ご老人に絡まれちゃった
某日、あるところで高齢者(ぼくもそうだが)のネット右翼みたいな人に、突然、絡まれてしまった。
とにかく一方的に持論(というほどのものでもなかったが)をまくし立て、こちらが茫然としていると、「お前は間違ってるっ!」と、声高に怒鳴りつけて去って行った。いやはや、激しいご老人でした。
「自衛隊は国防のために絶対に必要で、それを認めない憲法を早く改正すべきだ」というのが、よく聞くと彼の言いたいことだったようだ。
だけどこの人、どうもきちんと憲法を読んだことがないみたいだった。だって「国防を認めない」なんて憲法のどこにも書いていないし、「憲法が認めていないのは、国の交戦権ですよ」とぼくが言っても、「交戦権」とは何かを、まったく理解していなかったのだ。うーん、それじゃあ、憲法の何を変えろと言いたいのだろう? 「何だっていい、とにかく憲法を変えろ!」なのか。
どうも、こういう人が増えているらしい。ぼくのように「平和ボケ老人」を理想としている者にとっては、なんともメンドーな人たちだ。国防だ、安全保障だ、国防軍だ、自衛戦争だ、世界に誇れる日本だ、などとひたすら元気のいい言葉で興奮するような人たちには、ぼくはなんと言っていいか分からない。
こんな軍国高齢者だけではなく、たとえば「ヘイトスピーチ」や「差別トーク」を繰り返す人たちにも、意外に中高年が多いという。
中高年と言えば、モノの分かった人たちだと思うのが普通の認識だろうだけれど、どうも何かが変わってきているらしい。
でも、なんで高齢者ネット右翼が増えているのだろう。いや、ほんとうにそんな類いのご老人たちが増えているのだろうか。少なくとも、ぼくの周囲にはあまり見かけないのだが、それはまあ、ぼくの交友範囲のせいだと言われればその通りだろう。
弁護士たちの反撃にネット右翼が大慌て
最近、ネットでけっこうな騒ぎになった事例に「弁護士に対する大量懲戒請求」というのがある。要するに「朝鮮人学校への補助金支給」に関して、それを推進するような弁護士はけしからんから懲戒処分にすべきだ、という請求が、一斉に、ほぼ同じ文面の書状で、しかも大量に所属弁護士会へ送りつけられたという件だ。
これを受けた弁護士たちは反撃に出た。懲戒請求をした人たちを特定して、彼らを提訴したのだ。提訴された人たちの中には、「そんなつもりじゃなかった。軽い気持ちでやってしまった」と後悔している人も多いという。
そりゃそうだろう。裁判所からの出頭命令がやって来るのだからビビッてしまう。この件に関しては「週刊金曜日 5月25日号」の片岡伸行氏の記事に詳しい。少しだけ、引用させてもらう。
ネット煽動の大量懲戒請求、弁護士が相次ぎ提訴へ
裁かれるヘイト社会の悪意不当な懲戒請求を大量に送りつけたネット右翼に対し、弁護士側の反撃が始まる。背景にはヘイトクライム(憎悪・差別犯罪)を醸成させる「政治とメディアの連動」。裁かれるべきはヘイトにつながる歴史偽造と差別主義の悪意である。(略)
記事では、この件の経緯が詳しく書かれているので、ぜひお読みいただきたい。そのきっかけになったのが、ある人物のブログでの煽動であり、そしてその裏には、流行作家や国会議員らのプロパガンダがあると指摘している。内容は、在日朝鮮人に対するいわれなき憎悪である。作家や国会議員がその先頭に立って旗を振るのだから、哀しい国だ。
この記事の中には、次のような記述もある。
(略)大量の懲戒請求に対応するには多大な時間と労力がかかり、精神的な苦痛も被っている。一方で佐々木・北両弁護士らは懲戒請求者への和解も呼びかけ、謝罪の上「弁護士1人当たり5万円の損害賠償額」を支払えば提訴対象から外すという。
「ブログによる洗脳状態で(懲戒請求を)やってしまったという人もいます。ネット右翼というと若い人のイメージがありますが、これまで和解に応じてきた人たちはいずれも高齢の人でした」(略)
差別的な言辞を吐き、ヘイトブログに踊らされたのは高齢者が多かったというのだ。高齢者の間で、いったい何が起きているのだろうか?
ネット右翼になりやすいタイプ
ぼくの友人で、この“高齢者ネット右翼”の問題を追いかけているジャーナリストがいる。彼の分析によれば、高齢者でネット右翼になってしまう人には、以下のようなタイプの人が多いという。
① 最近、仕事をリタイアし、退職後に何もすることのない人
② 会社の中で、やや窓際的な部署へ異動させられた人
③ あまり仕事を評価されず、不満をため込んでいる人
④ これまで仕事以外にほとんど社会的興味を持たなかった人
⑤ 退職後、地域での交流がなく、孤立感を持っている人
⑥ 会社内でそれなりの地位にあり、部下を見下してきた人
以上のようなタイプで、SNSなどをやり始めたような人が、一気にネット右翼化する危険性があるという。
趣味を持たず、家庭内でも地域でも孤立感を深めている中高年。仕事以外にあまり物事を考えたこともなく、社会的関心も比較的薄かった人が、暇つぶしにパソコンをいじり始め、初めて「社会」に触れたと感じる。
そこでよく目にするのが、やたらと元気のいいネット右翼の言説である。ネット右翼はこれまで一般社会ではタブーとされてきたはずの汚い言葉(汚語、侮蔑語、差別語など)をネット上で連発している。会社では間違っても口にできなかったような言葉、[バカ、アホ、クソ]などが氾濫しているのが、ネット右翼界隈のツイッターなどでは日常茶飯事だ。
会社の中でため込んでいた不平不満が、ここで一気に解放される。
社内では、上司や同僚に対し、バカだのクソだのと面と向かって発言することなどできるはずもなかった。もしアイツに「このクソバカ」と言えたなら、どんなに気持ちがスッとしただろうか、などと想像するだけで嬉しくなる。
そんな言葉を、ネット上では見知らぬ相手に対して平気で投げつけることができるということを、この世界に初めて触れた世間知らずの中高年が知る。こんな爽快感は、不満だらけの会社人生では味わったことがなかった。そこで、これがはけ口になる。
だから、あまり相手の考えなどは問わない。
確実なデータに基づいて言うわけではないが、比較すればネット右翼のほうが、彼らが「パヨク」とか「お花畑」とか蔑称する人たちよりも、圧倒的に汚語を連発する回数が多いと思われる。
それに恐る恐る触れた①~⑤のような人たちが、「これはやってもかまわないんだ」と思い込んだとしても無理はない。大人しく会社人生を送ってきたような高齢者たちが、一気に暴発してしまう。
考えてみれば切ない話だ。
会社というシステムの中で抑えつけられていた鬱憤の向かう相手が、実は、自らを抑えつけてきた権力(かつては会社だった)へではなく、自分よりももっと弱い立場の人たちへ向かっているのである。
だが、もっと質の悪いのが⑥のパターンの人たちだ。部下を抑えつけ、人の言うことを聞かず唯我独尊、エラそうに過ごしてきたような、ある程度の地位にあった人。自分が威張っていられるのが、会社内の地位のせいであり、決して個人の偉さとは関係なかったのだ、ということに気づかなかった人である。
こういう人が会社から離れて、仕事以外に何もすることがないと気づいたとき、その怒りは会社時代と同じで、立場の弱い者(会社の場合は部下)へ向かう。他人のことを、ムシケラだのゴキブリだのと平気で言える傲慢さを捨てきれない。そういう人は、会社時代もイヤな上司だったに違いない。
こういうタイプには、いま問題になっているセクハラやパワハラの常連だったような人が多い。たしかに、麻生太郎氏などの言動を見ていると、この分析には納得がいく。
ヘイトスピーチは、なぜなくならないのか
それにしても、なぜヘイトスピーチはなくならないのか。
これについては、東京新聞(5月27日付)の佐藤圭記者の記事が詳しい。タイトルのみを引用しておこう。
ヘイト抑止 理念法の限界
罰則なし デモ・ネット野放し状態
対策法施行2年
表現の自由巡り 自治体も対応苦慮
2016年5月に、ヘイトスピーチ対策法は施行されたものの、これは理念を掲げたものであり、もし法に違反しても罰則規定がない。したがって、施行直後にはヘイトデモ側も警戒していたが、法の限界が明らかになるにつれ、ヘイトデモの数も依然と同じ水準になってしまっているという。
また、ヘイトデモやスピーチを抑制すべき地方自治体も、表現の自由との兼ね合いから動きが鈍いのだという。それについて、記事の中で、ヘイトスピーチ問題に詳しい師岡康子弁護士の意見を紹介している。
(略)師岡弁護士は「包括的な人種差別禁止法の制定が急務だが、国会の動きは鈍い」と指摘。その上で「自治体が禁止条項や制裁を盛り込んだ条例を制定し、実効性を高める必要がある。法施行二年を機に、差別解消に向けた機運が高まってほしい」と話す。
ネット右翼とヘイトスピーチやヘイトデモの親和性は明らかなのだし、それを抑止するのは、国際社会に生きる日本としては当然の責務だろうと思う。
やさしい社会で生きたいじゃないか。