第254回:ヘリクツセブン!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 なんだか理屈の通らない世の中である。というより、屁理屈ばかりが大手を振って罷り通る。それが日本の政治の世界である。
 「無理が通れば道理が引っ込む」という。最近の岸田政権のやることは、無理の無の字が勢揃い。道理なんか虫眼鏡で探したって見つかりゃしない。聞いていると、こちらの頭がおかしくなる。
 『ウルトラセブン』というテレビ番組をご記憶だろうか。ぼくらの世代なら知らない者はいない。頭の上に付いたブーメラン「アイスラッガー」を投げて敵の怪獣をやっつけるウルトラセブン。懐かしいなあ…。
 こんな「ウルトラセブン」ならいいけれど、今の政府、まるで「ヘリクツセブン」なのである。

ヘリクツその①高齢者保険料で出産費用

 これ、訳が分からん。要するに、高齢者の医療保険料を値上げして、その分を「子育て支援」に充てるということらしい。年収200万円の高齢者は年に1万4000円の引き上げになる。なんでこんなことをするのだろう。
 高齢者保険料が不足するから値上げする、というならリクツは分かる。ところが、出産一時金を高齢者保険料の値上げ分でまかなう、というのではリクツが通らない。きちんと「少子化対策税」とでも名前を付けて別枠の税を創るのが筋だろう。
 つまり、高齢者保険料と少子化対策税はまったく別のものなのに、無理やりくっつけてつじつま合わせしようとするからおかしなことになる。ヘリクツ以下だ。
 高齢者医療保険料は足りないから引き上げる、また少子化対策費を捻出するためには新税を創設する、というふうにきちんと分けて説明するのが正しい政治の在り方だろう。

ヘリクツその②防衛費増は建設国債で

 同じようなことを、自民党は頻繁に行う。
 突然「閣議決定」してしまった「防衛費倍増」にかかわる費用の問題もそうだ。自民党内のとくに極右派は「増税」ではなく「国債」で、増加分を補うべきと主張している。それが安倍晋三元首相の持論だったからだ。極右派にとっては、いまだに安倍元首相は神なのであろう。
 増税はさすがに国民の反発が強い。選挙の際には不利になる。そこで、増税ではなく「国債」で防衛費増加分に充てるというわけだ。だが「それではまるで戦争中の『戦時国債』ではないか」との批判を浴び、またしても「建設国債」と名前を変えることでごまかそうとしている。
 「自衛隊の宿舎は老朽化している。建て替えるのは『建設』だから、建設国債でもいいではないか」というわけだ。むろん、それは上っ面のヘリクツ。その建設国債を、宿舎だけではなく武器調達に使おうというたくらみはミエミエだ。
 結局、表立っては作れない金を別の名目に紛れ込ませて、いつの間にか手に入れてしまおうという、自民党のこれまでのゴマカシ手法である。

ヘリクツその③マイナンバーに紐づけ

 マイナンバーカードは、もっとひどい。
 なかなか思うように進まないマイナンバーカードの普及に焦っている政府は、マイナポイントという金で釣ろうと懸命だ。河野太郎担当大臣は、恥ずかしいことに「そうだ! マイナンバーカード 取得しよう」なんて、どっかのパクリのコピーをプリントしたTシャツを作って着こみ、アホらしい宣伝を繰り広げている。例の「愚か者Tシャツ」で赤っ恥をかいたことなど、もうお忘れらしい。こんな連中が政府中枢なのだと思うと、悲しいくらいにバカバカしい。
 そのマイナンバーだが、政府はこれに、預貯金の口座番号を紐づけしようとしている。「年金振り込み口座をマイナンバーに紐づけますよ」というお知らせを該当者に郵送し、もし「拒否の返答」がなければ「同意したものとみなす」というから恐ろしい。答えなければ同意。そんなデタラメなことがあるか。ヘリクツの極致である。
 返答を忘れたり、なんらかの事情で郵便が届かなかったりした場合、あなたの口座はあなたの知らぬ間に、政府にばっちり把握されてしまうのだ。
 保険証、運転免許証、それに口座番号、いずれそのうち、これにクレジット機能や交通系カード、さらには図書館利用カードなども紐づけされるだろう。そうなると、あなたの病歴、財産、移動の追跡、読書傾向から思想信条の中身まで、みんな政府に筒抜けということになる。国民統制にこんなに便利なものはない。

ヘリクツその④SNSアカウントもマイナンバーカードで

 河野太郎氏は、フジテレビ「日曜報道THE PRIME」に出演して、もっとすごいことまで言っていた。

河野デジタル相「いろいろなサービス(SNS)のアカウントを作る時に、マイナンバーカードで認証を最初にするということにすれば、年齢制限をきっちり守ることができますから、そういうところにも(マイナンバーカードが)役に立ってくると思う。」

 むろん、河野氏は「迷惑動画」「犯罪行為動画」などについて、という前提で話していたのだが、それがネット民の思想信条をチェックし、市民を統制し縛ることに利用するという形にエスカレートしていくのに時間はかからないだろう。
 ヘリクツが、現実化していく。
 そんな世の中、ぼくはイヤだね!

ヘリクツその⑤自衛隊勧誘情報の問題

 これだけでも十分に恐ろしいのに、もっとゾッとするようなことが行われている。SNS上に上がっていた自衛隊の勧誘問題だ。
 これは鹿児島県の例だが、自衛隊員になれそうな適齢期の若者の情報を、行政が自衛隊へ提供するというのだ。そんなことをされたくないという人は「除外申請」を行政に対して通知する必要がある。「除外申請」をしなければ「同意」とみなし、自衛隊への情報提供が自動的に行われる。
 これは、マイナンバーの口座紐づけと同じだ。「イヤだと言わなければ同意とみなす」というめちゃくちゃなリクツが、こんなところでも罷り通っている。
 知らぬ間に、とんでもないことが起きている。ツイッター上では「これは鹿児島県だけではない。もうすでにかなりの地方で行われている」との書き込みもあった。
 ぼくなどは高齢者だから、間違ってもそんなことに引っかかるわけもないけれど、定員割れに悩む自衛隊がやりたい事情はよく分かる。
 むろん、こんなことが一地方行政組織だけで行えるわけがない。当然のごとく、政府の指示があったはずだ。
 ツイッターにはこんな意見もあった。桃太郎さんという方のツイートだ。

来たぞ『徴兵制』に向けての第一弾が。
除外申請をしないと、本人の同意なく個人情報が自衛隊に提供される。
国民の大半が自公支持者+無投票層のせいでこうして売られていく。
当然人数は全然足りていないからどんどん高齢化していくだろう、ゆくゆくは全員が対象者だ。

 なるほど、若者が次第に少なくなるから、中年層あたりまで「徴兵適齢期」が延長されて、ゆくゆくは「国民皆兵制度」か。恐ろしい。
 このツイートに関して「除外申請したやつの情報提供ね(笑)」とか「除外申請した人を“マーク”して『非国民』登録をするかもしれない」というような辛辣なリツイートもあった。
 国民には隠したままで、危ない政策が次々に決められていく。気づいた時にはもう遅い、間に合わない。

ヘリクツその⑥避難シェルター設置?

 浜田靖一防衛相は2月9日、沖縄県の最南端、与那国町の町議たちと面会。町議たちの要望に応えて「避難用シェルターの早期の建設設置を、政府内で調整、検討する」と回答したという。これもスゴイ話だ。なぜ避難シェルターなるものが必要なのか、その理由についてはまったく触れていない。
 本来ならば「避難シェルター」などとは無縁なはずの平和な島だった。ただ、日本全国の過疎地と同様、人口減少と町の予算不足に悩んでいたのだ。そこにつけ込んで、自衛隊の基地を置くということから、わけの分からないことが持ち上がった。
 自衛隊側は、当初は「監視部隊」だから危険なことはないと説明していた。町側も、人口減少の歯止めになり経済的な恩恵もあるとして、かなりの反対があったにもかかわらず、それを受け入れた。
 ところが、岸田政権の「台湾有事に対する備え」というリクツで、ここにミサイル配備をすると強引に決めてしまった。その後、初めて機動戦闘車が町道を走り、米軍と自衛隊の共同訓練が行われるなど一気に軍事基地化し、火薬の臭いが漂い始めたのだ。
 むろん、軍事基地などなければ攻撃対象にはならない。したがって、ミサイル攻撃からの避難シェルターなど必要ない。与那国町議たちがシェルターの設置を陳情しなければならないほど、島は戦争を恐れざるを得なくなった。
 ここにも政府自民党のリクツのすり替えがある。最初は「監視部隊」だったのだ。それがいつの間にか、街には詳しい説明もないままに「ミサイル基地」へ変貌していった。
 「台湾有事の緊張が高まり、監視だけでは済まなくなった。日本最南端の島である以上、敵のミサイル攻撃に対処するには必要な措置」というヘリクツだ。それならなぜ最初から「ここはミサイル基地にする」と言わなかったのか。それを言えば反対運動が高まり、基地建設に遅れが出ることを予測して隠していたのだろう。
 島の人口増や経済効果を隠れ蓑に、軍事基地化を図る。これ以上のヘリクツはあるまい。

ヘリクツその⑦原発規制委員長「締め切りがあるので仕方ない」
ヘリクツから開き直りへ

 ここに「ヘリクツその⑦」とタイトルしたけれど、もはやヘリクツさえも放棄したのが原子力規制委員会だ。なにが、どこが“規制”委員会かっ! “推進”委員会と名称変更しろ! である。
 規制委は、2月13日の臨時会で、原発運転60年超を認める新たな規制制度を賛成多数で決定しやがった! これまで規制委の決定は5人の委員の「全員一致」が通例だった。だが今回は、さすがにこんな無原則な政策変更に反対者が出た。日本地質学会会長でもあった石渡明氏である。彼はこう述べた(東京新聞2月14日付)。

この改変は科学的、技術的な新知見に基づくものではない。安全側への改変ではない。審査を厳格にすればするほど、より高経年化(老朽化)した原子炉が動く。私はこの案に反対します。

 ごく当然の意見だろう。厳格な審査には時間がかかる。その期間は運転が停まる。それを「運転期間」には含まず、その分を運転継続へ組み入れてしまうというのだから、最初から運転期間は延長されることになり、40年規制も60年規制も有名無実になる。これもヘリクツの典型だが、驚いたのは、山中伸介委員長の発言だった(同記事)。

臨時会後の記者会見で、性急さを問われた山中伸介委員長は「法案のデッドライン(締め切り)があるので仕方ない」と釈明した。

 呆れてものが言えない。コイツ、アホか。
 ぼくが書いている原稿の締め切りとはわけが違う。原発運転延長の安全性を審議しているのに「締め切りがあるので」などと、もはや尋常ではない。尋常ではないどころか、まさに「狂気の沙汰」である。しかも「狂気の沙汰」連発の政府の言うことを、そのまま受け入れてしまう「狂気の沙汰×2」である。
 記事はこうも書いている。

賛成した委員からも疑問の声は上がった。杉山智之委員は「締め切りを守らなければいけないように、せかされて議論してきた。われわれは独立した機関であり、じっくりと議論すべきだった」と指摘。伴信彦委員は、60年超の原発の審査について詳細が決まっていない段階での決定に対し「制度論ばかりが先行し、60年超をどう規制するのかが後回しになっていることに違和感がある」と懸念を示した。

 委員たち自身が、この委員会がもう「独立機関ではない」と匙を投げてしまっている。これが現在の「原発規制」の在り方だ。こんな原発が安全を約束されたものではないことは自明だ。
 ヘリクツの行き着く先は「開き直り」であった。

 ここには「ヘリクツセブン」として7つの事例を挙げた。しかし、もっと調べていけば「ヘリクツセブンティーン(17)」どころか「ヘリクツセブンティ(70)」くらいはすぐに見つかりそうだ。
 ヘリクツ政府にはリクツが通じないのだから、手の打ちようがない。
 一刻も早く退場させるべきである。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。