第161回:11.1大阪を教訓に、住民投票ルールの見直しを(南部義典)

住民投票は衆愚の極み?

 「反対過半数が決まるやいなや、“住民投票など衆愚の極みだ”と言い始めた賛成派市民がいる」。大阪市廃止・特別区設置住民投票(1日)に反対の立場で熱心に活動をされてきた某大学の研究者の方から、こんな話をうかがいました。住民投票の民主的意義を理解しないまま、結果を好んで受け入れられるかどうかという主観的な理由でその評価を変えてしまう市民がいることには甚だ驚きですが、ある意味、今回の住民投票の負の一面を浮き彫りにしている気がします。

 日本の住民投票は、現行憲法の下で70年を超える歴史があります。実施の根拠を定める法律、条例によってその効果に違いはあるものの(例えば、今回の住民投票ではその結果に法的拘束力が認められますが、2019年沖縄県民投票など直接請求の手続きを経たものでは認められません)、有権者の直接投票によって「地域のことを地域で決められる」唯一の方法なのです。住民投票の民主的な意義は、他に代え難いものがあります。一部の有権者に都合がよければいいとは、そもそも民主的な制度と受け止められていない証拠です。「衆愚」と言ってしまっては一巻の終わりです。

 今回の住民投票の結果は確定しましたが、その後始末(政治的な意味)は次回の国政選挙、市長選挙、市会議員選挙の争点となり得ます。政策論としても当面は燻り続けるでしょう。私としては前回(第160回)と違った観点で公正さを追求し、住民投票ルールの見直しを提起します。今回の住民投票は、大都市地域における特別区の設置に関する法律(2012年制定)、大都市地域における特別区の設置に関する法律施行令(政令、2013年制定)等に基づき、必要に応じて公職選挙法を準用・読み替えしつつ実施されたものですが、公正さの観点から問題が無かったわけではないと考えるからです。さすがに3度目の住民投票がないとなると、長年このまま放置されるのではないかと心配になります。

見直し① 住民投票公報のページ割

 大阪市選挙管理委員会のウェブサイトには、今回の住民投票で各世帯に配布された住民投票公報が掲載されています。全4ページのうち、2ページに反対派である共産党、自民党の意見表明、3・4ページに賛成派である大阪維新の会、公明党の意見表明がそれぞれ掲載され、賛成派・反対派のページ割が2対1の割合になっていることが分かります。公報のページ割に関して公職選挙法を準用・読み替えし、「大阪市会の会派議員数」で按分したためです。

 この点、選挙公報であれば、候補者の数に応じてページを与えることは納得できるのですが、住民投票は候補者を選挙するものではなく、一つの政策案件の賛否が問われるものなので、その限りで公報のページ量の不平等はあってはならないはずです。賛成派、反対派のページ割は平等にすべきです。

 話が逸れますが、憲法改正国民投票と比較してみます。国会が憲法改正を発議した場合には、国民投票広報協議会という組織が置かれ、国民投票公報の発行などの広報事務を担いますが、国民投票公報では憲法改正発議に「賛成」した政党の意見と「反対」した政党の意見は平等のページ割になります(国民投票法14条2項)。そもそも衆参総議員の3分の2以上の賛成を以て発議されますが、発議の時点で賛成議員数と反対議員数は2対1以上の「較差」が生じ、議員数で単純に按分してしまうと、国民投票公報は常に賛成派が反対派の2倍以上のページ割を得ることになってしまいます。国民投票法はその弊害を避けるために平等を担保しているのです。賛否の不平等が生じる公職選挙法ではなく、国民投票法をこそ準用・読み替えを行うべきです。

見直し② 住民投票公報の発行回数

 今回の住民投票公報は選挙公報と同じく、発行は一回のみであり、賛成派、反対派ともに同じ内容のものが配布、掲載されました。しかし私は、10月下旬までに第2弾の公報を発行すべきだったと考えます。もちろん、第1弾公報よりページが少なくなっても構いません。

 賛成派、反対派による投票運動が活発になるほど、反論、再反論の必要性も高くなり、全体的に盛り上がっていくわけですが、一方でそれに対応できない内容の公報は、どんどん陳腐化するばかりです。古いものは、大して参考になりません。例えば、俗称としてメディアも使う「大阪都構想」という表現にせよ、「どこがどのように都になるのか?」といった反対派からの疑問に関しては終始、説得的な説明はみられず、印象操作だけが勢いを増していました。公報の上で明確な主張、反論がないと、「デマだ」という批判も当然増えていきます。住民投票公報は、有権者が賛否を判断する重要な公的情報源であることに鑑み、複数回発行を前提とした運用に改めるべきです。

 もっとも、公報の発行に「議会」が関与したことは評価できます。過去に例えば、某市が市役所の新築移転を進めようとして反対運動が起き、住民投票が行われたケースがありますが、執行機関である市長が住民投票に関する広報周知を一元的に担うとなると、どうしても新築移転「賛成」の情報ばかりが出てきてしまいます(行政側にとって都合の悪い「反対」の情報提供はほとんど期待できません)。議会が議決機関としての地位、機能にとどまることなく公報の発行に関与するとなれば、その内容も一変します。議会には様々な議員、会派が存在します。賛成派・反対派の双方が揃っていることを前提に、バランスが取れた広報周知が可能になるのです。

見直し③ 住民投票運動をもっと自由に

 今回の住民投票は、住民投票運動のルールに関しても、公職選挙法の一部を準用・読み替えすることで行われました。確かに、選挙運動規制のすべてではなく、一部が準用・読み替えされるだけなので、例えば、チラシ・看板の種類・枚数は制限なし、投票運動用メールの送信も可能、街宣車の事前審査もなし、運動団体の届出も不要で収支報告書の提出義務もない(運動費用の上限もない)といった、相対的には自由度の高い運動が可能でした。

 しかし、投票買収が禁止されることは必要最小限の規制としてやむを得ないものの、18歳未満の者の運動の禁止、戸別訪問の禁止、署名運動の禁止、飲食物の提供の禁止、予想投票の公表の禁止といった規定まで準用・読み替えを行ったことは過剰であったと考えます。これらの行為は、国民投票法では規制されていません。一つの政策案件の賛否を問うという共通点からも、投票運動の自由度がより高い国民投票法のレベルに合わせるべきでしょう。

見直し④ 自書投票は記号で、簡単に行えるように

 今回の住民投票では、投票人が投票用紙に「賛成」「反対」のいずれかを自書する方式が採用されました。ほとんどは漢字で正しく「賛成」「反対」と書かれていたはずです。平仮名の「さんせい」「はんたい」は有効投票として扱われたものの、「○」または「×」を書いた人も少なからずいて、この場合は無効投票としてカウントされたことでしょう。それぞれ、賛成、反対の意思を合理的に示していると思いますが、有効と扱えないのは制度設計として失当です。

 私は選挙の開票立会人を何度も経験していますが、真っ白な投票用紙に自書させる方法は書き間違い等を助長し、疑問票の確定作業に負担がかかってしまいます。したがって、自書は自書でも記号式投票が好ましいと考えます。例えば、憲法改正国民投票では投票用紙に予め「賛成」「反対」の文字が印刷されており、投票人はいずれか一方に「○」印を付す方法になっています。また、2019年沖縄県民投票は「賛成」「反対」「どちらでもない」の三択で行われましたが、その空欄に「○」印を一つ付す方法がとられました。具体的な実践例があるにもかかわらず、なぜ、わざわざ「賛成」「反対」と自書させたのかは疑問が残ります。投票人のみならず、投開票管理の実務に対しても配慮が足りなかったと言わざるを得ません。

 他に、前回(第160回)と重なるので詳述しませんが、今回の住民投票のように大規模なものでは、投票運動を行う団体(広告主)の登録や収支報告の制度を導入すべきことを提案していますので、併せてご覧ください。どうしても、住民投票の公正さを担保するルールづくりの話は置き去りにされがちです。今後も各地で様々な試みが始まりそうなので、今こそ議論を始めるべきです。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)