第150回:なじみの蕎麦屋さんが閉店してしまった(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

深大寺へ散歩に…

 このコラム、もう150回目か。いつまで続けられることやら……、書き手がかなりポンコツになってきたからなあ。

 今年になって初めて深大寺へ行った。もう数カ月ぶりだ。
 深大寺とは、東京都調布市にある名刹。お寺もさることながら、すぐそばの神代植物公園は絶好の散歩コースだ。我が家からもそう遠くない。車で20分ほど。車を駐車場に入れ、あとは公園を散歩するだけだから、人との接触はほとんどないし「密」にはなりようがない。休日でなければ人出も少ない。ぼくは、最近はあまり車にも乗らなくなったが、ここはちょうどいい距離でもある。
 ぼくら夫婦は「年間パスポート」というのを購入している。高齢者割引があって、年間1250円である。よく来るからかなりお得だ(もっとも、最近はすっかり御無沙汰だったが……)。
 近所には「植物多様性センター」という無料の庭園もあって、ここはいつだってシーンと静かだ。名称どおり、さまざまな植物の植生を観察できるように造園されている。植物園が大賑わいのときでも、ここを訪れる人はあまりいない。知る人ぞ知る名庭園である。ほんとうは他人には教えたくない。あんまり人に来てほしくないからね。
 植物園を挟んで反対側には「水生植物園」もあって、ここも無料。その中の坂を少し登れば「深大寺城跡」に辿りつく。ほとんどの人は知らないから、ここも人影はまばらで、近所の人たちが子ども連れで散歩しているくらい。
 こんなに散歩に適したところもない。ぼくら老夫婦のお気に入りの理由がお分かりだろう。

蕎麦好きにはたまらない門前町…

 なんだか「深大寺周辺観光案内」みたいになっちゃったけれど、実は、深大寺の門前町にはもうひとつ、忘れてならない名物がある。それが「深大寺蕎麦」だ。なぜここが蕎麦の名所になったかということまでは触れないけれど、周辺には20店を超えるお蕎麦屋さんがあって、各店それぞれに特色があり、蕎麦好きにはたまらない。
 ぼくのお気に入りは「深山茶屋」だった。
 「だった」と過去形で書いたのは、なんと「閉店」してしまったからだ(悲)。
 ここは、深大寺のメインストリートからはけっこう離れた場所にあって、名前のとおり「深山」の雰囲気が漂う坂の上の、木立に囲まれた店だった。しかも、テーブルのほとんどが屋外で、コロナ対策には最適のオープンスペース。
 夏はちょっと蚊に悩まされるけれど、まあそれもご愛敬。冬は寒くても熱々のかき揚げ蕎麦で温まれる。

「閉店のお知らせ」の貼り紙が…

 ぼくら夫婦は深大寺へ出かけると、必ずここに立ち寄った。植物園のゲートからは離れているし、車の通れる道からも外れている。というわけで、いつも空いている。しかも、ぼくの気に入りの味だったんだよ。
 店員さん(家族経営のお兄さん)ともすっかりお馴染みで、「いつものアレね」で通じるようになっていた。ぼくはかき揚げ付きの中盛り蕎麦、カミさんはとろろ蕎麦が定番だった。時にはおでんも楽しんだ。
 数日前、ほんとうに数カ月ぶりで深大寺へ行った。まずは蕎麦だよな。「深山茶屋」は屋外で、テーブルもかなり間を取っているのでコロナもあまり心配ないしな……などと、夫婦で“不要不急”の外出の言い訳をしあいながら店のそばまで行くと、あれ、閉まっている。今日は休みか? でも、定休日は水曜日だったはず。近づくと、貼り紙が目についた。不吉な予感。

閉店のお知らせ

まことに勝手ながら 当店は12月25日をもちまして
閉店することになりました
開店以来のご愛顧 誠にありがとうございました

                  深山茶屋

 妙にあっさりとした「お知らせ」が、なんとも悲しかった。
 ボーゼン………という感じで、ぼくらはしばらく店の前に立ち尽くしていた。どーしたんだ、ヘヘイベイビー…と清志郎なら歌うところだ。
 そんなに繁盛しているとは思っていなかったが、まさか「閉店」するほどとも感じていなかった。それが年末の25日に閉じてしまっていた。年末年始といえば、蕎麦屋にとっては最大の書き入れ時。それを前にして閉店だなんて…。こんなときにお蕎麦を食べられないなんて……と、またしても清志郎だ。

 ガッカリしながらトボトボと(ほんとうにそんな感じで)神代植物公園の入り口へ向かったら、こちらにも「休園します」の掲示。緊急事態宣言への対応措置らしい。入園者同士が密に接触するわけじゃないから大丈夫だと思うのだけれど、確かに不要不急の外出には違いない。諦めて家へ帰るしかなかった。
 帰って家の近所を少し歩いただけで、その日の運動はおしまい。なんだかぐったりと体の力が抜けていた……。

閉店したお蕎麦屋さんの淋しい風景

こんな貼り紙が……

紅葉の頃は、こんな風情も楽しめたお店だったのですが……

国会は始まったけれど…

 このお蕎麦屋さんの閉店が、政府のコロナ対策の失敗のせいなのかどうか、それはぼくには分からない。だけどまったく関係ないとも言い切れないだろう。
 菅政権のコロナ対策には、猛烈に不満がある。けれど、ここまで来てしまった以上、いまさら文句を言っても仕方ない。これからきちんとした対応策をまとめて、なるべく早くコロナ退散を実現してもらうしかない。ホント、対策を小出しにではなく、もっとまともで確実な案を出してくれよ、と思う。
 とは言いながら、例えばワクチンひとつ、国内では作れないという現状には、腹が立つよりも呆れるしかない。医療体制をメチャクチャにした当の本人たちが政権を担っているのだからやるせない。
 せつない政権を、ぼくらの国は持ってしまったもんだなあ……と深い溜息をつくしかない。
 首相が逃げ回っていた国会がようやく始まった。所信説明演説を少しだけ聞いたけれど、あくびしか出てこなかった。
 この首相、どうにも頼りないまま。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。