第172回:”実現本部”への看板替えでも、憲法改正論議の沈滞は続く(南部義典)

 去る11月19日、自民党の最高意思決定機関である総務会が開かれ、総裁直轄の機関である「憲法改正推進本部」を「憲法改正実現本部」と改組することが決まりました。「推進」から「実現」と言い替えると、憲法改正論議があたかも順調に進んできて、今後さらに踏み込みを強めるというポジティブな印象を与える(受ける)のですが、コロナ禍に入るずっと前から党内外の議論は沈滞しており、「実現」とするのは誇張じみた出任せに過ぎません。
 現に、推進本部のウェブサイトは2020年11月5日の記事を最後に更新が止まっています。更新が止まるのは、提供すべき新情報が無いということであり、組織体として動きがないことに他なりません。「過疎る」というネット用語をそのまま当てはめるに相応しく、「推進」ツールとして役に立っていなかったことは明白です。たまにアクセスする私が心配になるほどの閑散ぶりです。
 さらに言えば、自民党は2020年1月7日、「憲法改正の主役は、あなたです。」と記したポスター(2種類、各4万枚)を作製し、全国の支部等に配付をしていますが、2年近く経過するにもかかわらず、私は都内、近郊でこれらのポスターが貼られているところを一度も見たことがありません(たまに、ニュースで自民党本部内の様子が映る際、壁に貼られているのを見かける程度です)。ポスターはすべて全国の支部に配送し終えているのでしょうが、結局、その一部は憲法改正に熱心な支援者(個人、団体)に届けられ、外向けではなく室内で貼られているか、議員の地元事務所で対応できず(党本部からの送付部数を選挙区内ですべて貼り切れない)、未開封のままになっている(あるいは、すでに廃棄された)のだろうと想像します。
 どう考えても、自民党による憲法改正への取組みには、「推進」から「実現」へとギアシフトできるだけの要素が見当たりません。

自民党の問題点を改めて整理する

 次週6日、臨時国会が召集されます。岸田内閣が発足し、総選挙を経て初めてとなる衆参予算委員会が開かれ、憲法改正についても間違いなく質疑・答弁が行われるでしょう。内容は別に置いて、手続論から見た、自民党及びその周辺の憲法改正論議の問題点を整理しておきます。
  
 第一に、過去の党内議論の検証がまったく出来ていない点です。
 分かりやすい例は、安倍元総裁が2017年5月3日、読売新聞のインタビュー記事などの中で「9条改正による自衛隊の明記をはじめ、3年後の2020年に新しい憲法(改正)を施行する」と発言したことです。党内的には「無かった話」になっているかもしれませんが、実際に実現しなかった(できなかった)点についての検証、反省が行われていません。誰も問題の所在を掘ろうとしたり、責任を追及しようとしたりしません。
 また、スケジュールどおりに事が上手く運ばなかった点について、その後悲嘆に暮れている自民党議員、周辺の関係者を見たことがありません。議論が進まず、一体、誰が残念に思っているのでしょうか。自民党は「保守政党」を自称している以上、歴史(失敗)から学ぶことを是としているはずですが、ことさら憲法改正論議については過去を一切振り返らず、前ばかり(明るい未来を夢)見ています。

 第二に、推進本部が2018年3月に取りまとめた憲法改正4項目(①自衛隊の明記、②緊急事態対応〈政令の制定、任期の特例〉、③参院選挙の合区解消と自治体の根拠明記、④教育の充実)でさえ訴求力を失っているという点です。
 これを実感したのは、自民党総裁選(10月)でした。憲法改正の取組みに関して4名の候補は揃って「4項目の実現」に触れていましたが、それが得票につながるからというよりも、4項目に触れないことが減点対象になるので「一応言うだけ言っておく」という印象を受けました。総裁選の終盤で行われたネット討論会でも、憲法改正は最後の最後で少し触れられただけで、個々の意欲とは別に、今後どのように議論を進め、実現するかというビジョンを明示した候補は皆無でした。今や4項目は、取り組むべき具体的テーマというより、自民党関係者による「時候の挨拶」ないし「合言葉」のようになっているだけではないかと考えます。

 第三に、憲法の「制定」という概念に、未だに決別ができていない点です。
 自民党が総選挙向けに配付した政策パンフレットには、「08.日本国憲法の改正を目指す。」とあり、ここまでは他党も触れているレベルの話ですが、項目の二つ目には「〇技術革新、安全保障環境や社会生活の変化など、時代の要請に応えられる「日本国憲法」を制定するために、力を尽くします。」と、「改正」とは区別して「制定」の語が使われています。
 言うまでもなく、憲法の制定(1946年)は済んだ話で、法的に許されるのは「改正」です。あえて制定というのは、そもそも占領下で行われたの憲法制定の過程に瑕疵、誤りがあるという主張に則り、「自主憲法」「新憲法」の必要性を説きたい場合です。現行憲法の有効性を前提とする「改正」論議とは相容れず、党の政策パンフレットの中で用語が混在すること自体、大いに信じられないことですが、完全に切り捨てることはできない複雑な事情を察します。
 また、政策パンフレットには記載がないものの、推進本部のウェブサイトには「憲法の自主的改正を目指す」といった表現も見受けられます。「自主的」という形容詞が付されると、「自主的ではない改正がそもそもあり得るのか?」という素朴な疑問も浮かんできます。おそらく、「自主憲法の制定」という概念がスクランブルして「自主的改正」という言い方になっているのですが、一般的には理解不能です。

 第四に、憲法改正の手続きを定める国民投票法の改正問題に関して、意識が及んでいない点です。
 二度目となる改正法が6月に成立しましたが、内容的に完成したわけではなく、3年後を目途に法整備を済ませるべき「2つの宿題」(2019年公職選挙法改正2項目への対応、デジタル広告規制、運動団体に対する収支規制などの検討、整備)が残っています。宿題の未解決は、法的な欠陥を抱えていることに他ならず、憲法改正の中身の議論をいくら積み重ねようとも、現状では国民投票を正常に執行することはできません。手続法(論)を度外視して、中身の議論を推し進めるやり方は、国民投票法が制定される2007年以前の政治状況と何ら変わっていません。手続を軽視する風潮は社会の随所で見られますが、恥ずかしい限りです。
 この点は、自民党に限った話ではありません。11月2日、日本維新の会・松井代表は「(2022年夏の)参院選に合わせて、憲法改正国民投票を実施すべき」という見解を表明し、物議を醸しました。手続論からすれば、国民投票は、国会の発議の日から60日以後180日以内の期日に行われることになっており(国民投票法2条、国会法68条の6)、遅くとも2022年4月中旬には、衆参のいずれか憲法改正原案を後に審議する議院で議決を終えなければならず、常識的にはありえない話です。当然、それまでには前記の「2つの宿題」が解決している必要があるほか、国政選挙・最高裁裁判官国民審査の投開票事務を行う自治体に対して実費と適正な手間賃を支払う法的根拠を国民投票でも定めるために、その執行経費の基準を明確にするための法律を別途、制定する必要があります。このような制度の現状を知らずして、憲法改正の具体的なスケジュール感を語ること自体、無意味であり、「本当にそのような日程で憲法改正が可能なのか?」と勘違いをする国民を増やすという点で、じつに有害です。

「永遠のチャレンジャー」を気取りたいだけでは?

 思えば、この10年ほど、多くのメディアは「自民党」「内閣」を主語に置いた憲法改正論議を煽りに煽ってきました。憲法改正発議の主体は「国会」であり、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成(衆310名、参264名)が絶対的な要件です(憲法96条1項)。
 確認ですが、「内閣」「内閣総理大臣」に発議の権限はありません。総理の職にある者が憲法改正に言及したとしても、権限がない点では、最高裁判所の長官が「自分の任期中に憲法改正を実現したい」と述べることと同じで、何の効果も生まれません。聞き捨てれば良い話です。
 自民党は現在、衆参両院で第一会派の勢力を保っていますが、単独で発議要件を超えることはできません(10月の総選挙では、むしろ議席を減らしています)。結果として、衆参それぞれで運動会の種目でいう「3人4脚走」「4人5脚走」の枠組みを作って、ゴールを目指すしか途はないのです。単独走を仄めかす限り、本来の多人多脚走のスタートラインに立つことはできません。

 自民党は、憲法改正への取り組みに関して、「永遠のチャレンジャー」を気取り続けることに徹しています。自己目的化しているといっても過言ではありません。「チャレンジャー」というと聞こえはいいのですが、単に、成功の見通しがないまま、失敗を連続させることを否定的に考えないだけです。結果を出せない「チャレンジャー」でも、歓迎してくれて、粘り強く投票してくれる支援者、支援団体が存在する限り、この行動パターンからは逃れられないでしょう。
 「3人4脚走」「4人5脚走」を成立させるためには、スピード自慢ではなく、他の走者のペースに合わせることを最優先に、紐で結んだ脚のどちらを先に出すかを決めなければなりません。これには相当な政治的センスが問われます。皮肉ながら、自民党が憲法改正4項目を白紙撤回し、他の会派の意見を丸呑みしたり、帰順する路線に転じなければ、新たな展開はありません。「実現本部」を決断した岸田総裁は、議論の沈滞にどう向き合うか、引き続き注視する必要があります。

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南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『改訂新版 超早わかり国民投票法入門』『図解 超早わかり18歳成人と法律』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。ポータルサイトhttps://nambu2116.officialblog.jp/ (2021年10月現在)