『ダビデの星を見つめて:体験的ユダヤ・ネットワーク論』(寺島実郎著/NHK出版)

 ネオナチの脅威からロシア系住民を守る──プーチン大統領によるウクライナ侵攻の口実は奇妙だ。ウクライナの大統領であるゼレンスキーはユダヤ人である。ロシア帝国時代のウクライナ全域で起こったユダヤ人の迫害(ポグロム)まで遡れば、故郷を追われるユダヤ人一家の物語『屋根の上のバイオリン弾き』が想起させられるが、ポグロムはウクライナに限らず、ロシアの各地でも行われていた。
 この矛盾について著者は、プーチンの側近であるラブロフ外相が2022年5月1日にイタリアのテレビ局によるインタビューで「ヒトラーにはユダヤ人の血が流れていた」と語ったことに注目する。現在ではデマであることが明らかな俗説が政府要人の口から洩れるのは、つまるところプーチン政権内に反ユダヤ主義的感情がくすぶっているからであり、その背景にはロシア正教に共感する大ロシア主義があるというのである。
 ユダヤ・ネットワークというと、ユダヤ人が世界を支配しているといった陰謀論を連想してしまいがちだ。読者を間違った方向へ導かないよう、著者は三井物産社員時代に情報畑を中心に世界各国で経験してきたことを、ユダヤ人、そしてユダヤ教の歴史を踏まえながら綴っていく。
 著者が1987年にニューヨークに着任後、知己を得た事業家であり発明家でもあったD・スペクター氏についてこう評する。
 「まるで無から有を生ずるように、自分の知恵と努力で付加価値を生み出していく人物こそが尊敬されるべきだ、という考え方に徹している。逆に、親譲りの財産や親の影響力を基盤に安定を享受しているだけの人物を心の底から軽蔑している」
 後者の部分はわが国の政治家とも大いに通じるものがあるので、日本とイスラエルの対米外交の違いについての著者の見解も紹介しよう。
 米国とは非常に密な同盟関係を結ぶ両国であるが、同盟というより主従関係で動く日本とは対照的に、イスラエルは米国を動かそうとする。イラク戦争ではサダム・フセインは処刑された。核開発が疑われるイランには制裁が科された。シリアは内戦の泥沼に陥り、アラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコといったイスラム諸国とは相次いで国交正常化に合意。自国の周辺諸国との関係改善が進んでいる。
 人口936万人、面積2万㎡という、「四国より大きく、九州よりも小さい土地に東京都の23区と同じ規模の人口が暮らす」国の生き残り戦略だ。そこには「国家の利害を超えた大きな枠組みを考えてルールを形成していくことが、ユダヤ人の利益、すなわち生き残りにつながるという発想がどこかに潜在する」と著者はいう。
 ひるがえってわが国を見れば、兵器というハードを買いまくるだけで、情報戦略はなく、ただただ米国と足並みをそろえることに注力する為政者がいる。
 日本という国はサバイブできるのだろうか。

(芳地隆之)

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