先日(5月31日)、「マガジン9」主催の『フトコロに憲法 未来に希望』というイベントが開かれた。講師は、伊藤真さん(弁護士、『伊藤塾』塾長)、雨宮処凛さん(作家)、太田啓子さん(弁護士)という超豪華メンバーで、講演とディスカッション、そして会場との質疑応答など、盛りだくさんの内容。2時間30分という時間があっという間に過ぎた。素敵な催しだった。
場所は、カタログハウスのセミナーホール。
ぼくは、「マガ9」誕生の頃のことを思い出していた。
2001年に首相に就任した小泉純一郎氏は、それまでの日本の外交政策を一変させ、自衛隊の海外派遣に踏み切った。2003年12月に、人道支援という名目で、イラク戦争において実質的にアメリカの要請に応じたのだった。
その際、小泉首相は国会で「自衛隊は“非戦闘地域”に派遣するのだ」と強弁し、「では非戦闘地域とはどこか」と問われると、「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などと、突飛な説明で逃げ切った。この詭弁にある人々は喝采し、ある人々は危惧を感じた。国民の分断が、この頃から始まったのだ。
そんなキナ臭い政治にささやかでもアンチの旗を挙げるべく、2005年3月1日、「マガジン9条」(のちに「マガジン9」と改称)は誕生した。そして「マガ9」は20歳の成人式を迎えたのである。
20年間、年3回の合併号を除けばまったく欠番もなく、毎週水曜日の発行を続けてきている。小さな奇跡だろう。
大きなスポンサーはいない。読者のみなさんの支援カンパ頼みである。あとは連載コラムの単行本化による少々の印税や編集協力費、それにグッズ販売などで、カツカツの運営を続けている。おっとっとの綱渡りも上手になった。
20年という時間は誰にも容赦なく訪れ、あの当時50代後半だったぼくは、今や80歳直前である。原稿を書くスピードは遅くなり、人名や事柄の脳内検索もかつてのようにスムーズにはいかない。そろそろ退き際……である。
あの頃、ぼくらが感じたキナ臭さへの危惧は、最近ますます強くなってきている。「火のないところに煙は立たない」というけれど、火のないところへ火種をぶち込むヤカラがむやみに増えてきた。
それは世界も日本も変わらない。
トランプが引っ掻きまわすことで、世界のバランスはもうメチャクチャである。関税(タリフ)という“武器”を振りかざして、国際秩序の破壊者となった男。その男は、大学へ圧力、留学生を追い出せ、言うことを聞かないヤツは国外追放!と喚き散らす。国の礎になるはずの学問をこれほどないがしろにする政治家は、国家を弱体化させる売国者というべきだろう。
勝手に他国に攻め込み、その正当性(ふざけるな!)を主張する独裁権力者プーチン。どんなリクツを述べ立てられても、侵略者であることは間違いない。
テロ集団を撲滅するのだという大義名分で、子どもや女性、年寄り、医療従事者、ジャーナリストなどを見境なく殺しまくる“テロ国家”の出現。ネタニヤフは、自分の政治的基盤を極右政治家どもに握られているために、殺戮を止めることができない。これほど短期間にこれほど多くの人間を殺した国に、なぜ日本は黙り込んでいるのか。それこそ、ネット右翼が大好きな「断交せよ」である。
武器開発を最優先し、国民の飢えをかえりみない先軍政治という名のハリネズミのような国も、すぐそばに存在する。まだ幼い自分の娘に財産を譲るように、まるで国家を私物化する首領さま。
超大国にのし上がった中国の国家主席も、それまでの法律を勝手に変えて権力の座を降りようとしない。国内では苛烈な専制政治が罷り通り、民主派は容赦ない弾圧で声を挙げることすらできない。一国二制度の地域も、完全に沈黙させられた。
世界中、独裁的強権者が民主派を圧し潰しているのが現況だ。まともな政治リーダーは消えつつあるのか。
トランプの先を行く「学術研究軽視」が、日本の国会で罷り通ろうとしている。先週のこのコラムでも触れたが、日本学術会議改組法案だ。これ、まともじゃない。
黙過すれば、日本の国力低落に拍車がかかるのは当たり前だ。学問学術水準の低下は、国の活力を確実に劣化させる。ノーベル賞受賞科学者たちも、こぞって学術会議を改組する法案に関する政府方針に異を唱えている。なぜその意見を、政府は聞き入れようとしないのか。基礎研究よりも金儲け直結の「実学」を求める財界とそれに従う政府。
長さんじゃないけれど「だめだ、こりゃ」である。
思想信条の自由、学問研究の自由、表現の自由、それらの自由が奪われたとき、出現するのは「新しい戦前」なのだ。
コメ騒動は終わりそうもない。
備蓄米の放出で、売り出し店の前には長蛇の列ができているとテレビは報じるが、それを「家畜の餌のようなコメ」と口走って、謝罪に追い込まれたどこかの政党党首。やたら謝罪ばかりが目につくが、本心からの謝罪にはまったく見えないところがこの人らしいし、この党らしい。
この備蓄米はすぐに売り切れ。店頭からはあっという間に消えるだろう。しかも中小の商店にはその備蓄米さえ回ってこない。
まさに自民党政府の農政の失敗だったことは一目瞭然。それなのに「小泉米」などと名付けてまるで小泉進次郎農水相の手柄でもあるかのように報じるマスメディア。備蓄米販売がひと段落した後で、はたしてコメの値段は下がるのか?
それに答えてくれる政治家は、どこにもいない。それどころか「足りなければアメリカ米を輸入すればいい。それが対米外交の切り札にもなる」などと、呆れ果てたことを言う政治家まで現れる始末。「食料安保」という言葉の意味を知らないらしい。
日本にまともな政治は存在しない。
朝貢外交は終わらない。
国民がうすうす感じとっていたとおり、米製兵器(断じて「防衛装備品」などではない、武器だ兵器だ!)の爆買いや米軍基地経費の増加などで、なんとかトランプ大王のご機嫌を取り結び、関税を少しでもまけてもらおうという態度。こういうのを「朝貢外交」というのである。
下っ端政治家だけれど、黙って放置しておくわけにはいかないのが西田昌司という政治家だ。わざわざ沖縄まで出かけて行って、典型的な「歴史改竄」をやってのけた。当然のごとく批判が殺到、謝罪会見を開かざるを得なくなった。一応は、「撤回します」と言ったのだが、その中身は「TPOがまずかった」という一点のみ。
つまり、オレの言ったことは事実なのだが、言った時と場所を間違えた、そこは謝罪して撤回する、というわけだ。「自分の認識は正しい」と言っているのだから、まったく謝罪になっていない。しかも恥の上塗り、雑誌『正論』に寄稿して自分の意見の正当性を「事実は事実」と主張した。まったく懲りない男だ。
沖縄の県議団が上京し、森山裕自民党幹事長に西田発言について抗議したとき、西田は事務所からトンズラし、県議団に会おうともしなかった。もし「事実は事実」と言うならば、なぜ県議団に会って、それを丁寧に説明しなかったのか。
トンズラこくとは、まさに卑怯者である。しかしなぜこんなにも沖縄を貶めようとするのか、ぼくにはそこがよく分からない。
「正論」という雑誌のネーミングにも畏れ入るなあ。「不正論」の「不」の字が抜けているのではないかしら?
あの20年前に感じたキナ臭さは、その後も一向に収まる気配がない。安倍長期政権がキナ臭さを増幅させ、最近では麻生太郎が「台湾有事は日本有事、戦う準備を」と煽り立てる。火種をくべるバカ政治家に水をぶっかけることが、いま必要なのだ。
20年経ってもこんな状況が続いている。いや、むしろ悪化していると言っていい。
ぼくはそろそろ……と思っているのだが、こんな状況をほったらかしにして消えてしまうのは、ちょっと(いや、かなり)悔しい。