第161回:5月になれば…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 「5月になれば…」なんて、ちょっと素敵なフレーズだ。5月、若葉が萌え、山が笑う季節。青春小説のタイトルにもなりそうだ。そういえば寺山修司に『われに五月を』という詩集があったな。
 もうじき、そんな5月がやって来る。しかし……。

何度、騙せば気がすむのか

 年が明けたら…
 3月を越えれば…
 5月になったなら……。
 ぼくらは何度、同じような言葉に騙されてきただろうか。菅義偉首相は、昨年から繰り返し「来年(2021年)前半には、全国民にワクチン接種ができるようにする」と語ってきたが、果たして実現できているか? むろん、NO!だ。
 安倍晋三前首相は、憲政史上まれに見る「ウソつき宰相」として名を残すことになったが、菅首相だって負けてはいない。しかも、こちらは国民の命に関わる「コロナ・ワクチン」での虚言だから、考えようによっては安倍氏よりたちが悪い。コロナ感染による日本での死者数は、そろそろ1万人に達しようとしている。その死者数のほぼ8割が、実は昨年の11月以降に集中している。つまり、たった半年で8千人近くの人たちが、コロナ感染によって亡くなっているのだ。
 ではこの半年間、菅政権はコロナ対策として、いったい何をやって来たのか。
 菅首相は「小出し首相」とあだ名されるように、現象の後追いばかりで、何ひとつ実効的な具体策を示すことができなかった。何かあるとすぐに「それはワクチン担当の河野大臣から……」「具体策は厚労省のほうで……」などと逃げ回るだけで、後手どころか大臣や官僚に丸投げだった。だから「打つ手なし宰相」とも言われている。

最後の手段も不発

 その批判はむろん、菅氏本人だって分かっているが、それを打開する手立てを見つけられるような側近は皆無だ。茶坊主だらけで企画力も提案力もない。
 そこで起死回生の一手、ということで考えたのがワクチン獲得の最終手段だ。つまり、ワクチン製造元のファイザー社CEOアルバート・ブーラ氏への直談判だった。最初は、訪米中の滞在先ワシントンにブーラ氏に来てもらっての会談を、と考えていたようだが、ニューヨークのブーラ氏はワシントンへ来ることを拒否。やむなく菅首相は、電話での会談でワクチンの供給増加を懇願するしかなかった。泣きついたわけだ。
 それにしても、アメリカまで出かけておいて、製薬会社CEOに会ってももらえなかったとは、なんと情けない! 側近どもは最悪だ。そんなことは行く前にセッティングしておくのが当然だろう。その程度のことも出来ぬ連中に取り囲まれているのだから、自業自得とはいえ菅首相も気の毒ではある。
 だいたい、電話会談など日本からだってできる。わざわざ訪米して電話しなければならないとは、いったいいつの時代の話なのか。まさか、国際電話より国内電話の方が安上がりだ、などとバカな側近が進言したわけでもあるまいが(苦笑)。
 結局、この会談は17日の夜(現地時間)に行われたが、ブーラ氏はほとんど具体的な数字を示さず「追加供給に向けた協議を迅速に行う」というあいまいな返事しかしなかった。日本側は、例によって「ファイザー社は、新型コロナの克服に向けて日本政府と緊密な連携をとると約束した」という無内容なコメントを発表しただけ。
 なにしろこの会談は約10分間。通訳を介してだから、実質5~6分のものだろう。具体的な話なんかになるわけがない。ふつうなら、事前に実務者間ですり合わせができていて、会談では内容を確認するだけだから、10分間でも大丈夫だろう。だが今回はそれができていなかったのだ。ゾロゾロとついていった側近どもは、何しに行ったのか。
 きちんとした交渉ができていたなら、具体的に期限と数量を発表して成果を強調するはずなのだが、あいまいな中身のない言葉を並べてごまかしただけ。要するに、ファイザー社からなんの言質も取ることはできなかったということである。一国の首相がお願いしても鼻であしらわれたわけだ。

9月から来年へ

 その会談を受けて河野太郎ワクチン担当相は、18日のフジテレビの番組内で、「9月末までには、製薬会社からすべての接種対象者分のワクチンが供給される見通しがついた」と菅首相とブーラ氏との間で実質合意がなされたとの見解を示した。
 おいおい、今度は9月かよ!? なぜか政府首脳が話すたびに、どんどん時期がずれて遅くなっていく。
 必要な接種対象者分のワクチンは、年初には……、3月には……、5月には……、いや、6月いっぱいには何とか……。
 いったいいつになるんだよ、と首をかしげていたが、それがとうとう9月になった。ぼくの予想だが、いずれ今年いっぱいには……となるだろう。そしてそれも、来年の早い時期に、から、なんとか2022年中をめどに、と遅れていくのだろう。それがぼくの予想だったのだが、残念なことにそれが的中しそうだ。
 なんと19日の自民党のコロナ対策会合で、下村博文政調会長が「場合によっては、高齢者への接種は来年までかかるかもしれない」と発言。菅首相と河野ワクチン担当相が「9月までに」と言っているのに、下村政調会長は「場合によっては」との留保付きだが、とうとう「来年になるかも」と口走っちゃったのである。
 政権のデタラメぶりも、ここまでくると目も当てられない。いったい、国民の命を何だと思っているんだっ!

初外交の成果は?

 菅首相は、いったい何のためにアメリカへ行ったのか。
 「バイデン大統領に対面で一番目に会っていただく」こと以外に、何か得るものはあったのか。コロナ変種株が猛威を奮い、大阪などの医療機関が壊滅的打撃を受けている真っ最中に、どうしても訪米しなくてはならない理由があったとは思えない。アメリカの対中強硬路線の片棒を担がされたようにしか見えない。支持率アップに望みをかけたワクチン獲得交渉も、終わってみれば雲をつかむようなあいまいさ。
 更に失敗だったのは、「東京五輪」について、バイデン大統領から有効な返答をもらえなかったことだ。バイデン氏は「東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた菅首相の努力を支持する」と社交辞令的に語ったが、やはり具体的な言及はなかったようだ。あと2カ月ちょっとに迫った五輪開会式に自ら出席するか、とか、政府特使は誰になるか、などについては何も語らなかったらしい。アメリカの参加を土産にして、五輪気分を盛り上げようとした菅戦略は失敗したというしかない。
 もっともバイデン大統領と菅首相の「首脳会談」はたったの20分間。これも通訳を入れれば実質10分にも満たない。ふつうなら開く「食事会」も開かれず、会談中のハンバーガーだけ。それを菅首相は「ハンバーガーを食べる時間もないほど話に熱中した」などと自画自賛したが、そうとでも言うしかなかったのだろう。
 やはり菅首相に、外交は無理だったのかもしれない。

コロナ敗戦、近し

 日本国内での五輪お祭り気分はいっこうに盛り上がらない。マスメディアが「本日の聖火リレー」「池江璃花子選手の奇跡の感動秘話」「新たな五輪選手決まる」などとどれだけ騒いでも、依然として聖火はプスプスと燻るだけ。当然だろう。もはや第3回目の「緊急事態宣言」を目前にして、何がオリンピックか!
 さらに、小池百合子都知事の「東京には来ないでいただきたい」発言が、一挙に「五輪開催は無理」に拍車をかけた。当然だ。「東京五輪」なのに「東京へ来ないでいただきたい」とくれば、もはや小池都知事に「オリンピックをやる気なし」と考えるしかない。
 一部では「選手には優先的にワクチン接種をして大会を開くべき」という意見もあるが、これは炎上中。「国民を放っておいて選手優先では、応援する気になれない」というのが、多くの人たちの本音だろう。
 調べてみると、東京では医療従事者へのワクチン接種率は、まだたったの16%(4月9日現在)なのだ。それでも組織委は「大会では毎日約500名の医療スタッフが必要」と言っている。なんだか、こちらの頭がおかしくなる。
 オリンピックに関しては、関係者みんな正気の沙汰じゃない。
 19日、山梨県の長崎幸太郎知事が「感染状況が深刻であれば、オリンピックをやってるどころじゃない」と発言。二階俊博幹事長に続いての「五輪中止も」発言だが、そろそろ外堀どころか内堀までも埋まってきた。大阪城落城の様相が、江戸城無血開城に近づいてきたということだ。もはや「コロナ敗戦」は必至である。
 そしてとどめは、3度目の「緊急事態宣言」の発令。

 菅首相、そろそろご決断を。
 ここでも「後手」を踏んだら、あなたは「コロナ戦犯」として後世に名を残しますよ。

       

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。