。当然、インターネットもない時代で、文書によらないオンライン(署名)の意義など議論する余地がありませんでした。しかし、今となっては基本設計そのものが時代にそぐわないのです。紙の署名簿に押印を求める制度は、直接民主主義のスムーズな展開に摩擦と負担を与えるだけの旧弊にすぎません。古いスペックが壁となり、住民自治が泣いています。法改正、運用の見直しを行い、悪しき旧弊とはできるだけ早く訣別すべきです。

大規模住民投票に相応の「広告規制」を

 第三に、これまでとは議論の座標が異なりますが、大規模な住民投票に相応の広告規制をルール化することです。連載第157回(8月5日掲載)で紹介したニュージーランド国民投票法は、投票日まで一定の期間に国民投票運動(広告)のために一定の額を支出しようとする者は広告主として登録しなければならず、投票日後には支出報告書を政府に提出しなければならない、といった厳しい広告規制を定めています(※文末の追記もあわせてご覧ください)。また、支出額には上限が定められており、違反した者には罰則の適用があります。広告規制は日本の国民投票法改正論議で頻繁に触れられるようになり、国民投票に特有の論点と思われがちですが、決してそうではありません。

 広告規制ないし支出規制の目的は、出処が確かでない多額の資金が特定の投票勧誘運動に使われ、有権者の意思を不当に歪めることがないよう、フェアな運用を担保することにあります。仮に何の規制もなく、資金を使う自由度が大きければ、その影響力、弊害も大きくなるばかりです。選挙のような収支報告がなければ、誰が、いつ、どういう使途で支出したのか、事後的にチェックすることさえ出来ないからです。

 運動資金の不当な影響を排除しつつ、その透明性を図るべきという要請は、国民投票と住民投票で本質的な違いはありません。少なくとも、横浜市(375万人)、大阪市(275万人)の規模の住民投票では、ニュージーランド(500万人)と同様、個人、団体、政党を問わず一律に、広告主としての登録を要求することなどが不可欠です。これは地方自治法ではなく、個々の実施法、条例で対応することになると思います。

 もちろん、過去の原発立地の住民投票の事例が示すとおり、小規模な自治体での住民投票でも、出処の不確かな多額の資金が有権者に不当な影響を及ぼすことがあります。将来的には、共通の枠組みを定めることが望ましいでしょう。選挙と異なり、国民投票、住民投票はすぐにやり直すことができず、公正さの担保がより強く求められる点も考慮する必要があります。まずは、こういう議論があることをぜひ知っていただき、各地の住民投票の動きを観察してください。

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【追記】
第157回「ニュージーランド国民投票法に学ぶ“広告規制”」で、当初9月19日に予定されていた国民投票の制度を紹介しましたが、現地のコロナ禍の影響で投票日が延期となり、さらに広告規制のルールがいくつか変更になりました。以下、表にまとめましたので、必要な読み替えをお願いいたします。

  (変更前) (変更後)
投票日 9月19日 10月17日
広告主登録が必要となる支出額 13,200NZドル 13,600NZドル
支出の上限額 330,000NZドル 338,000NZドル
支出規制がかかる期間 6月19日~9月18日 8月18日~10月16日
テレビCMが可能な期間 8月16日~9月18日 9月13日~10月16日
支出報告書の提出期限 2021年1月19日 2021年2月17日
登録広告主の数(大麻国民投票) 10(8月1日現在) 15(10月1日現在)
〃(介助死国民投票) 8(同) 13(同)
       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)