第517回:給付を、補償を、住まいを失わない対策を! と言い続けているのに、安倍政権の優先順位が謎すぎる。の巻(雨宮処凛)

 「2008年9月にリーマン・ブラザーズが破綻して、炊き出しに並ぶ人が1.5倍に増えたのが11月でした。約2ヶ月のタイムラグがあって、その年の年末には派遣村ができました」

 4月3日、池袋で路上生活者支援を続けるTENOHASIの清野賢司氏は、東京都庁での記者会見で言った。この日、ホームレス支援をする6団体が連盟で都に対し「新型コロナウイルス感染拡大に伴う路上ホームレス化の可能性が高い生活困窮者への支援強化についての緊急要望書」を提出したのだ。

 コロナ不況を受け、多くの人が突然の困窮に晒されている。

 この日、申し入れに参加した「ホームレス総合相談ネットワーク」の後閑一博氏は、「不安定、非正規雇用で今までギリギリなんとか生活してた人が、ちょっと仕事が停滞することで一気に所持金が5000円、1〜2万円しかない状態に陥っている」と電話相談の結果を報告した。このまま対策しなければ、そのような層が家賃を滞納し、続々とホームレス化することは目に見えている。

 不安要素はそれだけではない。例えば都市がロックダウンされたらネットカフェも閉鎖することになるかもしれない。東京都の調べによると、都内の「ネットカフェ難民」は4000人。これらの人々が路上生活になってしまうのだ。実際、アメリカではホームレスの施設が閉鎖されたことにより、多くの人が駐車場での野宿を余儀なくされている。

 一度野宿生活になってしまうと、様々な困難が立ちはだかる。現在、首都圏ではホームレス状態の人が生活保護申請をすると、まずは「無料低額宿泊所」に入れられることが多い。そんな「無低」の多くは相部屋や大部屋。感染リスクが非常に高い。

 「先日も、60代の男性が『生活保護を受けたいけれど、役所で紹介される10人部屋の施設はおっかない』と。だから生活保護申請を諦めるということでした」

 つくろい東京ファンドの稲葉剛氏が最近の夜回りで聞いた声を紹介する。

 本来であれば、ホームレス状態であっても生活保護を申請すれば施設を経由せずにアパートに入ることは可能だ。敷金などの初期費用は生活保護から出るからだ。

 「ところが首都圏の多くの福祉事務所は、『まずは無料低額宿泊所に入ってください』と。それも根拠なく、『最低でも3ヶ月程度は入ってください』という運用をしてきた。それが今まさに深刻な問題になっている」と稲葉氏。

 もともと、無料低額宿泊所の問題は「貧困ビジネス」として批判されてきた。劣悪な施設が多いからだ。生活保護費を家賃や生活費などでほとんど取り上げ、本人にあてがわれるのは二畳ほどのベニヤ板で仕切っただけの窓もない狭い部屋だったり、二段ベッドが並ぶ相部屋だったり、六畳の部屋に知らない人と2人で押し込まれたり。人との距離から言っても換気の面から言っても、集団感染する条件が揃っているような場所だ。「だったら路上の方がマシ」という気持ちもよくわかる。

 この無料低額宿泊所、長年の「規制を」という運動側の声が厚労省を動かし、この4月からやっと規制が始まった。が、3年間の猶予措置がある。もっと早く規制が進んで「個室化」が進んでいれば……。平時に市民運動を進めて様々な制度をより良くしておくことの重要性を、非常時に痛感している次第である。

 「今後は生活保護を申請したら、まずは個室を確保して、すぐにアパートに移れるように支援すべきです」と稲葉氏。

 「とにかくホームレスになってしまいそうな方、なってしまった方を支援につなげることが重要です」と語るのは、この申し入れの呼びかけ人である北畠拓也氏。

 このような状況に対して、海外では様々な対応がとられている。例えばロンドン市長はホームレスのためにホテルを300室解放。同様の措置はパリやカリフォルニアでもとられている。また、ドイツではコロナ経済危機を受けて、生活保護が受けやすくなった。日本と同様、資産があるかないかの調査があるのだが、「大きな資産はない」と言うだけで、半年間は資産調査がなく生活保護を利用できるのだ。

 翻って日本には、生活保護に対して偏見があるだけでなく、「扶養照会」というハードルもある。親や兄弟に役所から「あなたの家族が生活保護の申請に来てますが、金銭的に面倒見られませんか?」と確認の連絡が行くのだ。これがどうしても嫌だから生活保護を受けたくない、と頑なに断る人は少なくない。もちろん、DVや虐待があるから連絡してほしくない、という場合は扶養照会なしで生活保護を利用することもできるので、その際は役所に「こういう事情なので絶対連絡しないで」と強く主張しよう。ちなみに第515回の原稿で書いた通り、ホームレス総合相談ネットワークは3月16日、資産要件の緩和などを要求した要望書を安倍首相と厚労大臣などに提出している。

 稲葉氏は会見で改めて、「コロナ収束までの間だけでもいいから、資産を問わないとか、扶養照会をしないとか、思い切った対策が必要です」と述べた。そういった柔軟な運用で、確実に救える命がある。防げる自殺がある。

 ということで、この日、6団体はこれから住まいを失う人、すでに失ってしまった人のため、ホテルや公共施設の個室を確保すること、積極的に生活保護や既存の制度につなげることなどを要望した。

 この日、清野さんは言った。

 「おそらくネットカフェでも宿泊所でも、集団感染が始まってると思います。まだ(表に)出てないだけで」

 想像したくないが、十分にあり得る話だと思う。

 その翌日、新宿ごはんプラスともやいの相談会に参加した。都庁前の路上で、お弁当の配布に並んでいたのは100人以上。若い人の姿もある。支援者に聞くと、他の炊き出しがなくなったりしているので、3月に入ってから並ぶ人が増え、新しい人の姿もちらほら見えるとのこと。つまり、新たにホームレス状態になった人がじわじわと増えているのだ。また、普段は生活相談を希望するのは数人らしいのだが、この日は10人以上が生活相談を希望していた。コロナ経済危機は、こうして少しずつ路上の現場にも現れている。

 相談会に参加した中には、仕事がなくなってネットカフェに寝泊まりしているという若い層もいれば、生活保護は受けたくないと野宿をしていたものの、コロナ不況で仕事がまったくなくなり困り果てている人もいるということだった。それまでは知人などのツテで得られていた仕事が途切れたのだ。自粛が続き、経済活動が停滞すると真っ先に影響を受けるのはこういった層である。相談待ちをする中には、3月まで入院していたものの、退院してそのまま路上生活となったという60歳の男性もいた。脳梗塞の後遺症で身体が不自由で障害者手帳を持つその男性は、生活保護を考えているが、やはり施設に入るのが怖いということだった。大部屋の施設では感染するかもしれないからだ。

 このような人たちを放置すれば、集団感染となって社会を脅かすことは目に見えている。

 さて、4月3日、やっと現金給付についての案が発表された。その内容は、一定の水準まで所得が減少した世帯に限って、一世帯30万円、フリーランスを含む個人事業主には最大100万円ということだが、新型コロナウイルスの影響で収入が減っていることが条件で、それを証明する書類の提出が必要だという。

 私は2月、3月の講演、イベントの中止などで収入が半減、4月もその見通しでコロナ収束の目処が立つまではおそらくずーっと半減が続くが、それを証明する書類はないと言っていい。講演やイベント出演に関して、契約書など一切交わしていないからだ。また、収束が見通せないことから講演やイベントの依頼自体がなくなっているわけだが、それを「コロナの影響による収入源」とはなかなか認めてくれないだろう。が、そうなると今後のライヴ予定が立たないミュージシャンなどはどうなるのだろう?

 しかも、給付されるのは「減収後の収入が一定の基準を下回る」世帯のみ。収入が半減する中、必死で単発の原稿を書いたり「このテーマで書かせてほしい」と自ら売り込んでなんとか仕事を増やしているが、それらを頑張れば頑張るほど補償からは遠ざかる。その上、「生活資金がかさむ子育て世帯は子どもの人数に応じて基準をゆるめ、生活資金が少なくても暮らせる単身の場合は厳しくする」という。それを知って、単身の私は無理だろうな……と遠い目になった。

 そんなふうに収入が減る中、私は地味に出費が増えているのだが皆さんはどうだろうか? 品薄のティッシュやトイレットペーパーは普段買っていた安いものが店頭から消え、単価の高いものしか店頭に出ないのでそれを買うしかない。スーパーやドラッグストアしか開かなくなったら様々な生活用品や猫のトイレシートなどはなかなか買えないかもと思い、見かけると買ったりする(買いだめではなく、一点のみ)。そういう細々した出費が増えていて、地味に家計を圧迫しているのだ。これが子育て世帯だと、休校により食費なども増えていると聞くしテレワークだと光熱費が増える。

 なぜ、安倍政権はここまで給付を渋るのか。他の国では休業補償や現金給付が当たり前なのに、なぜ自粛を要請するばかりで金銭的補償は後回し、もしくはやっても小規模なのか。本当に給付があるのか、あるとしたらいつ頃なのか、みんなの関心事はまさにその部分だというのに。

 そこまで考えて、ふと思った。

 もしかして安倍政権って、「正しい日本人」であればこの「国難」を我慢と忍耐で乗り越えられるとか、思ってないよね? 一人ひとりの生活より、「国民一丸となってコロナに打ち勝って『さすがジャパン!』と世界から称賛される」ことを優先させたりしてないよね? 「美しい国」の国民であれば、金だ給付だ休業補償だなどと、はしたない、さもしいことばかり要求するはずはない、そんなことを言うのは権利意識が肥大した一部の「こんな人たち」だとか、思ってないよね? そもそも「政治に対して声を上げたり文句を言ったりするような奴らは日本人じゃない」とか、思ってないよね?

 そう不安になってしまうほど、私は今の安倍政権の「優先順位」がさっぱりわからない。何を守ろうとしているのかが、恐ろしいほど見えてこない。

 3月14日の記者会見で、コロナが終息したら「日本経済を再び確かな成長軌道へと戻す」など、明々後日の方向の演説を誇らしげにブチかました時から嫌な予感がしていた。この人の目に、「今月払う家賃、今日の食費に困っている」大多数のこの国の人々の姿は、見えていないのかもしれない……。しかし、そこから軌道修正されている様子は残念ながらない。なんたってこのタイミングで出てきたのが「Go To Eat」「Go To Travel」というクーポン券だ。どうして誰も止めなかったの??

 そんな安倍首相を、漫画家の田房永子さんが「新型コロナウイルス怯え日記」で非常に的確に表現していた。以下、引用だ。

 「2月半ばから『首相は無能』というフレーズがネット上にあふれ出していた。そう言っている人たちは『政府はこういう仕事をするべき』という当然の前提が私と同じタイプの人だと思う。だけど、無能とかそういうことではなくて、こっちは事務アシスタントとして雇ってるつもりの人が、職種、業種を間違えてアイドルとして採用されたと思ってオフィスで歌い踊っているみたいなレベルのことなんじゃないかと思う。首相が無能というより『首相は不在』だったと思うほうがしっくりくる」

 コロナ以来、政権批判の声は日に日に大きくなっている。しかし、それでも安倍政権を支持し続けている人たちもいる。この国に生きる人の多くは真面目で我慢強く、お上を批判するなんて、という遠慮があることもわかっている。しかし、その我慢の結果がマスク2枚だったではないか。

 一方で、私は知っている。「物言う人間」「声を上げる人間」を毛嫌いするのは、安倍首相だけではないことを。反貧困の活動を始めて14年間、私はずっとある光景を見てきた。

 原発避難者が「すみません」と謝り、「ありがとうございます」と頭を下げながら「どうかこのような政策を」と言う分には人は優しいけれど、権利を主張した途端にバッシングの嵐に晒されるのを。

 ホームレス状態の人が頭を下げ、腰を低くしていれば同情的な世間が、生存や住まいを要求してデモなどしようものなら「ふざけるな」と手のひらを返すことを。

 「謝り続けていれば施しくらいはあげてもいいけど、絶対“権利”なんて言わないでね」

 そんな空気は、ずーっとこの国を覆っている。非常時の今、その空気は、私たちの首をぐいぐいと絞めている。そんな空気が当たり前だったから、この国だけ安心できるほどの給付や補償がないのかもしれない。だから、もっと普段から言っておくべきだったのだ。そんな空気、叩き壊しておくべきだったのだ。

 今、いろんなことを悔やんでいる。そのひとつが、このことだ。

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※この原稿を書いてから緊急事態宣言が出され、東京都では住まいのない人に一時的に住む場所が提供されることなどが発表された。必要な人が支援につながれるよう、引き続きチェックし、声をあげていくつもりだ。

東京都に申し入れ。左から北畠拓也さん、後閑一博さん、稲葉剛さん、清野賢司さん

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。