第111回:冷笑する者と現場に佇む者~自衛隊弾薬庫疑惑に揺れる辺野古で(三上智恵)

 「座り込み抗議が誰も居なかったので、0日にした方がよくない?」

 辺野古のキャンプ・シュワブゲート前での座り込みが3000日の節目を迎えた数日後。「座り込み抗議3011日」と表示された看板の横でピースサインをして笑う男性がこうツイートしたところ、1週間でおよそ30万の「いいね」がつき、賛否4000ものコメントが殺到した。ネット用語でいう「炎上」である。

 投稿した2ちゃんねるの創始者で実業家のひろゆきさんは「論破王」の異名をとる論客。YouTubeやネットテレビで活躍、若い世代を中心に大変人気があるのは私も知っていた。社会問題への指摘が鋭いなと感じたこともあるし、慈善活動もされていると聞いている。そんな彼が辺野古に来たらどう言うかな? と思ったこともあった。しかし実際にそれが実現した日、私は午後早めに辺野古から引き揚げたのでニアミスだったのだが、事態は最悪の展開になっていく。

・「1日に1時間座り、土日は休み」という実態を『座り込み』と誇張する
・わざとおかしな人をリーダーにして、まともな沖縄基地反対派を増やさない作戦なのかな?
・すぐ帰る人ばかりなんですね

 連投されるツイッターの文面は、明らかに辺野古の抗議行動全体を嘲笑するものだった。翌日から琉球新報・沖縄タイムスでは数日、このひろゆき発言の波紋について記事が掲載され、沖縄県知事がコメントを出すに至った。ネットやラジオでこの騒ぎをテーマにした番組が組まれ,有田芳生さんは対談本の発売を取りやめた。文化人・著名人のなかからも彼の言動を問題視する意見が続出した。しかし当のひろゆきさんは「逆にフォロワー数が増えて困ってます」と炎上を喜んで見せた。

 彼は辺野古のテントで、長年ずっと抗議活動を続けてきた山城博治さんに向かって「座り込みの意味を理解されていないと思うんですけど」という言葉を投げつけた。その直後に博治さんから電話。“三上さん残っててくれたらよかったのに!”と困惑した顛末を直接聞いて、私は胃が縮むようなたまらない気持ちになった。そして、ちゃんとした情報で対抗しないといけないと、辺野古の座り込みの歴史や人々の思いを含めてネットに投稿したりしてみたものの、どうにもやるせなくて、何か大事なものを傷つけられたような痛みを持て余した。同じように戸惑い悲しむ仲間たちの途切れぬコメントを眺めて寝不足になった。

 しかし、冒頭のツイートから7日後のきょう(※10日)、「長年続けて効果が無かったことが明確になっても、関係者のプライドを守るために止められない」というひろゆきさんのツイートを見て、私は、1997年から続く辺野古の抵抗運動を見てきた人間として、この日々が「効果ゼロ」と切り捨てるほどの不勉強な人たちにも届くような報道をしてこなかった自分の問題なんだと、気持ちを切り替えることにした。ウェットなことを言ってる場合ではない。同じような映像だといわれようと辺野古の抵抗の現場を撮影して世に出し続け、同じことを言ってると勘違いされても内容はどんどん変化していることも伝え続ける。

 誰が、誰のために、どうやって抵抗しているのか。その苦しみを与えたのは誰なのか。傍観し加担しているものの罪はいかほどか。解決する手掛かりはどこにあるのか。逆にそれを阻むマイナスの磁場はどこから生まれてくるのか。それらのことを掴まえられる限り掴まえて、地道に伝えていこうと思う。近道は、たぶんない。額に汗して頑張ってきた人々の行動を「効果がない」とあざ笑う人を「効果的に」とっちめる空中戦ではなく、引き続き積み重ねていくことで育つ説得力を信じたい。

 だから今回は2022年秋の辺野古の現場を動画で伝える。同じように見えても、今の辺野古闘争の緊急の課題は「自衛隊弾薬庫」問題である。辺野古に関わったことがある人でも、その意味をご存じない人がほとんどではないだろうか。大事なことだから、ぜひ読んでほしい。

 「戦争の準備はやめろ」
 「再びの沖縄戦を許さないぞ!」

 10月3日のゲート前のシュプレヒコールである。新基地建設反対、海を埋めるな、違法工事止めろ、海兵隊は出ていけ、などは初期からずっと続いてきたアピールだが、皆さんはこの声を辺野古で聞いているだろうか。たとえば去年までは、「ふたたびの沖縄戦」、つまりこの基地が、沖縄をまた戦場にする作戦に繋がっているとはっきり指摘し抗議することはできていなかった。実はこれはとても大事で大きな変化なのだ。

 「自衛隊は戦争に行くな!」
 「米軍の戦争に行くな!沖縄を巻き込むな!」
 「日本はアメリカの戦争に加担するな!」

 今、最新で喫緊の課題は沖縄を戦場にさせないことである。そのためには自衛隊が使うことになる辺野古の基地を完成させて使わせることも、自衛隊の弾薬・ミサイルを大量に辺野古弾薬庫に運び込ませることも、止めないわけにはいかない。「新基地建設だから」「負担が増えるから」と反対していた時から事態はどんどん変化している。だから辺野古の問題は同じことをやっているとタカをくくっている人こそ、今回の動画を見てアップデートしてほしい。

 いま、辺野古から二見に向かう道の両側の木々は無残にも伐採され、景観が全く変わってしまっている。共同使用することになった自衛隊のためのゲートの建設ともいわれ、または弾薬庫の一角を使用するための進入路の整備、とも言われている。自衛隊が米軍キャンプ・シュワブを共同使用する。その目論見は15年以上前から私は指摘してきたが、去年大きく報道されたので説明はいらないだろう。肝心なのはその意味を理解しているかどうかということ。1996年に決まった、普天間基地を県内に移設するという新たな基地強化の企みよりも、もっともっとたちが悪い話になってしまっていることを、しつこいようだが理解してほしい。

 基地の共同使用と弾薬庫の共同使用の何が問題なのか? “軍事拡大を続ける中国を念頭に”沖縄県内にある米軍の弾薬庫を自衛隊が共同使用するという日米政府の方針は今年5月に共同通信が伝えている。主な米軍の弾薬庫は嘉手納と辺野古にある。南西諸島の防衛を考えたときに、いま現地にある弾薬の量では到底、最前線部隊の戦闘を維持できないという焦りが防衛省内にあることは伝わってくる。防衛相の意向をストレートに伝えてくれる産経新聞によると、中国との有事に備えて、日本は今の20倍の弾薬を保持しなければならず、また第一線となる九州沖縄には必要量の1パーセントしかまだ運び込まれていないという(9月10日付)。兵站を整備しようにも、沖縄の反戦平和運動が強すぎて断念してきた経緯があるとして、その遅れは沖縄側の責任という書き方をしている。しかし急ぐのであれば嘉手納や辺野古の弾薬庫を使う秘策がある、その打開策として日米で着々と共同使用を進めている、ということのようだ。

 “台湾有事”になればそのあたりが戦争に巻き込まれるだろう、と漠然と被害者的な政府の言い回しを信じている人々には「足りないならもっと弾薬を用意しないと! 南西諸島に備蓄しないと!」と思うかもしれない。でも、これまで私が書いてきたことを読んでいる皆さんには説明の必要はないだろうが、沖縄に置かれる自衛隊のミサイルは、島々を守る目的ではなく、中国の太平洋進出を阻止するアメリカの軍事戦略の一環であり、中米対立が姿を変えて台湾あるいは周辺海域での軍事衝突に発展した際に、沖縄からミサイルを発射する。だからこそ、ここがミサイル報復の標的になるという流れにある。この「有事の始まり方」のストーリーは、どの戦争でも国民は「相手が仕掛けてきた」という物語を信じ込まされているという歴史を見ても、非常に慎重に判断すべきポイントである。私が集めた情報の中に、中国が領土的な野心をもって沖縄を取りに来るというファクトは今のところない。中国から私たちの国土にミサイルが飛んでくるとしたら、あくまでも日米の軍事行動への報復という形になるのだから、軍事施設のない島を攻撃する必要はない。

 とすると、軍事武装している島はどうなるか。仮にミサイル発射基地となった宮古島が中国軍に占領された場合には、周辺の島々に日米共同で設置していくあらたな拠点からミサイルを撃ち込み、そのあとに日本版の海兵隊といわれる水陸機動団が、九州や辺野古から逆上陸して敵をせん滅する作戦になっている。つまり、今のところ外国を攻撃することはできない自衛隊のミサイルは、自国の領土が敵に占拠された場合に奪還のために「国内に」打ち込まれる想定なのだ。占領された島に住民がたくさん残っていても、国土奪還のために弾が撃ち込まれる可能性は大である。ということは、あと9割以上この地域に運び込まれようとしている弾薬は、私たちの島を焼き、沖縄に生きる命に撃ち込まれるミサイルなのだ。用途をきちんと理解していれば、私たち沖縄県民は「弾薬はあればあるほど安心」などと思えるはずはない。

 しかし、「反対運動」は、難しい局面に来ている。「米軍基地反対」だけなら一枚岩で大同団結できていても、次のようなことでは認識に差が出ている。それは、自衛隊が沖縄での戦闘を念頭に動いていることや、自治体も含めシェルターを含む有事の避難計画を進めようとしていること、自衛隊が南西諸島にどんどん武器弾薬を運び込むこと、日米共同訓練が頻繁になり北朝鮮や中国を刺激していることなどだ。これらのことは私の眼にははっきりと「沖縄を戦場にしてしまうこと」に直結するものなので看過できないが、米軍基地反対だけを目指してきた人たちの中では、関心が薄かったり、意見が分かれてしまったりする項目も多いと思う。今回の動画にあるような博治さんの主張は、まさに的を射ていると思うが、たとえば「オール沖縄という組織として」といわれれば全員が賛同できる部分ばかりではないというジレンマがある。「台湾有事」や自衛隊ミサイル基地をどう捉えるかについては、知識/認識によって、ばらつきがかなり出てしまっている。

 そこで、私も発起人になっている「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」では、現在進行中の沖縄の危機に対する共通認識を持つために『また「沖縄が戦場になる」って本当ですか?』というブックレットを制作した。進行中の日米共同作戦計画をスクープした共同通信の記者が、再び沖縄が軍靴で踏みにじられるのを座視できないと記者生命をかけて沖縄で講演した内容を完全収録している。たとえば、このような、まとまった、まともな情報をきちんと記録して世の中に出していくことで、「座り込みは誇張で意味がない」などとディスるような言説にいちいち対抗するよりも、ちゃんと知るべき大事な情報がいっぱいあることを堂々と提示できたらと思う。一方で、超特急で編集したメンバーは、ひろゆき発言への衝撃やくやしさをエネルギーにしながら踏ん張ってこれを作った。このブックレットは間もなく「命どぅ宝の会」のHPなどで紹介予定なので注視していてほしい。ぜひ入手してほしい。

 ところで、今回辺野古で出会った「海くん」と呼ばれている若者について、短いインタビューを動画に入れているのだが、彼は、自分が生まれた年に名護市の住民投票で地域が分断され、それから自分が生きてきた時間ずっと、ここで苦い日々が続いてきたことを重く受け止めていた。海くんは何度目かの辺野古だが、今回は1カ月以上辺野古に住んでみるのだという。彼が見ようとしているのは反対運動をしている人たちだけではなく、基地移設先の当事者として長年暮らしてきた人々の本音や、北部の人たちの立ち位置などであり、さらにもっと大きく、沖縄戦からずっと重い荷物を抱えてきた年月のことまで視界に入れようとしていた。そして、自分は外から来た人間として何ができるのかを考え続けているがわからない、とだいぶ言葉に詰まりながらも、それでも「ちゃんと、ここに居るんだよ」と言いたい、と話してくれた。その現段階での結論が私には心地よかった。

 気になっていることや場所に、特に当てもないのに飛び込んで、若さと共感力で大事な何かを読み込んでいこうとする行為がある。私も、迷惑を承知でそんな行動を続けてきたクチかもしれない。学びたい、受け取りたいと思って飛び込んでくる人間に対して、迎える側も面食らったり、多少の摩擦を経験したりするだろうが、お互いに敬意をもっていれば、それを乗り越えていく関係ができていくだろう。しかし、心を開いて話す用意もなく、突っ込みどころを探すかのような仕草で現場を訪れてチラ見していく若者が、テントにいる人から「まともな答えは返って来なかった」と書いても、それはそうだろうと思う。国を相手に長い闘いを強いられてきた現場にせっかくやってきたのなら、その行為が一方的に思えたとしても、せめて一旦は彼らの言い分を聞いてほしかった。ひろゆきさんは、米軍基地だけでなく、自衛隊に反対するなんてありえないとも発言していたけれど、なぜ今、自衛隊が南西諸島にミサイルを並べているのか、どういう作戦が進行しているのか、知らない話も聞けたのではないだろうか。私たちは明日の命に直接かかわる事態として、必死に情報を集めているのだから。

 「座り込み現場」には当然いろんな人がいる。人間集団に、あらゆるイシューで一枚岩になれというほうがおかしい。自衛隊を否定していなくても今回のミサイル基地増強には反対しているとか、安保は賛成でも政府の沖縄政策は許せないという人もいる。辺野古で反対運動している人の中には、ほかのイシューには踏み込みたくない人もいるし、そこまで関心を広げられない人もいる。そうした多様性がありながら「基地反対」という一つの目的で力を合わせている場所であることも、もっと理解できたと思う。

 ひろゆきさんは「感情とか背景とかの話をしたがる人たちだ。僕の質問には答えてない」、とあくまで「継続して座り込んでないものは『座り込み』じゃない」の一点で勝負したかったようだが、その小さなプレーコートに相手をおびき寄せて言い負かすことに、どれだけの意味があるのだろう? 答えが見つからなくても、辺野古に佇んで考えてみる決心をした海くんのような若者のほうが、大事なものをつかみ取る力や勇気を養うことができたのではないだろうか。同じ日に辺野古にいた二人の若者(海くんは今年25歳、ひろゆきさんは今年46歳になるというが、沖縄では「ニーセーター」(青年)かな?)について、いろんな人が辺野古に来るものだなあ、とあらためて活火山のような辺野古の磁場の誘因力と面白さを思った。

三上智恵監督『沖縄記録映画』
製作協力金カンパのお願い

標的の村』『戦場ぬ止み』『標的の島 風かたか』『沖縄スパイ戦史』――沖縄戦から辺野古・高江・先島諸島の平和のための闘いと、沖縄を記録し続けている三上智恵監督が継続した取材を行うために「沖縄記録映画」製作協力金へのご支援をお願いします。
引き続き皆さまのお力をお貸しください。
詳しくはこちらをご確認下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移住。同局のローカルワイドニュース番組のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。14年にフリー転身。15年に『戦場ぬ止み』、17年に『標的の島 風(かじ)かたか』、18年『沖縄スパイ戦史』(大矢英代共同監督)公開。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)、『女子力で読み解く基地神話』(島洋子氏との共著/かもがわ出版)、『風かたか 『標的の島』撮影記』(大月書店)など。2020年に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社)で第63回JCJ賞受賞。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)