【寄稿】「前川喜平さんをNHK次期会長に!」の意味(永田浩三)

 今年10月、公共放送であるNHKの次期会長人選をめぐり、ある署名運動が立ち上がりました。「前川喜平さんを次期NHK会長に!」。現会長の任期が2023年1月で満了となるのに伴い、元文部科学省官僚の前川喜平さんにNHK会長になってもらおう──と集まった市民による呼びかけでした。そこには、どんな思いが込められていたのか。運動の中心となった市民グループ「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」のメンバーで、元NHKプロデューサーの永田浩三さんにご寄稿をいただきました。

「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」

 2023年1月に新しいNHK会長が決まります。3年に一度の改選があるのです。
 第1次安倍政権以降、政権の意向を色濃く反映したNHK会長が選出されてきました。中でも、2014年から17年まで会長を務めた籾井勝人という人は、会長就任当日の記者会見で、「政府が右と言うものを左と言うわけにいかない」と発言し、厳しい批判を浴びました。時の政権に忖度したニュースや世論調査、社会の関心事に応えようとしない「日曜討論」や「NHKスペシャル」といった番組が日常化する中、次期会長がこれまでの悪弊を引き継ぎ、市民の宝である公共放送をこれ以上毀損することは許されません。
 そこで、私たち「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」は、メディアのありようを問う市民団体、NHKのOBとOG、NHKの現役職員有志、メディア研究者、メディア関係者の思いを結集し、次期会長候補として、元文部科学事務次官で現代教育行政研究会代表の前川喜平さんを推薦しました。

前川喜平さん

 放送法によれば、NHK会長は経営委員会によってのみ選ばれ、私たち市民が直接選ぶ仕組みにはなっていません。ですからルール上は私たちに会長を直接選ぶ権利はないのですが、「こんな人にリーダーになってもらいたい!」「そのリーダーのもとで現在のNHKの病弊から訣別してほしい」と訴えることには大きな意味があり、公共放送が再び息を吹き返すために多くの人びとと理念を共有し、働きかけることはできると私たちは考えたのでした。
 「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が立ち上がったのは、今年10月初めのことです。元NHK経営委員で、国立音楽大学名誉教授の小林緑さん、元日本テレビの社会部長で日本ジャーナリスト会議運営委員の河野慎二さん、NHKとメディアの今を考える会共同代表の丹原美穂さんの3人が共同代表を務め、私もその会の立ち上げメンバーに加わりました。今回大事な機会をいただきましたので、私のNHKでの体験やその後の人生も含めて書かせていただこうと思います。

「頭を下げ続ける」ことから始まったNHK人生

 すこし昔の話をさせてください。私がNHKに入局したのは、1977年のこと。前年にNHKの小野吉郎会長(当時)が、ロッキード事件の被告だった田中角栄氏の目白の私邸を公用車で訪問。家の前で待ち構えていた記者たちにとり囲まれました。小野会長は元郵政事務次官。かつて郵政大臣だった田中氏の子分のような存在で、刑事事件の当事者になった「親分」のご機嫌伺いに行ったのでした。世の中は大騒ぎ。NHKの組合が立ち上がり、わずか一か月で、130万筆もの署名を集め、小野氏の代わりに初めてのNHK生え抜きの会長を誕生させたのでした。新たに会長に選ばれたのは、朝ドラの生みの親であった坂本朝一氏。私は坂本会長から、入局の辞令をもらったのでした。
 当時のNHKは世間の指弾を受け、受信料不払いの嵐でした。新人ディレクターとして京都放送局に赴任しましたが、取材に伺うとまずお叱りを受け、おわびをしてから話を聞かせていただくことが当たり前でした。中継現場でNHKの中継車の横でお弁当を食べていると、「あっ、あいつら受信料で飯を食べている!」と指を差されたこともあります。居酒屋でNHK職員であることが発覚するとからまれ、酔いつぶれて夜の街で泣きました。一方、地域のさまざまな組合と連携をはかり、「組合員として放送を変えよう地域会議」という組織を立ち上げ、改革プランをつくったこともあります。世の中の声を聴き、公共放送のありようを考える日々でした。頭を下げ続けることからNHKでの人生が始まったことは幸運だったかもしれません。
 その後、教養・ドキュメンタリーの世界で仕事をし、「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」を制作するプロデューサーを長く務めました。

NHKの現役職員からも声が集まった

 2001年1月のことです。日本軍「慰安婦」問題を取り上げた「ETV2001」が、放送直前に安倍晋三氏ら与党の政治家の介入によって、番組の内容が大きく改変されるという事件が起きました。私はその番組の編集長。政治家の意向を汲んだNHK幹部の指示に抗いはしたものの、制作にあたったプロダクションの仲間を守ることができず、番組はズタズタになりました(そのときの私の見苦しいふるまいについては、以前、このマガジン9の場でお話ししたことがあります)。そのとき、私たち制作陣は、こんなひどいことが起きています、みなさん助けてくださいと、いっしょに闘いましょうと、世の中に向けてSOSを出すことができませんでした。大きな後悔があります。

 しかし、今回の「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」は、私の時代とは違います。匿名ではありますが、現役のNHK職員の多くが声をあげ、このままではいけないと、市民とともに歩むことを何より大切に考える会長が選ばれるよういっしょに活動してくれるようになったのです。これはほんとうに久しぶりのことです。

 籾井会長の時代、もうこんな時代はこりごりだということで、NHKのOBたちが声を上げ、学者の会で、元日本学術会議会長で法学者の広渡清吾さん、作家の落合恵子さん、元NHK放送文化研究所研究員で東京学芸大学学長だった村松泰子さんに、会長候補になっていただいたことがあります。しかし、今回はOBだけでなくより広範な運動の輪が広がりました。

  「こんなNHKに変えていきたい」という、現役職員の声の一部を紹介しましょう。

・政権に忖度しない、毅然としたNHK
・少数者、困った人々に寄り添うNHK
・視聴率に左右されない多様で魅力的な番組を送り届けるNHK
・過去の映像・音声資産をできるかぎり公開・活用するNHK
・ベテランの経験・知識が活かせるNHK
・「情勢」ではなく「政策」の選挙報道をするNHK
・職員がモノが言える、内部的自由が保障されたNHK

 どれも当たり前のことです。私などがニュースを見て憤慨する以上に、現場の記者やディレクターたちは、日々切ない思いの中で、闘っていることを改めて実感します。

〈政府が「右」と言っても、右を向くとは限らない〉NHKへ

 なぜ会長候補が前川喜平さんなのか、少し説明させてください。2017年、森友学園問題と加計学園問題が発覚したとき、前川さんが告発のための記者会見を行い、安倍首相ら政権の嘘を暴きました。官僚のトップに上り詰めた官僚が政府の不正を告発するという、日本の行政の歴史の中で特筆すべき事件でした。
 さらに、前川さんは一市民となった後、日本のジャーナリズムのありようを問い、教育の機会に恵まれなかった夜間中学の生徒に学ぶことの素晴らしさを教えるボランティアを続けておられます。私は5年前、千葉県松戸市の自主夜間中学校を取材したことがありますが、そこにも前川さんの存在がありました。
 
 NHKがやるべきことは、政権の顔色をうかがうのではなく、真実を伝え、社会の課題を議論するプラットフォームとなり、豊かな文化を放送を通じて日常的に市民に届けることです。それは前川さんが長く身を置いた文部科学省の柱の一つである社会教育や生涯学習、学校を離れて教育や教養をあまねく普及させることとも重なります。
 政権からの不当な圧力に屈せず公僕としての職責を果たす。これは放送法にうたわれた公正中立や、真実を追求し健全な民主主義のために資するジャーナリストの精神と共通するものです。

 前川さんにNHKの次期会長候補になっていただきたいと打診をしたのは10月11日。返ってきた返事は、「お受けします」というものでした。「市民とともに歩みNHK会長を求める会」は勇気百倍。一気に弾みがつきました。前川さんを次期NHK会長にという署名運動がスタートし、それは現在も続いています。12月15日の段階で、紙の署名とネット署名を合計して45000筆を超えました。それをNHK経営委員会に提出しました。

 11月4日、衆議院第2議員会館で開かれた「市民とともに歩みNHK会長を求める会」の記者会見での前川喜平さんのお話は注目を集めました。そこでの前川さんは背筋が伸びているだけでなく言葉がユーモアに満ちており、会場には何度も笑いの輪が広がりました。前川さんのお話の全文を紹介します。

 このたびは、市民の皆さんから「NHKの会長に」とご推薦をいただきまして、身に余る光栄と思い、お受けした次第でございます。
 NHKの会長に就任いたしました暁には、その「暁」があるかどうかはわかりませんが、会長に就任したとすれば、私は、「憲法」と「放送法」にのっとり、それを遵守して、市民とともにあるNHK、そして不偏不党で、真実のみを重視する、そういうNHKのあり方を追求してまいりたいと思います。
 そのためには、番組の編集、あるいは報道にあたって、「完全な自由」が保証されなきゃいけない。その自由こそがほんとうに真実を追求することにもなるし、「不偏不党」も、その自由の中でしか実現しないと思っております。これは教育行政にもいえることですけれども、政治的中立性は大事なんですが、「政治的中立性」というのはですね、上から求める政治的中立性は、必ずこれは、権力に奉仕する結果になります。上から「政治的中立性」を求めてはいけないんです。これは現場の一人ひとりの心の中にだけ、なければいけない。それは、現場が自由であるということが最も大事だったわけですね。
 これは、いかなる分野であれ、「報道」とか、「教育」とか、「文化」とか、表現に関わる仕事をする、そういう分野では、どの分野にでも言えることだと思います。
 はっきり言えば、「経営が余計なことしない」ということが、いちばん大事なことであってですね。これは、「文部科学省が余計なことしなければ、教育は良くなる」ってこととも同じなんですよ。
 まあそういう意味で私は、「余計なことはしない会長」になりたい。政府が「右」と言っても、右を向くとは限らない。政府が「左」と言っても、左を向くとは限らない。政府が「止まれ」と言っても、止まるとは限らない。政府が「行け」と言っても、行くとは限らない。そういうふうに要するに、政府の言いなりには絶対にならない、そういう公共放送、それこそがほんとうの公共であってですね。お上(かみ)に従うことが「公共」ではないんだ、そういうほんとうの意味での公共というものを追求するということにしていきたい、と思っております。
 「放送番組編集の自由」というのは、これは放送法の3条にしっかりと書いてあるわけでありましてですね。番組、編集の自由というものは100%保証しなければならないと思っておりますが、会長になった暁には、まあその暁があるかどうかわかりません。会長になった暁には1つだけ提案したいと思っているものがございます。それはこの四半世紀ぐらいの間の、NHKのあり方を検証する番組を作ってほしい。これはぜひ、その現場の人たちに頑張っていただいて、そういう番組を作るということですね。これは命令でなくて「お願い」、提案をしてみたいなと、そんなふうに思っております。以上です。

 鮮やかでした。なかでも〈政府が「右」と言っても、右を向くとは限らない。政府が「左」と言っても、左を向くとは限らない。政府が「止まれ」と言っても、止まるとは限らない。政府が「行け」と言っても、行くとは限らない〉というくだりは、永遠に記憶に残る名文句だと思います。

記者会見での様子

公共放送・公共メディアを市民の手に取り戻すために

 そして12月1日。今度は衆議院第1議員会館の多目的ホールで、前川さん、ジャーナリストの金平茂紀さん、法政大学教授で国会パブリックビューイング代表の上西充子さんの3人のパネリスト、元NHK放送文化研究所研究員で次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんの報告による、公共放送のありようを考えるシンポジウムを、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」の主催で開きました。ネット中継も行いました。

 そこで前川さんは、かつて加計学園問題が発覚した際、NHKの社会部記者はどこよりも早く1時間にわたる前川さんの単独インタビューを撮影し、文部科学省のなかでの部下たちの裏トリを行っていたにもかかわらず、そのスクープ映像は今日までお蔵入りしたままであることを明らかにしました。
 上西さんは、働き方改革法案を取り上げたNHKの番組「クローズアップ現代」について言及されました。放送日はすでに委員会で採決され、衆議院本会議で採決される前日。もはや帰趨が明らかななかで、ここが問題だと問うことがどれほど異常なことかを指摘されました。まさに「あとの祭り」放送局の面目躍如? といったところです。
 そして、金平さんは、NHKのETVやBSの番組のなかに優れた番組が多くあることに言及しつつ、「社会共通資本・コモンとしてのNHKであるべき」と語りました。
 さらに、鈴木さんの報告によれば、英国のBBCはすでに公共放送ではなく、インターネットという伝送路を中心とした公共メディアとしてのスタートを切っています。日本でも、「NHKニュースを当てにしない」という視聴者の層は高齢者にも拡大しており、安倍・菅時代の「首相記者会見垂れ流し」というNHKニュースは、もはや通用しないことを明らかにしました。

 NHKはこれからどこへ向かおうとしているのか。公共放送・公共メディアを市民の手に取り戻すために、政権にとって都合のよい人間を密室の中で決めるのではなく、広く叡智を集め、よりよいひとをリーダーにしていきたいという私たちの運動は、前川喜平さんというシンボルとともに船出をしました。

またしても「ブラックボックス」の選考、そして……

 12月5日、NHK経営委員会は、1月からのNHK次期会長に日本銀行元理事でリコー取締役を務めた稲葉延雄氏を選びました。読売新聞の報道などによって、その選考過程が徐々に明らかになってきています。それによれば、いったん丸紅の社長だった人が選ばれそうになったものの、前田晃伸現会長に近いということで政権周辺が難色を示し、岸田首相の意向を受けて、稲葉氏に急遽決まったとされていますが、真偽のほどはわかりません。菅氏の動きがあったことも想像されますが、体調不良で動けなかったという話もあり、こちらも真偽のほどは不明です。今回も選考の過程がブラックボックスだっただけでなく、官邸によって決められたとすれば、ゆゆしきことです。この結果、6人連続で財界出身者がNHK会長におさまることになります。
 
 こうした動きに対して、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」は、抗議をするとともに、選考過程について明らかにするよう、NHK経営委員会に公開質問状を提出しました。45000人を超える署名を無視することは、視聴者とともに歩むというNHKの存立基盤を否定することと同じです。

 これまでの専守防衛を改め、敵基地攻撃能力の保有に踏み出し、アメリカの中古兵器を爆買いし、防衛予算を倍増し、大増税に踏みきろうとする岸田政権。このような歴史的大転換を閣議決定だけで決めてしまってよいものでしょうか。NHKニュースは現状を追認するだけでなく、政権のお先棒をかつぎ、NHKスペシャルは議論のテーブルさえ設定しません。NHKが病んだままだと、その被害は視聴者・市民、未来の世代に及びます。まっとうな公共放送、自由で独立したNHKをみんなでつくろう。私たちはまだ歩み始めたばかりです。どうかご支援ください。

 最後に、12月20日、NHK西口の前で、私はドイツ文学翻訳家の池田香代子さんたちともに、NHKの経営委員会、そして現役職員に向けて街宣車の上から、「ともにつくろう! 自由で独立したNHKを!」と訴えました。NHKの前のイチョウの木は黄金色に輝き、寒波のはざまの陽気のなかで、桜の木はきっと春には満開の花を咲かせる予感がしました。そのときの原稿をご覧ください。

 永田浩三と申します。
 この西口。道を渡って見えるあの桜の木を見るたびに、毎年のように4月からの新年度番組のスタートに当たってもがき、のたうち回っていたころを思い出します。
 みなさんたちが、番組やニュースで、日々どのように格闘しているか、だれよりも知っているつもりです。「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」が生まれ、前川喜平さんを次のNHK会長にという運動を始めたのは、今年10月のことです。署名はネットでも紙でも増え続け、きのうで46000筆を超えました。

 みなさんたちは、前川さんが声をあげてくれたこと、45000筆の署名が集まったことをどう受け止めますか。意味がない、いい迷惑だと思う人がいるかもしれません。私も、むかしならそう思ったかもしれません。放送現場の大変さなんて、自分たちにしかわからない。好き勝手にNHKのことを批判しているのだと。
 しかし、それは大間違いです。それは違うと私はある出来事をきっかけに気がつきました。

 22年前の「ETV2001」番組改変事件です。アジア太平洋戦争中、日本軍「慰安婦」にさせられ被害に遭った女性たちの人権の回復をテーマにした番組が放送直前に、大きく変わりました。番組の改変には先日亡くなった安倍晋三元総理も関わっていたといわれますが、真相はわからないことだらけです。私はその時のプロデューサー、編集長でした。
 放送のなかで証言が紹介されるはずだった女性たち、もと日本軍兵士、制作にあたったプロダクション、NHKのスタッフ、たくさんの人たちの人生が大きく変わりました。責任は私にもあります。悔やんでも時間は戻ってきません。

 当時、私はプロデューサーとして孤独のなかにありました。
 いま思うんです。なぜあのとき、こんなひどいことが起きています。どうか助けてくださいと声を上げなかったのかと。しかし、わたしはそれができませんでした。
 だれもわかってなどくれないと、口を閉ざしていたのです。
 でもそれは間違いでした。助けを求めるべきでした。
 世の中は、政権与党の政治家、NHKの幹部たちよりはるかにまっとうです。
 理不尽なことは理不尽なこと。声をあげるべきなのです。

 NHKが安倍チャンネルと揶揄されて、どれぐらいたつでしょう。
 NHKニュースは政権のお先棒かつぎ。NHKじゃなくて、犬HK.
 こんなことを言われて悔しくありませんか。
 私は悔しい。もだえるほど悔しい。ですが言われて当然なぐらいひどい。
 私が悔しいのは、まともなNHKがいっぱいあることを知っているからです。やればできる、公共のためにいい仕事をしたいひとがいっぱいいるから、悔しいのです。

 今回の敵基地攻撃能力、防衛費倍増という岸田政権の強引な方針。しかし、それでよいのか、どうすればよいのかという視点でニュースはまったくつくられていません。戦後最大の憲法の危機とも言われますが、NHKは、いつものように、すべてが決まってしまってから、これでよいのかと言い出すのです。あとの祭り放送局。
 世の中はちゃんと見ています。NHKの人は取材を通じて本当のことを知っているのに、政権にとって不利なことは伝えないと。その方がNHKという組織の延命につながり、政権と癒着したNHKの偉い人にとっても都合がいいのではないかと。

 前川喜平さんが語っています。加計学園問題に、どこよりも早く肉薄し、前川さんへの独自インタビューを撮影したのはNHK社会部でした。しかし、そのスクープは5年たった今も、お蔵入りのままです。それでいいのですか。現場の記者たちの切なさ、悔しさ。そんなことでほんとうにいいのですか。

 今回決まったとされる次期会長は、元日銀の理事。その陰にあったとされる菅さんと岸田さんとの間の暗闘。そして、実験を握るのは副会長なのだそうです。まるで「鎌倉殿の13人」を地で行く感じです。またも政権の意向がNHKの会長選びに色濃く反映されました。
 そしてNHKの経営委員会は、押し付けられた案を全会一致で賛成しました。まじめな議論もないままに、原案を追認して、年収500万。お金のことをあまり言いたくないですが、高い給料にふさわしい仕事をしているとは思えません。経営委員会はNHKの最高意思決定機関。それが機能しないことは、視聴者への背信行為です。こんなことを繰り返していては、NHKはますます信頼を失い、壊れて、なくなってしまいます。

 あのスウェーデンのグレタ・トゥンベリさんは言います。これは地球温暖化対策に向けての言葉ですが、私にはNHKに向けて発せられた言葉のように見えます。

 私たちにはまだ問題を修復する可能性がある。
 望みさえすれば、不可能はなにもない。
 一人ひとりの行動が、大きな運動になる。
 私たちは私たちで自分にできることをしなければならない。
 だれでも大歓迎。どんなひとも必要だ。
 口から口へ、街から街へ。
 集中しよう。行動しよう。波紋を起こそう。

 NHKを変えましょう。みんなでいっしょに変えましょう。
 自由で独立したNHKに。今ならまだ間に合います。壊れてしまうまえに。


永田浩三(ながたこうぞう)1954年生。東北大学卒業。武蔵大学社会学部教授。NHKでドキュメンタリー・教養番組を制作。著書『ヒロシマを伝える』『奄美の奇跡』『NHKと政治権力』『ベンシャーンを追いかけて』など。編著書に『フェイクと憎悪』。『命かじり』『闇に消されてなるものか』のドキュメンタリー映画の監督も務める。表現の不自由展委員、高木仁三郎市民科学基金理事、江古田映画祭実行委員会代表。現在、新著『原爆と俳句』を執筆中(来年夏以降刊行予定)。

 

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