いま、改めて憲法を考える vol.5

衆院選以降、強まる「改憲に向けた論議を」の声。もちろん、必要に応じて憲法を変えることは否定されるべきではありませんが、具体的な、しかも法律ではどうしても対応できない問題を解決するためではなく、「変えること」そのものが目的になっているかのような「改憲論議」は、あまりにもおかしいと感じます。同時に、「憲法に緊急事態条項がなかったから十分なコロナ対応ができなかった」など、事実に基づかない主張がまことしやかに語られていることにも、危機感を抱かずにはいられません。
「憲法についての論議を」というならば、まずは憲法の意味や役割について、十分に知ることが必要なはず。ここでは、マガ9がこれまで掲載してきた、そして再度多くの人に読んでもらいたい、「憲法」に関連するコンテンツを不定期で紹介していきます。

 2021年も間もなく終わり。いまだ真相が明らかにされない「森友問題」の公文書改ざん、与党による国会開会拒否、国交省の建設受注統計書き換え問題……今年も政治や政府に対する信頼を大きく損なうニュースがいくつもありました。
 そんなことを考えながら、「伊藤真のけんぽう手習い塾」バックナンバーを眺めていたら、「まさに!」と思うコラムに出合ったので、年の最後にシェアしておきます。2007年、今から15年近くも前のコラムですが、今のことを書いてる? と思う部分も。〈最高法規たる憲法を遵守しないでいて、何が法令遵守かと思います。憲法尊重擁護義務(99条)をないがしろにするような政治家たちに法令遵守を語る資格はありません〉。まさに、これに尽きると思います。
 2022年は、もう少し「信頼」という言葉が力を持つ1年になってほしい、と願いつつ……。

2007年7月7日UP
伊藤真のけんぽう手習い塾リターンズ 第48回
「憲法の力と国民の力」

国家権力は、国民の信託によって正当化される

 民間企業による消費者の信頼を揺るがすような事件が依然として後を断ちません。コンプライアンス、法令遵守がこれだけ叫ばれているにもかかわらず懲りずに不祥事を引き起こす企業が存在し、国民はその都度、裏切られたと感じます。マスコミのみならず、官僚や政治家もそれを糾弾します。

 ですが、私にすれば、最大のコンプライアンス違反は、政治家による憲法違反です。最高法規たる憲法を遵守しないでいて、何が法令遵守かと思います。憲法尊重擁護義務(99条)をないがしろにするような政治家たちに法令遵守を語る資格はありません。

 企業は消費者の信頼をその存立基盤とします。だから、消費者を裏切ってはいけません。政治家は国民の信託を受けてその存立基盤とします。だから主権者を裏切ってはいけません。立法権、行政権、司法権、あらゆる国家権力は、国民の信託を得ているためにその権力が正当化されるのですから、国民から信頼を得ることはもっとも重要なことです。

 国民の側からは、信頼して託した権力を正しく行使しているか、常に監視し続けることがその責任として求められることになります。消費者の目が企業に不祥事を起こさせないために必要なのと同じく、主権者たる国民の目が国家に不祥事をさせないためには不可欠なのです。

急速に失われつつある国家への信頼

 それにしても、昨今の国家の仕事ぶりはひどいものです。年金問題ではいかに行政がいい加減か改めてよくわかりました。これまで信頼して年金を納めてきた人だけでなく、これから年金を納めなければならない若者達からの信頼を一気に失い、年金制度自体の存立基盤を失いつつあります。

 国会では、教育関連法案、イラク特別措置法、被害者参加訴訟制度、公務員改革法など重要法案が十分な審議もなされずに強行採決されていきました。議会制民主主義や政党政治そのもの、つまり立法府に対する信頼も大きく傷つきました。

 そして新司法試験の問題漏洩。法科大学院と新司法試験に対する信頼は地に落ちました。金銭的に余裕のある人しか法曹になれないような制度改悪をしておいてこのザマです。呆れてものも言えません。えん罪の原因を究明しようともしない裁判所や検察、警察。国民へのしっかりした法教育も十分な説明も行わずに強引に進められようとしている裁判員制度などと相まって、司法に対する信頼も急速に失われつつあります。

 企業も信頼できず、国のやることも三権ともすべて信頼できない。権力は信頼するものではなく、疑い、批判するものであるとしたとしてもひどすぎます。与党の政治家たちは、こんな国にしておいて、さらに国民に愛国心を強制しようとします。それでも国民はこの政治に従うのでしょうか。3年後に憲法改正を主張する総理大臣やその政党を支持するのでしょうか。

「戦後レジームからの脱却」とは何か?

 政治家がその役目を果たさないとき、国民は彼ら彼女らをその座から引きずり降ろすことができます。国政は国民の信託によるものだからです。国民がその気になれば、いくらでも政治を変えることができます。それが国民主権です。

 安倍総理は、国内外に起こっているさまざまな不都合を克服するためには、戦後レジームからの脱却が必要だとして改憲を主張します。戦後レジームからの脱却とはどういうことなのでしょうか。60年前にこの憲法が施行されてからの日本とその前の日本を比べてみるとよくわかります。

 戦前は、戦争し続けた国でしたが、戦後は、戦争しない国になりました。

 戦前は、教育を国家が利用した国でしたが、戦後は、国家が教育内容に介入しない国になりました。

 戦前は、国家が宗教を利用した国でしたが、戦後は、政治は宗教に立ち入らないことにしました(政教分離)。

 戦前は、地方を戦争のために利用した国でしたが、戦後は、地方自治を憲法で保障して政府が勝手なことをできないようにしました。

 戦前は、しょうがい者、女性、子どもを戦争に役立たないとして差別した国でしたが、戦後は、差別のない国をめざしてきました。

 戦前は、貴族・財閥・大地主のいる一方で貧困に喘ぐ人々も大勢いた格差のある国でしたが、戦後は、貴族制度を廃止するとともに、生存権を保障し、格差の是正をめざす国となりました。

 そして何よりも、戦前は、国家のために個人が犠牲になることがすばらしいという価値観の国でしたが、戦後は、個人の幸せのために国家があるのだという個人を尊重する国になりました。

 国民は60年前に憲法を制定して、戦前の日本に決別して新しい国になることを決断しました。これが戦後レジーム(戦後体制)です。

権利と自由を守り、平和を守るために憲法は制定された

 私たちの憲法の前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と始まります。

 ここでまず、「日本国民は、憲法を確定した」と宣言します。そしてなんのために憲法を作ったのかを明確に示します。それは、
 「自由のもたらす恵沢を確保」するため、つまり自由(人権)を守るためであり、 「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにする」ため、つまり、平和を守るためです。

 このように、自由を守り、戦争を二度としないために国民主権という方法を選択して、自分たちで憲法を作ったと宣言しているのです。自由と平和が目的で、そのための手段として国民主権を採用して憲法を確定し、この憲法によって国家権力に縛りをかけました。

 憲法は権力を縛って、私たちの権利・自由を守り、平和を守ります。そのために、憲法を制定したのです。この憲法の力によって、60年間この国は戦争をしない国であり続け、戦後レジームを維持することができました。

 60年間の憲法の力によって続いてきた戦後レジームから脱却するということは、これらを否定すること、つまり、60年前に戻ることを意味します。しかし、それを決めるのは国民です。

憲法の力は、そのまま「国民の力」である

 どんなにすばらしい憲法を持っていても、最後は国民がどう判断するかにかかっています。憲法自体も国民主権の下では、国民の力で変わってしまいます。

 政治家が99条違反を起こすとき、裁判所によって是正できる場合もありますが、それは極めて限られています。最終的には国民が選挙でその政治家を辞めさせ、権力の座から引きずり降ろすことで、憲法に基づく政治つまり立憲主義を回復します。

 憲法の力はイコール国民の力なのです。
 その国民が自らの力を発揮することができる数少ない場が選挙です。
 どんなにすばらしい憲法を持っていても、その国の憲法は国民の力以上にはなりえません。国民主権である以上はやむを得ないことです。ですが、国民が力をつければ、憲法の力もさらに強くなります。権力を拘束し、国民の自由を守り、平和を守っていく憲法の力がますます強力になります。

 選挙を通じて国民の力、そして憲法の力を政治家に見せつける絶好の機会が迫っています。今を生きる主権者としての責任を果たすことが求められています。

伊藤真(いとう まこと): 伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。近著に『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)がある。

※プロフィールは初出当時