第5回:ウクライナ情勢に対するドイツの慎重姿勢(芳地隆之)

 2014年2月、ウクライナではロシア寄りに傾いたヤヌコビッチ政権に反発するデモがキエフで激化して政権は崩壊。欧米に近いポロシェンコ政権が誕生すると、ロシアは部隊をロシア系住民の多いウクライナ南部のクリミア半島へ送り込んで制圧し、翌月には自国領に編入してしまった。

 西側諸国は現在もクリミア半島のロシア帰属を認めていないが、その後はロシアとの国境に近い東部地域でウクライナからの分離を図る勢力とウクライナ軍との戦闘が勃発している。ロシアの工作員が分離勢力を指揮しているとみられているほか、ロシア軍が国境周辺に軍隊を増強しており、ウクライナとロシアの軍事衝突へ発展する危険性が高まっているなか、ドイツはどのような姿勢を見せているのか、メディア報道から紹介したい。

ドイツへの疑念

 2月7日、ドイツのオラフ・ショルツ首相が訪米し、ホワイトハウスでバイデン米国大統領との間でウクライナ情勢について意見を交わした。昨年来、ロシアは対ウクライナ国境に大軍を派遣。両国の間で緊張が高まっている。会談後の共同記者会見でバイデン大統領は、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った場合、ロシアからドイツに天然ガスを運ぶ海底パイプラインが「稼働することはない」と明言。「ノルド・ストリーム2」というそれは2021年9月に完成したが、今も稼働には至っていない。それを対ロ制裁の対象にするとバイデン大統領はいうのだが、ショルツはこのことについて具体的な言及は避けた。

 天然ガスの輸入の多くをロシアに依存するドイツは、2022年末までの脱原発計画、そして2030年までの脱石炭を決めており、再生可能エネルギーに移行するためには天然ガスが不可欠である。しかも、この制裁がロシアに有効に働くかどうかは極めて疑問だ。ロシアからヨーロッパへのパイプラインはすでに同じ北海の海底を通る「ノルド・ストリーム1」の他、ベラルーシ、ポーランドを経由してドイツに送られる「ヤマル・パイプライン」、黒海の海底を通り、トルコを経由してヨーロッパへとつなげる「トルコ・ストリーム」など代替するルートを多くもっているからだ。

 ドイツの公共放送ラジオ局「Deutschlandfunk」はドイツ政府が慎重である理由として、次のような分析をしている(Ukraine-Russland-Konflikt – Droht ein neuer Krieg?)。①バイデン大統領が、同盟国の理解を得ることなしにアフガニスタンから米軍を撤退させるようなことがあるのではないか。②ロシアとウクライナの対立について状況をよく理解しているアンゲラ・メルケルのいない現政権(ドイツ社会民主党:SPD、同盟90/緑の党:Gruene、自由民主党:LPDの連立政権)は経験が浅く、性急な判断は禁物と考えている。③ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は国民の支持を失いつつある。

 その慎重姿勢がウクライナ、NATOに所属する東欧諸国、米国の疑惑を招いている。

 ロシアに対して宥和的だというものだけではない。ドイツとロシアが接近することへの警戒心の現れだ。1939年にヒトラーとスターリンが結んだ独ソ不可侵条約によってポーランドが分割され、第2次世界大戦が勃発した。その悪夢が東ヨーロッパでは常に想起されるのだ。

メルケル後の外交姿勢は変わらず

 現在、野党であるCDU(キリスト教民主同盟)の連邦議会議員であるローデリヒ・キーゼヴェッターは、ウクライナに対して通信解読、電波妨害、暗視スコープ、対戦車防御技術、地対空ミサイルなど、自国防衛に限定した兵器を供与すべきと主張している。それによってプーチンの思惑やロシアの強硬姿勢を変えさせるという。すでにウクライナは米国から対戦車防衛ミサイルを導入し、トルコからは同国企業が開発した攻撃ドローンを国内で生産することを決定した。英国はウクライナ海軍の軍艦の増強を計画している(Deutsche Vielstimmigkeit im Ukraine-Konflikt | Aktuell Europa | DW | 05.02.2022)。

 しかし、連邦政府は兵器の供給という措置は選択肢として除外。ショルツ首相も明確に否定しており、CDUのアンゲラ・メルケル前首相の慎重な姿勢はSPDのショルツ首相に引き継がれているかのようにもみえる。米英はウクライナの軍備増強を支援しているが、ウクライナ政府が求めているNATO加盟を承認する意向が現在のところない。万が一、ロシア・ウクライナ国境で戦闘が勃発し、戦況が悪化したらNATOはウクライナを見捨てざるをえなくなるのではないか。ウクライナがアフガニスタンのようにならないか。そうした懸念もドイツは有していると思われる。

 現在、ロシアが求めているのは、NATOのこれ以上の東方拡大の停止、旧ソ連諸国における駐留米軍の撤退、クリミア半島のロシア帰属の承認、対ロシア経済制裁の解除である。戦争を回避するために、どこを落としどころとするのかが焦点になるだろう。

鍵を握るのはトルコか

 キーとなるのはトルコの存在といわれている。同国はロシアから天然ガスならびに原子力技術の提供を受けており、シリア問題でも同一歩調をとっている。所属するNATOから反発を受けながら、ロシアから防空システムS-400を購入した。一方、ロシアのクリミア半島併合を認めておらず、ウクライナ東部のロシアへの分離主義者対策として、ウクライナ政府に攻撃用ドローンを同国内で製造するライセンス契約を交わしている。

 トルコのエルドアン大統領は2月3日にウクライナを訪問。ゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナとロシアの紛争解決に向けた仲介を申し出た上で、危機を平和的に収束させるためにあらゆる手段を尽くすと確約。エルドアン大統領はプーチン大統領との会談も模索している。

 ドイツの連立与党であるSPD院内総務のロルフ・ミュッツェニヒは、プーチンが中国との連携を強化しており、習近平・中国国家主席もロシアとともにNATOの東方拡大を止めることを求めている点を指摘。対立の構図が拡大することへの懸念を表明している。と同時に、ロベルト・ハーベック(緑の党)経済相(副首相)は、ドイツのロシアへの天然ガスの依存を軽減していくべきだとの考えを述べた。

 この難しい局面をどう乗り切るか。ドイツの動きは東アジアにおける日本外交にとっても参考になるに違いない。

ドイツの主要な週刊誌の表紙。ウクライナ危機に関するセンセーショナルな見出しになっている

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