第221回:一躍、時の人「杉田水脈」(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

大失敗の内閣改造

 先週は、連日の大水害であった。
 ふるさとの秋田も、テレビではすさまじい惨状が映し出されていて、ぼくは気が気ではなかった。我が実家は、なんとか水害を免れていたというが、まだまだ油断はできない。それにしても、西から東へ南から北へ、ひっきりなしに災害が続く。日本列島、なんと小さな島国であろうか。
 災害の惨禍に加えて、コロナは過去最高の感染者数を記録して世界一になり、死者数も激増中。医療施設からは崩壊間近の悲鳴が聞こえる。
 それなのに、なにをとち狂ったか、岸田首相は突然、9月予定と言われていた内閣改造、党役員人事刷新を1カ月も前倒しで行った。「安倍国葬」の評判は散々だし、コロナ対策は右往左往、物価高騰にも打つ手なしと、まるでいいところがない岸田内閣、支持率アップを狙っての「乾坤一擲の改造劇」のはずだった。
 その改造が国民の拍手喝采を浴び、人心一新となったのならいいけれど、まさに悪臭芬々、統一教会まみれの閣僚や役員が続々出現なのだから、岸田首相の窮余の奇策の改造劇、大失敗したのは誰の目にも明らかだった。その結果は、内閣支持率36%、不支持率54%と、惨憺たる有様(毎日新聞22日)。コロナ感染で療養中の岸田氏、これでは熱が下がるわけもない。
 中でも岸田首相の足を引っ張ったのは、萩生田光一自民党政調会長の存在だ。もっともこれは、萩生田氏を要職に就けた岸田氏の読みのひどさが原因だ。
 萩生田氏はウソとデタラメの極致だ。続々と抜き差しならぬ統一教会との関係が暴き出されている。だが、今後は統一教会との付き合いをどうするのか、との問いに「政府でも動きがあると思うので、連携しながらしっかりと見守っていきたい。私自身は適切に対応していく」と、まるで他人事。最後まで「きっぱりと決別する」とは言わなかった。何か決別できない、深くて暗くて臭~い理由があるのだろうな。
 そして哀れを誘ったのは生稲晃子新議員。生稲氏、何を聞かれても「知りませんでした」の一点張り。笑えたのは、統一教会の施設と知っていて行ったのか、と問われて「顔を直していたのでどこの建物か分かりませんでした」と答えて失笑を買ったこと。とてもじゃないけれど「議員の器」ではない。さっさとお辞めになることが、これ以上の恥を晒さない方法だと忠告しておきたい。

小物なれど、騒動の中心

 ところで、まるっきりの小物議員だが、大批判の対象になった人物がいる。
 杉田水脈、コイツである。ぼくは、あまり人を呼び捨てはしない(たまには、する)のだが、コイツにだけは敬称をつける気にならない。ここまで書くのもどうかと思うけれど、最低最悪の人物だと思っている。
 その極右的な言動が安倍元首相に気に入られ、衆院選の中国ブロックの比例単独候補に抜擢されて当選した。それまで、みんなの党、維新、次世代の党など様々な党を渡り歩いて落選をくり返していたのだが、これで晴れて自民党衆院議員になった。安倍氏のご機嫌を伺うには、ひたすら極右的暴言妄言を吐き続ければいいと考える程度の、どうしようもない人だった。統一教会との関連を問われて「その定義が分かりません」と言ってしまうのだから、ただのおバカさんとしか思えない。
 それは、ぼくだけの感想ではなかったらしい。新聞が揃って杉田批判を始めたのだ。最初は、毎日新聞(17日)のコラム「熱血!与良政談」で、与良正男記者の一文。

一瞬、耳を疑った。
 今度の内閣改造で、岸田文雄首相が自民党の杉田水脈衆院議員を総務政務官に起用したことだ。(略)
 杉田氏は2018年、LGBTなど性的少数者は子供を作らず、「生産性がない」と月刊誌に寄稿して批判を浴びた人だ。(略)杉田氏を17年の衆院選・比例中国ブロックで、当選が有力視される自民党の比例単独候補に押し込んだのは安倍晋三元首相だった。(略)
 安倍氏にはおごりがあった。加えてリベラル派を激しく攻撃する先兵として杉田氏を利用する計算もあったと思う。(略)
 就任後、杉田氏が、「過去に多様性を否定したことも差別をしたこともない。岸田政権の目指す方向性と何一つずれている部分はない」と言い切ったことにも驚いた。この政権が節度を取り戻せるとは到底、思えない。

 かなり厳しい。「岸田政権が節度を取り戻せるとは到底思えない」とバッサリ。ここまで個人を俎上に乗せて批判するのも珍しい。
 だが、これは序の口だった。

新聞の顔「社説」でも大批判

 なんと、新聞の顔ともいうべき「社説」での、杉田水脈個人批判が相次いだのだ。まず、毎日新聞(18日)。

杉田水脈氏を政務官に
差別を認める内閣なのか

 差別的な発言を繰り返してきた国会議員を、どんな理由から政府の要職に起用したのか。任命した岸田文雄首相の見識を疑わざるを得ない。
 第2次岸田改造内閣の総務政務官に就任した、自民党の杉田水脈衆院議員のことだ。(略)
 20年9月の党会合では、性暴力被害者の相談事業をめぐって「女性はいくらでもウソをつけますから」と述べた。女性からの申告に虚偽があるかのように受け取れる発言だった。
 かつて国会質問で「男女平等は反道徳の妄想だ」「男女差別は日本社会にはなかった」などと発言したこともある。
 杉田氏は世論の批判を度々浴びたが、自説を明確に撤回せず、あやふやな弁明に終始してきた。(略)
 不適切な人事は杉田氏に限らない。「性的少数者は種の保存に背く」という趣旨の発言を昨年の党会合でしていた、簗和生衆院議員は副文科相に就いている。性的指向に基づく差別や女性蔑視は、国政を担うものとして、決して許されない。(略)
 今回の人事がこれに逆行しているのは明白だ。「差別を容認する内閣」という誤ったメッセージを内外に発しかねない。首相は即刻、人事を見直すべきだ。

 こんなふうに、岸田首相に対して「見識を疑う」「人事を見直せ」と詰め寄っている。この人事が適任かどうか、という「批評」は時折、記事中に見かけることはあるけれど、「人事を見直せ」とまで踏み込んだ批判は新聞「社説」としては極めて珍しい。それほど、この杉田という人物に対する評価は最低なのだ。
 これに、東京新聞が追い撃ちをかけた。同じく18日の「社説」である。

旧統一教会と政治
関係を断つ意志見えぬ

 内閣改造後も、閣僚らと世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係や接点が次々と明らかになっている。(略)
 高市早苗経済安全保障担当相は二〇〇一年、教団の関連団体「世界日報」発行の月刊誌上で対談したが、教団との関係を「知らなかった」と話した。事実なら政治家としての資質が疑われて当然だ。(略)
 杉田水脈総務政務官に至っては一六年、教団との関連が指摘される施設で講演し、自身のツイッターには当時「統一教会の信者の方にご支援いただくのは何の問題もない」と投稿していた。
 首相がこうした陣容で政治への信頼を回復できると考えるなら、国民を愚弄するに等しい。(略)

 ここでも、杉田政務官の任命も含めて、岸田首相の組閣や人事に対して厳しい批判の矢が放たれている。「国民を愚弄する」とまで書かれている。まさに岸田内閣危うし!であるが、その結果はすぐに出た(22日の世論調査記事)。なんと、内閣支持率が16ポイントも下落して36%と、初の30%台に突入してしまったのだ。当然、支持を不支持が逆転。

 まるで、新聞各社が足並みを揃えたかのように、この日(18日)は「杉田批判」が紙面を飾った。朝日新聞の「天声人語」も、久々にきちんと“吠えた”のだ。

(略)今回の内閣改造では衆院議員の杉田水脈氏が総務省の政務官に起用された。メッセージは何かと考えてみる▼杉田氏といえば月刊誌で同性カップルを念頭に「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない」とまで書き、行政の支援を疑問視した人だ。批判が集まり、この雑誌は結局、休刊を余儀なくされた▼そんな人の登用は「多様性など重視しなくていい」というメッセージになるのではないか。杉田氏は衆院本会議で「男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想だ」と述べ、男女共同参画社会基本法の廃止を求めたこともある。(略)▼似たような理屈は、戦前、女性の参政権を阻むのに使われてきた。天下国家を論じる前に、女性には家庭でなすべき使命がある――。帝国議会でまかり通っていた主張だ。(略)▼それにしてもこの人事、誰か止める人はいなかったのか。

 このところ、妙に生ぬるい知識のご披露記事が多かった「天声人語」にしては、かなり正面切った“個人攻撃”である。こういう個人攻撃なら、どんどんやるがいい。
 かつて「寸鉄人を刺す」が持ち味だったこのコラム、これを機に、ぜひあの切れ味を取り戻してほしいものだ。しかし「天声人語」氏でさえ黙っていられなくなったことに、今回の「杉田起用」に象徴されるような、岸田改造の失敗が表れている。

今からでも人事を見直せ!

 そしてその朝日、天声人語だけじゃ足りないと思ったか、翌19日の「社説」でも、杉田政務官をターゲットにしたのだ。

杉田政務官
首相は差別を許すのか

 性的少数者を差別したり、ジェンダー平等を否定したり、人権感覚が疑われる言動を繰り返す人物(杉田)を、なぜ政府の職に就けたのか。「多様性の尊重」は口先だけで、差別を容認していると批判されても仕方あるまい。岸田首相の責任を厳しく問う。(略)
 一昨年には、性暴力対策の予算などを議論した党の会議で「女性はいくらでもウソをつける」と発言。謝罪や議員辞職を求めるネット署名は13万筆以上集まったが、女性を蔑視する意図はなかったとブログで一方的に発信しただけだった。
 世論や野党の批判を受けて、釈明はするものの、本心では反省などしていないのだろう。政務官就任の会見で、寄稿に対する現在の見解を尋ねられても「ブログを確認して欲しい」。「過去に多様性を否定したことも、性的マイノリティーを差別したこともない」というに至っては、白々しいにも程がある。(略)
 こうした価値観の持ち主と知ったうえで、自民党に引き込んだのが安倍元首相やその側近だ。衆院選の比例中国ブロックの名簿で優遇され、当選を重ねた。杉田氏の処遇で、党内外の保守層にアピールできるという読みがあったのだとしたら、見当違いである。(略)

 この朝日社説でも、末尾に「今からでも人事を見直し…」と、とくに杉田政務官に焦点をあてた「人事見直し」を迫っている。なぜこんなにも、杉田水脈なる人物が突然の(悪い意味での)脚光を浴びたのか。
 それは杉田が、ある意味でもっとも悪辣な「疑似男性」性を有した女性だからだ。男(それも権力をもった男)に媚びることによってのみ、自らの存在の意味を確認してきたからである。
 権力者(男)が気に入ってくれることは何か、多分、杉田の頭の中にはこれしかない。日本政界のようにきわめて男性優位の世界では、権力者とは即ち男性である。したがって、杉田の言動はまさに「時の権力者(男ら)にどうやって気に入ってもらえるか」のみに依拠したものだった。
 各紙は遅ればせながら、そこに気づいた。
 気づいたならば、徹底的に杉田を追いつめてほしい。追いつめて、岸田首相がこの人事を見直さざるを得なくなるまで書き続けてほしい。
 それこそが、信頼を失いつつあるマスメディアの、多少なりとも復権につながる道だろう。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。