第177回:嗚呼!!花の先進国ニッポン(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくのかかりつけの医師の話だが、コロナ禍がもたらす他の疾病が問題化しつつあるという。リモートなどで在宅勤務が増えたり、コロナ不況で自宅待機になってしまったりというケースのために、どうしても運動不足になる。ぼくの場合を考えてみても、それはよく分かる。するとどうなるか?
 どんなに運動量が落ちても、なぜか腹は減る(ま、ぼくの場合だけれどね)。だから食べる。そして「家飲み」する。当然、体重は増える。昨年のコロナ感染拡大の緊急事態宣言以来、いわゆる「ステイホーム」を実行している人たちの体重増は、平均で3kgほどにもなるとのデータもあるという。糖尿病や高脂血症、高血圧、心臓病などの慢性病を抱えている人たちは、体重増加によって、それが悪化する。
 このところ、ぼくは腰痛がひどい。それも多分、こういう範疇に入るのだと思う。腰痛では散歩もままならぬ。
 しかも、病院はいまや医療崩壊寸前だから、あまり気楽に医師の診断を受けにも行きにくい。院内感染を気にして、病院へ行くのを控える人も多い。悪循環である。

 コロナ感染症で亡くなる人が増えている。しかし、統計に表れる死者数は、「コロナ関連死」すべてではない。例えば、糖尿病の悪化や高血圧による脳卒中などでの死は、その統計には含まれない。むろん、事故等で本来なら緊急治療を受けるべき人が、受け入れ先が見つからずにたらい回しされ、入院が間に合わずに死に至る、などというケースは多発していると聞くが、それらは「コロナ死」とは数えられない。
 ガンなどで手術予定の人たちも、医療崩壊のために手術できずに手遅れになった、という例も報告されている。

 何よりも悲惨なのは感染者の「自宅療養」だ。いや、これは「自宅療養」ではなく「自宅放置」や「医療放棄」と呼ぶべきだと思う。
 その結果の孤独死、さらには妊婦の自宅での早産での新生児死亡など、いったいこれのどこが「先進国」か、という状況に、今の日本は直面している。
 かつて『嗚呼!!花の応援団』(どおくまん)というギャグ漫画があったが、いまや「嗚呼!!花の先進国ニッポン」である。ギャグにもならん!

 菅首相が「コロナ対策の3本の柱」などと言いだした。緊急事態宣言の9月12日までの延長についての、8月17日夜の記者会見でのことだ。
 1.医療体制の構築、2.コロナ感染の予防対策、3.ワクチンの接種
 これこそ「3本柱」だと胸を張る。ふざけんな! と言いたい。この「対策」が昨年の春のことだったら、まあ分からぬでもない。だが、感染が拡大し始めてからほぼ1年半も経っている。感染拡大初期にやっていなければならない施策を、いまごろになって言い出す。「何をいまさら」を千回分ほど投げつけたい。
 むろん、感染初期のころは安倍首相時代だから、菅氏だけを責めるのは酷かもしれないけれど、しかし菅氏自身も官房長官として官邸を仕切っていた立場だったはず。「私は知らん」とは言わせないぞ。

 その上でのパラリンピックだ。何度でも書くが、日本の与党政治家どもは、完全に正気を失っているとしか思えない。もっと言えば、狂気の沙汰である。
 パラリンピックは障碍を持った人たちのスポーツ祭典だ。つまり、選手たちや彼らを支える役員や関係者、ボランティアたちの中には、基礎疾患を抱える人も少なからずいるはずだ。その人たちの感染の危険について、どんな考慮がなされているのか。
 8月24日現在で、すでに150人超の感染者がパラ関係者から出ている。選手にも感染者がいるという。大丈夫なのか?
 また、崩壊中の医療体制からパラリンピック対応のために、数千人規模の医師や看護師が動員される。何のためのパラリンピックなのか。パラリンピックとは、医療崩壊に手を貸す大会なのか.

 IPC(国際パラリンピック委員会)パーソンズ会長の傲慢さにも呆れる。「日本のコロナ感染拡大はパラリンピックには関係ない」と、19日のオンライン会見で大見得を切ったのだ。それなら、同じことを自分の国(ブラジル)で言ってみろ!
 ブラジルもまた深刻な感染拡大に悩んでいる。「ブラジルのトランプ」とも称されるボルソナーロ大統領の感染対策は行き当たりばったりで、反ボルソナーロのデモはひっきりなしに起きている。もし同じことを、パーソンズ氏がブラジル国内で言ったなら、卵をぶつけられるくらいじゃすまないだろう。

 それでも、菅首相と小池百合子都知事のパラリンピック強行開催の方針は変わらない。しかも「子どもたちにとっては、未来への大きな財産になるはずです」などと、小池知事は学童動員に前向きだ。
 一方で「修学旅行の自粛」などを要請しながら、片方でパラリンピックへの学童動員を推進する。ぼくにはまったく理解できない。誰か、この矛盾を説明してくれないか。

 国民の菅内閣への不信不満は、すでに頂点に達している。その結果が、8月22日に行われた「横浜市長選挙」に現れた。
 菅首相が政治生命を賭けて(?)推した小此木八郎候補が惨敗したのだ。以下が、その結果だ。
 山中竹春  506,392票
 小此木八郎 325,947票
 林文子   196,926票
 田中康夫  194,713票
 松沢成文  162,206票
 (10万票未満は省略)
 この結果を見て、「自民分裂の結果だ。小此木氏と林氏の得票を足せば、山中氏を上回るではないか」などと言う人もいる。けれど田中康夫氏は明らかに自民系ではない。とすれば、山中氏と田中氏の票を足して比較する、という計算も成り立つだろう。
 ともかく、小此木氏は18万票もの大差で惨敗したのだ。時の首相が全力で応援してのこの結果だ。「もう菅総理で総選挙は戦えない」という声が自民党内には広がっている。しかし、総裁選に意欲を示しているのは、高市早苗氏と下村博文氏といういずれ劣らぬ極右政治家。自民の劣勢を撥ね返せる玉だとは思えない。

 オリンピックで国民は熱狂し、その余勢をかって解散総選挙に打って出る、との菅首相の目論見はあぶくのように消えた。パラリンピックでの「熱狂」なんてないんだよ。騒ぐのは一部のマスメディアだけだろう。

 ANN系列の世論調査(8月21、22日)では、菅内閣支持率は過去最低の25.8%、不支持は逆に過去最高の48.7%となった。
 さらに、東京五輪をこの時期にやってよかったかとの問いには、やってよかった38%、よくなかった44%と、見事なほどの手のひら返し。一時の熱狂はやはり一時でしかなかった。
 菅政権、もう「終わりの始まり」ではない。「終わりも終わりかけている」のである。

 しかし心配事がひとつある。維新がしきりに自民へ尻尾を振り始めたことだ。
 もし橋下徹氏が出てきて安倍晋三氏と手を組んだら、それこそ「悪夢」だ。橋下氏は「もう政治家には戻らない」と言っていたが、うそツキとウソつきが連係したら……。

 想像するだけで、嗚呼!! ヤだヤだ!

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。