第245回:極右化する岸田首相の…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 ぼくは、反省しなくちゃいけない。
 安倍晋三氏、菅義偉氏から岸田文雄氏に首相が交代した時、「ああ、これで少しは政治が変わるかもしれない」などと、ほんのちょっぴり期待したことを、です。ほんとうに、先を見る目がなかったことを、反省しています…。
 岸田氏は、一応は自民党内ではリベラルといわれる宏池会所属だったし、就任直後には「分配と成長」と、アベノミクスとは一味違う経済政策を打ち出すような気配もあった。それに温厚そうなお顔で、安倍や菅と比べても剣呑な感じがしなかった。だから、そう思ってもおかしくはなかった、と弁解しておく。
 賃金をアップすることによって労働者の購買意欲が増し、商品が売れて景気が上向くという発想だった(と思う)。まあ、すぐにそれが「成長と分配」と順序が引っくり返ったので、これは怪しいなと思ったけれど、それにしても、こんなに何でも方針をひっくり返してしまう首相だとは、当初、想像もできなかった。

 いやはや、ひどいね、この首相。
 岸田首相の手のひら返しの事例を挙げていけば、もう頭がクラクラしてしまう。支持率激減に焦りまくってのこととは思うけれど、批判を受ければ政策変更、朝令暮改、朝三暮四が当たり前。ところがそれで変更を迅速に行うかといえばさにあらず、決定がいつでも後手に回るという支離滅裂ぶり。
 批判をきちんと検討してのことではなく、行き当たりばったり、側近のアホ連中が何か進言すると、すぐにそれに乗る。他派閥の領袖クラスがきついことを言えば、あっという間に前言撤回、昨日のことは忘れちまう。支離滅裂になるのは当然だ。

 このところの岸田内閣の方針(?)は「極右的」であると言われる。では、岸田首相本人がいつの間にかリベラルから極右に転向したのかといえば、そんなこともない。ただ、党内極右派の顔色をうかがっていたら、そちらへ引っ張られてしまったという、まさに無思想の政策転換なのだ。
 岸田首相のリベラルの仮面の下は、空虚なゼロ。ほんとうに何もない。思想もへったくれもありはしない。だから実は、政策変更でもなければ新しい発想ということでもないのである。「こうすれば人気回復ですよ」などと誰かに囁かれたら、ただそれに縋りつくだけという哀れな話。

 例えば「防衛費倍増」を打ち出したこと。ロシアのウクライナ侵攻をネタに、「同じことが日本でも起こる可能性がある」と煽り立て、防衛費の2倍増を、急に政策(?)の柱にし始めた。むろん「有事への備え」という口実だ。しかし、どこがどう有事になるのかを具体的には示してはいない。
 極右派が喚きたてる「台湾有事は日本有事」に乗じて、いつの間にかそれを既成事実にしてしまった。「台湾有事」は台湾を挟んでの中国とアメリカの対立である。本来ならば「日本有事」ではない。ところが、沖縄南西諸島に次々と自衛隊基地を強化拡充していくものだから、当然のごとく中国が反発する。つまり、火種をばらまいているのは実は日本であるともいえるのだ。
 与那国島では、自衛隊の軍事車両が初めて島内の公道を走り回り、更にはミサイル攻撃からの住民の避難訓練まで行われた。だいたい、軍事基地がなければいかに中国だとて、突然ミサイル攻撃などしかけるわけがない。あんな小さな島で避難訓練? いったいどこへ避難すればいいというのか。
 そんな基地がなければ、避難訓練など必要ない。

 自衛隊基地は宮古島にも設営され、もうじき石垣島にも造られる。
 「自衛隊が来れば、島の経済発展に寄与するので賛成」などという人もいるが、それとミサイル攻撃を引き換えにしていいというつもりなのだろうか。しかも、その自衛隊は沖縄那覇駐屯地の体制強化を図り、人員の倍増を計画しているという。
 ところが一方で、こんなことも行われている。時事通信が配信(12月4日)した記事にこうある。

沖縄基地負担軽減担当相を兼務する松野博一官房長官は4日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の負担軽減策を話し合っている政府、県、市の作業部会を来年1~2月に開催する考えを明らかにした。(略)
 松野氏は「沖縄の声に耳を傾けつつ、取り組みをしっかり進めていきたい」と強調した。作業部会は昨年12月を最後に実施されておらず、同市が早期開催を要請していた。松野氏は3日から沖縄を訪問。那覇市長や宜野湾市長と意見交換をした。

 これも矛盾というより、もはや支離滅裂。
 片方で沖縄の米軍基地軽減策を話し合い、その裏では自衛隊基地増強を図る。米軍も自衛隊も軍事基地であることには変わりないではないか。これがなぜ「基地負担軽減」になるのか、説明してほしい。仮想敵国視する国(中国)から見れば、軍事基地という意味では同じことだ。
 標的を作っておいて、そこからの攻撃に対処するための「反撃能力」だなどと言い出す。どう考えてもよく分からない。何が「反撃能力」か。敵対国から見れば、自衛隊のミサイルが自国を狙っている、と思うのが当然だろう。それが本来の「敵基地攻撃能力の整備」である。いくら「反撃能力」と言葉を変えたとしても、内実は同じだ。

 防衛費はGDP(国内総生産)の1%以内というのが、長年の了解事項だったはずだ。それが、いつの間にか「防衛費倍増」は既成事実化してしまった。それが、国会審議もまともにされることなく、国民の意見を問うこともなく、岸田内閣の極右転回で閣議決定に持ち込まれる。こんなひどいことがあるか!
 防衛費(軍事費だ!)を倍増すれば、日本はアメリカ、中国に次ぐ、世界第3位の軍事費の国になる。もはや先進国から転げ落ち始めた日本が、なぜ世界第3位の軍事大国になりたがるのか。いったいどこと、どう戦争するというのだ!
 物価高に苦しみ、毎日の食事を2食に減らして耐え、冬の寒さに暖房も節約をせざるを得ない庶民もいる。そんな悲鳴を放っておいて軍事費倍増などと騒ぐ能天気な政治家どもには呆れるしかないが、維新と国民民主に続いて立憲民主も「反撃能力保持」に前向きだという。とうとう野党も壊れたようだ。
 しかも、いつの間にか議論は「その財源をどうするのか」に移ってしまった。肝心の「軍事費倍増方針の議論」をすっ飛ばして「財源論争」をおっぱじめたのだ。デタラメにも程がある!
 財源論の前に、まず「防衛費を増やすのは是か非か」の議論をしなければならないはずだ。ところがそれを無視して、「増税か国債か」で揉めている。そんなことで揉めるのは10年早い。この国は、議論の進め方でさえめちゃくちゃだ。

 ◎この原稿を書いているのは、12月5日だ。明日までにきちんと仕上げて「マガジン9」編集部へ送るつもりだった。毎週水曜日更新なので、火曜日(明日)に入稿する。だから、書き始めるのが月曜日というわけだ。
 ところが、もう今日は書けない…。
 ふるさとから、訃報が届いた。ぼくの小学校以来の親友が、がんで逝った。むろん、ぼくとは同年齢。彼の秋田弁丸出しの元気な声が、耳に残る。
 切なくてどうしようもない。葬儀のスケジュールが分かり次第、秋田へ帰る。
 だから、この原稿は尻切れトンボだけど、勘弁してほしい…。

 来週、もし気力があれば、続きは書こうと思う。
 すみません。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。