第550回:人との関係を断ち切る貧困〜生活保護基準引き下げ違憲訴訟、大阪地裁で勝訴! の巻(雨宮処凛)

 「大阪地裁、勝ちました!!」

 メーリングリストに流れてきたその言葉を見た瞬間、一人の部屋で「おおおおお!!」と叫んでいた。

 この日、大阪地裁で下されたのは「生活保護基準引き下げ違憲訴訟(いのちのとりで裁判)」の判決。結果は、原告の勝訴。大阪地裁は原告らの国家賠償請求は棄却したものの、引き下げを違法であるとして取り消すという画期的な判決を言い渡したのである。

 やっと、やっと苦しい人たちの声が届いた。踏みにじられてきた人々の声に、裁判所はちゃんと耳を傾けてくれた。

 そう思うと、胸が熱くなった。

 思えば、長い道のりだった。

 2012年末、第二次安倍政権が発足して真っ先に手をつけた「生活保護基準引き下げ」。以降、13年からどんどん減らされていった生活保護費。食事の回数を減らした、家族や親戚のお見舞いや葬式にも行けない、どんなに暑くても電気代が怖くてエアコンなんてつけられない――。そんな悲鳴があちこちから上がったが、もっとも耳にしたのは「生きていてはいけないと言われている気がする」という言葉だ。

 その言葉は、前年から聞いていたものでもあった。12年春、芸能人家族の生活保護利用をきっかけに、野党だった自民党議員らが主導した「生活保護バッシング」。当時は生活保護利用者の「監視」を呼びかけるテレビ番組まで登場し、多くの利用者から「怖くて買い物に行けない」「外に出られない」「うつがひどくなった」という声を聞いた。「死ね、と言われている気がする」という悲鳴もあった。実際、このバッシング騒動の中、自ら命を絶った利用者を知っている。

 12年末、「生活保護費10%削減」を公約のひとつに掲げた選挙で、自民党は政権に返り咲く。そうしてすぐに「引き下げ」が始まったというわけだ。

 が、この引き下げには、ずーっと「疑惑」がつきまとっていた。総額で670億円削減されたわけだが、その理由とされていたのが「デフレで物価が下がっているから」というもの。が、下落していたのはパソコンやテレビといった生活保護世帯では買えないようなものの価格。その根拠となるデータも、それまで使っていた生活保護世帯の消費実態を調べたものではなく、なぜか一般世帯の消費支出を使う有様。

 なんだか自民党の「生活保護費10%削減」という公約に無理矢理寄せるために、必死に数字をいじっているように思えるのは私だけではないだろう。しかし、そのようなやり方で生活保護基準は引き下げられ、世帯によっては実際に、保護費が10%も削減された。

 そんな引き下げに対して、「もう我慢ならない」と生活保護利用者たちが立ち上がったのが数年前。そうして1000人を超える原告により(最大時)、全国29都道府県で「生活保護基準引き下げ違憲訴訟」、通称「いのちのとりで裁判」が始まったのだ。

 しかし、昨年6月、大きな失望が私たちを襲った。それはこの裁判初となる判決が、「原告の請求棄却」だったこと。名古屋地裁の判決だ。「最低最悪の判決」。私たちは憤ったものの、この時のショックが大きかったため、今回はどこかで「ひどい判決が出てもあまり衝撃を受けないようにしよう」と身構えていた。しかし、蓋を開けてみたら、名古屋地裁とは正反対の判決だったわけである。

勝訴を受け、弁護団、原告団が厚労省で記者会見。(前列左から)尾藤廣喜弁護士、小久保哲郎弁護士、原告の堰立夫さん、支援者の雨田信幸さん(後列左から)前田美津恵さん、稲葉剛さん、私

 ということで、判決から2日後の2月24日、大阪地裁の原告団、弁護団、支援者たちと厚労省に「控訴しないこと」などを求めた要請書を提出し、話し合いをしてきた。

 この日の話し合いに参加したのは、前回コラムで紹介した「八尾市母子餓死事件調査団」のメンバーでもあり、この裁判の弁護団副団長の小久保哲郎氏。そしてやはり調査団メンバーであり、「いのちのとりで裁判全国アクション」共同代表の尾藤廣喜氏。共同代表として参加したのは他にも稲葉剛氏、前田美津恵氏、そして私。大阪の原告として参加してくれたのは堰立夫氏。支援者として雨田信幸氏も大阪から駆けつけてくれた。そうしてオンラインで、大阪から二人の原告と支援者も参加。

 午後1時、厚労省の課長補佐など5名が話し合いの席につくと、まずは堰さんが要請書を手渡した。要請書に書かれているのは、被告自治体に控訴しないよう指導し、引き下げ前の生活保護基準にただちに戻すことなど。要請書を手渡す様子をテレビカメラがとらえている。

 堰さんは要請書を手渡しながら、国会で菅首相が「最終的には生活保護がある」などと述べたことに触れ、「それをなぜ下げるのか。ケチるところじゃないでしょう?」と語りかけた。

 同じく大阪の原告である新垣さんは、パソコンの向こうから厚労省の職員たちに「多くの方がこの引き下げで行動を制限されている」「社会参加をますます拒まれ、孤立している」と訴えた。そんな新垣さん自身も引き下げによって、施設に入院する母親に会いに行く回数を減らさざるを得なくなったという。施設までの交通費は片道1700円。引き下げ以前は月に4回程度行っていたそうだが、引き下げ後は月に1、2回しか行けなくなった。事情がわからない母親に「なんで来てくれへんのや」と言われるのがもっともつらかったそうだ。そんな母親は今年の1月、亡くなった。

 「最後はコロナの影響もあって面会できず、非常に寂しい思いをしました」

 もし、生活保護引き下げがなかったら。コロナは仕方ないにしても、新垣さんは倍以上の回数、母親に会えただろう。そしてそれは、どれほど晩年の母親の励みになっただろう。

 「生活保護費10%削減」の現実は、こうして人と人との関係、家族の絆を断ち切るようなものなのだ。

 大阪の支援者、大口さんは、それを裏付けるデータを紹介してくれた。毎年生活保護利用者にアンケートをとっているそうだが、引き下げ後に顕著なのは、「交際費を減らした」という声で、19年で83%にものぼっている。原告の一人である70代の女性は、友人らと月に一度行くカラオケを楽しみにしていたものの、引き下げによってその700円がどうしても捻出できなくなり、付き合いを継続できなくなったという。

 一人7万円の会食を首相の長男とする人がいる一方で、月に一度の700円が出せなくて人間関係を維持できなくなる人がいる。自民党の特命委員会は2月25日、孤独・孤立問題対策についての初会合を開いたが、本気で孤独や孤立の問題に取り組むのであれば、生活保護基準引き下げによる孤立問題もぜひ議題に入れて欲しい。

 ちなみに大口さんによると、食費を減らした人は19年で87.6%。衣類購入を節約した人は93%にものぼるという。

 次に大阪から来た雨田さんが訴えたのは、原告の数について。大阪では当初、51人の原告によって裁判が始まったのだが、判決時には42人にまで減っていた。その中には、様々な事情から裁判が続けられなくなった人もいたが、高齢で亡くなった方もいるそうだ。

 「そういう方々と一緒にこの判決をお祝いできないのが残念です」という言葉が胸に響いた。そう、この裁判には、すでにこの世にいない人たちの思いも込められている。

 そうしてこの話し合いの席で、厚労省の職員たちをもっともビビらせたのは弁護士の尾藤先生だった。何しろ尾藤先生は1970年から73年まで、当時の厚生省に勤務。それだけでなく、72年から73年までは生活保護を担当していたという、この日揃った厚労省の面々にとっては「大先輩」だからだ。

 普段は温厚な尾藤先生だが、この日は迫力満点だった。

 尾藤先生は、生活保護基準の違法性が示されたのは、60年前の朝日訴訟(結核療養所にいた朝日茂さんの生活保護をめぐる裁判)の東京地裁判決以来であることを指摘。しかも大阪地裁の判決では、厚労省が数字を操作したり意図的に捻じ曲げて基準を作ったりを裁判所に指摘されていることなどを「恥ずべきこと」と厳しく指摘。深刻な問題として重く受け止めるべきだと強調した。

 これらの訴えに対して、課長補佐は棒読みで言った。

 「判決につきましては、判決内容を精査いたしまして、関係省庁や被告自治体との協議の上、対応を検討していきたいと考えております。以上です」

 すると尾藤先生はすかさず、「判決が出る時、課内で判決予測するでしょ?」と切り込んだ。黙り込む課長補佐。それに対して「私も担当してたからわかるけど、その中でどうするか検討しますよね」と畳み掛ける。と、渋々判決予測はしていたことを認める課長補佐。が、それ以上は言えないという。

 ならば、どうか関係省庁とは、「控訴しない」方向で協議してほしい。そう何度も念を押して話し合いは終わったのだった。

厚労省に要請書を提出する堰さん

 控訴の期限は2週間。ということは、3月8日までに控訴されなければ判決は確定する。なんとか控訴させたくない、という人は、厚労大臣へのFAX運動も行なっているので、ぜひ協力してほしい。

 そして判決から4日後の2月26日、ある動きがあった。第548回のコラムで、生活保護の扶養照会見直しを求める署名が提出されたことは書いたが、厚労省が新たな通知を出したのだ。

 新たな通知では、DVや虐待加害者への照会は控えることが明記されるなど一歩前進はしたが、多くは微調整。例えば扶養照会しなくていい例として挙げられていた「20年以上音信不通」が「10年」に短縮されたりと、前進はしているものの根本的な解決には至っていない。2月8日に提出された要望書に書かれていたように、本人の承諾がなく、扶養が期待できない場合には連絡しない、という運用にした方がよほど現実的だし、現場の負担も減るしでいいことずくめではないだろうか。これについては生活保護問題対策全国会議が声明を出している

 それにしても、200万人以上の命を支える生活保護基準の引き下げの根拠が、やっぱり無理やりのこじつけみたいなものだったことに愕然としている。下げた根拠が大きく崩れたのだ。厚労省は今すぐ、まずは元の基準に戻してほしい。

 最後に。最近、生活保護を巡るあれこれが注目されているが、コロナ禍によって貧困が誰にとっても他人事ではなくなった。そんな今だからこそ、最後のセーフティネットをより強く、使い勝手のいいものにしていくチャンスだと思っている。

 ということで、全国の裁判はまだまだ続いている。ぜひ、応援してほしい。

       

雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。格差・貧困問題、脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『ロスジェネのすべて』(あけび書房)、『相模原事件裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(太田出版)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員。