世論調査でも半数以上が「賛成」、経団連も「導入を求める」と表明するなど、もはや喫緊の課題ともなっている「選択的夫婦別姓の導入」。9月の自民党総裁選では石破首相も「前向きに取り組む」と述べていたはずが、就任後はなぜか一気にトーンダウンしています。
事実婚で子育て中のKanataさんも、「早く導入を進めてほしい」と強く望む一人。大学時代にはボランティアスタッフとしてマガ9に参加、留学先のコスタリカでの体験を綴ったコラムも連載してくれていました。現状の制度のもとで「姓を変えずに結婚/出産したい」と考えたとき、そこにはどんな壁が待ち受けているのか、そしてなぜ選択的夫婦別姓の導入が必要だと考えるのか、ご自身の体験や思いを寄稿していただきました。まもなく衆院選、こうした当事者の切実な声に耳を傾けてくれるかどうかも、一票の行き先を決める重要なポイントなのではないでしょうか。
事実婚を選ぶまで
わたしは夫婦でそれぞれの名字を名乗り続けるために、現在やむをえず事実婚を選択しています。
これまでの人生を振り返ってみると、そもそもわたしは自分の結婚式を挙げるということに興味がありませんでした。理由はいろいろとありますが、一緒に暮らして助け合う仲だと認識していれば、それをわざわざ多くの人に祝ってもらわなくても、それだけで十分だと思っていたこともひとつです。それと同じように、「入籍」(正しくは籍に入るのではなく、新しく籍をつくること)といわれる行為も形式的なものにしか感じられず、それよりも自分の名字を名乗り続けることのほうが大切に思えたのです。
一方、夫は結婚について話し合っていた最初の頃、法律婚を希望していました。「新しい籍をつくるほうが、責任感がうまれる」というのです。わたしは、戸籍が一緒になることによってしかうまれないような責任感はいらないし、自分の名字を変えたくなかった。それを伝えて話し合い、「ひとまずどちらかが働けないような病気やけがをするとかいった状況になったら考え直そう」と決めて、事実婚のかたちをとることにしました。
事実婚を解消した場合の財産はどうするのか、子どもが生まれたらどうするのかといった、婚姻届を出せば自動的に適用される法律については、2人でアレンジして取り決めを作成。法的効力はありませんがお互いと2人の両親にサインをしてもらい、文書として残すことにしました。それぞれ入っていた保険の受取人もお互いに変更。幸いなことに事実婚にも理解のある保険会社だったこともあり、変更はすんなりできました。
子どもが生まれた! 必要な手続きは?
そんなこんなで事実婚で一緒に暮らすようになってから、約3年後に妊娠しました。出産が近づいてきて最初にしたのは認知届(法律婚をしていない夫婦の間に生まれる/生まれた子どもと、その父親との間に法的な親子関係を成立させるための届)の提出。産後にも認知する方法はありますが、出産後のいろいろな手続きがよりスムーズになるのと、出産時にわたしに何かあった場合に夫が子どもの父親としてすぐに対応ができるようにと考え、産前に行なう胎児認知を選びました。認知届は妻の本籍地の役所に書類を提出する必要があり、夫にわざわざ平日に提出に行ってもらいました(あとになって、認知届を出す前に本籍地を現在住んでいる場所にしなかったのを悔やむことになります)。
産後は2週間以内に出生届を提出しなくてはなりません。書類には「嫡出子」か「嫡出でない子」を選ぶ欄があり、そのことが引っかかりネットで調べてみました。「嫡出でない子」を選ばせるのは差別的だとして、出生届からこの欄を削除するように活動している方々がいることを知り、チェックをしないで提出することもできるという情報を得たので、窓口に行った夫に説明してもらい、チェックせずに提出。出生届で本籍地を変えることができたので、現在の住所に本籍地を変更し、わたしと子どもだけの新しい戸籍がつくられました。
次は健康保険です。夫婦2人の健康保険を比較してみて、夫の健康保険のほうが扶養家族の特典がいろいろとあるので、夫の扶養に入れることに決定。結果的に、子の保険証には夫の名前が入ったので、もしも公的書類が出せない場面で夫との親子関係が疑われるようなシーンがあれば保険証を見せればいいねということになりました(子どもはわたしと同じ名字なので)。
子どもの健康保険証をつくる際、一般的には子どもと被保険者の住民票を提出すればいいのですが、このとき、夫と子どもは名字が違うことに加え、わたしと夫は世帯合併(住所が同じ複数の世帯を一つにまとめて住民票に登録すること)をしていなかったため、住民票は一枚ではありませんでした。そこでわたしの住民票(子どもの名前も載っているもの)、それと同じ住所の夫の住民票の2枚を出したにもかかわらず、健康保険組合からはこれではだめだといわれてしまいます。「(夫との)親子関係を証明するため、子どもの戸籍謄本を提出せよ」といわれたのです。
子どもの戸籍謄本を取るには出生届を出してから2週間以上と時間がかかります。しかもわたしたちのケースでは、出生届を提出した自治体の役場が、認知届について夫がそれを提出した自治体(出生届を出す前のわたしの本籍があったところ)の役場に照会を依頼することになるため、さらに時間がかかる。でも、子どもの生後1カ月健診には医療証を持っていかなければならず、その医療証をもらうには保険証(もしくは保険証を申請中にもらえる資格証明書)が必要でした。
子どもを産んで1カ月未満なので頭がぼーっとしているうえ、自分では役場に行けないので夫にかわりをお願いしながら、何度も健康保険組合や役場とやりとりをして必要な書類を準備するというのは、結構過酷な作業です。このほかに児童手当の申請もありましたが、役場の窓口の方も事実婚をしている人の申請に慣れていない感じがあり、手間取っている印象でした。あとから「夫婦別姓を希望しているので事実婚にしているのですが」と、手続きの際にきちんとわかるように伝えればよかったと後悔しました。そういう人がいるのだということを役場の方にきちんと伝えるのも、選択的夫婦別姓を実現するためのひとつの運動になると思うからです。
ただ「自分の名字を変えたくなかった」だけ
手続きを終えてから思ったのは、「こんなことなら、出産前に本籍地をいま住んでいる場所に変えて、世帯も一緒にしておいたのに!」ということ。ただ、世帯合併をするには世帯主を選ぶ必要があり、そのためどちらかが「夫(未届)」か「妻(未届)」と表記されます。せっかくお互いが平等なかたちを選んだので世帯合併もしたくないという事実婚の方々もいると思います。その場合は本籍地だけでも、現在の住所に変更しておくといいかもしれません。
また、事実婚で出産する場合、出産直前に婚姻届を提出し、出生届を出した後に離婚届を提出するという方法もあります。この方法だと認知届を出さなくても出産後は父子関係が認められ、「嫡出でない子」にチェックする必要もありません。ただ、出産ぎりぎりまでどちらの名字を子に付けるのか悩んでいたこともあり、私たちは選びませんでした。が、結果的にはペーパーで結婚&離婚をしたほうが手続きは楽だったと思います(ちなみに事実婚のまま出産を迎えた場合、子どもは妻の戸籍に入るので妻の名字になり、夫の名字に変更したい場合は家庭裁判所での手続きが必要。また、基本的に母親の単独親権になります)。
産前産後の手続きで苦労した一方で、妊娠にあたり利用した「東京都不妊検査等助成事業」では、世帯を分けている理由を書き添えるだけで問題なく助成を受けることができました。出産した病院でも「事実婚だから」という理由で夫が面会や手続きできないといった不都合はありませんでした。
夫婦別姓について友人に話をすると、「そんなに名字を変えたくなければ、婿に入ってもらえば?」とよく提案されます(婿養子になってもらえということではなく、相手に名字を変えてもらえば、ということなのでしょう)。それで相手が納得するのならそういう手もあるのかもしれませんが、自分がいやだと思うことを相手に強要するのは、いまの制度の問題を裏返しにして相手に押し付けていることになります。それはいやだと思っていたし、私たちの場合は夫も名字を変えたくないということだったので事実婚を選択したのです。
また、話をした相手がすでに法律婚をして名字を変えた女性だった場合、「自分が責められている」と感じるのか不機嫌になってしまう人がいたり、「結婚当時はそこまで真剣に考えていなかったけれどいま思えば自分の名字を名乗り続けたかった」と話してくれる人もいたり。わたしも含めて事実婚を選んだ多くの人たちが求めている選択的夫婦別姓は、あくまでも「選択的」なので、結婚して名字を変えたいと思う人はどんどん変えればいいと思います。ただ、90%以上のケースで女性の側が名字を変えているというのは、そもそも「ん? なんで当たり前に女性が変える流れになってるんだ?」と考える余地さえないのが現状だからなのではないでしょうか。
わたしの場合、事実婚の理由はただ自分の名字を変えたくなかった、それだけです。先祖代々続く名家でもないし、自分の名字に強烈な愛情があるわけでもない。ただ変えたくなかっただけ。でも、それで十分だと思うんです。当たり前の権利なので。
夫婦別姓訴訟を傍聴して
さて、事実婚でいく! と決めたものの、どちらかが病気やけがをしたとき、死んでしまったときに法的に夫婦であると認めてもらうことはやっぱり重要です。そのため、選択的夫婦別姓が早く実現してほしいと切に願っています。現在進行している選択的夫婦別姓をめぐる裁判(第三次選択的夫婦別姓訴訟)にも注目していて、2024年6月27日と9月20日に東京での裁判の傍聴に行ってきました。
6月27日は小さな法廷で行われたこともあり、抽選になった末、ありがたいことに傍聴が叶いました。裁判長から「傍聴にも多くの方が来ているようなので、次回は大きな法廷を用意します」という話があり、そんなに簡単に替えられるものなのかと驚いたのと同時に、傍聴に来ただけなのに「注目してるぞ」というメッセージを伝えられたことは嬉しかったです。ただ、自分の名字を名乗り続けることは「世論が高まっているから与えられるべき権利」ではなく、当然の権利だという気持ちも忘れずにいたいと思いました。
原告の意見陳述でとくに印象的だったのは事実婚を選んだカップルの男性のお話で、「女性が姓を変えることに何の疑問も持たずに生きてきたが、パートナーの話を聞くうちに立場を入れ替えて考えなくてはと思うようになった」という部分でした。ここで考えてみる「相手の立場」とは、どこか遠くにいる会ったこともない誰かのではなく、自分の目の前にいる愛する相手のもの。法律婚した女性の90%以上が夫の名字を名乗っているという現状に、女性だけではなく男性も「ん? おかしいな」と思うことは、相手の立場に立ってみればとても自然なことなのではないでしょうか。
また、法律婚を経験したという女性が職場での通称使用についてこう語りました。「肝心な時に通称はまったく使えず、生来の名前が(今の自分の)本当の名前ではないことを痛感し、つねに不快感や喪失感を突きつけられました。通称使用というのは結局実態のない幽霊のようなものだと思います」。
わたしは事実婚を選んだので実際に経験はしていませんが、通称使用の場合、給与明細や勤怠管理は多くの会社では戸籍名。とくに給与明細は自分の仕事への頑張りが目に見えるかたちになって表れるものです。その名前が自分の呼ばれたい名前ではないと想像するだけでつらくなります。原告の話を聞いていると通称使用とは、職場での単なるあだ名のようなものなのではないかと思ってしまいました。
9月20日の法廷では、原告側がこう付け加えていました。「通称使用の広がりは自分の名字を名乗り続けたいという考えの広がりを意味し、その考えを持つ方たちが勝ちとってきた応急処置」であり、「通称使用の広がりは夫婦同姓を強制する制度を続ける根拠にはならず、むしろ選択的夫婦別姓を認める根拠にこそなる」のだと。
ちっとも進まない国会での議論に、びしっと司法から活を入れるような判決を期待しています。「わがまま」ではない「当たり前」の権利を手にする日が待ち遠しいです。