2021年11月30日
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一枝通信

東日本大震災と福島第一原発事故の後、たびたび福島に通い、地元の人たちの声に耳を傾け続けてきた作家の渡辺一枝さん。そこで見聞きしたこと、感じたこと、そしてご自身の日常の中で考えたことなどを綴っていただきます。

第20回:ふくしまからの日記──浪江町・飯舘村「一枝さん、ダメダァ。オレ入院。ごめん、今日は会えない」(渡辺一枝)

10月21日、浪江町の津島から、飯舘村へ行きました。飯舘村の長谷川健一さんにお会いする予定でした。けれども、叶わぬこととなってしまいました。悲しいご報告ですが、お読みいただけたら幸いです。今回の福島行は、10月22日に仙台高裁で「子…

第19回:ふくしまからの日記──南相馬「被曝地と呼ばれるまちにわれら住む未来の扉開かんとして」(渡辺一枝)

書くのが大変遅れてしまいましたが、8月に福島に行ったときの日記、後編です。ですが、本文に入る前に悲しいお知らせをしなければなりません。10月22日、前回の日記にも登場している、飯舘村の長谷川健一さんが逝去されました。享年68歳。謹んで…

第18回:ふくしまからの日記──飯舘村・南相馬・浪江町「国が悪いの、企業が悪いのって言ったって、私らもそれをちゃんと監視できねかったし」(渡辺一枝)

つい先日まで「暑い、暑い」と言っていたのに、もうすっかり秋になっていました。彼岸花ももう末枯れて、金木犀の花も既に散りました。花たちの季節の巡りは、確かに早くなっています。かつては、彼岸花は名前の通りに秋彼岸の頃に咲きました。金…

第17回:私の毎朝散歩(渡辺一枝)

新型コロナウイルスは、私たちの暮らしに様々な影響を及ぼしています。流行を歓迎はしませんが、これによって生活を見直すきっかけにもなりました。私の場合は、体調管理を一層心掛ける様になり、早朝のウォーキングを始めました。もともと私は歩…

第16回:被災地ツアー報告④子どもたちに「放射能」を語る言葉を持ちたい(渡辺一枝)

朝、双葉屋旅館を出たときに一旦別れた高村美春さんとまた合流するために、ここで待ち合わせ。まずは富岡町役場に行った。驚くような看板が目に飛び込んできた。建物外の柱に立てかけた立て看板。「税金は 希望をつなぐ 未来への光 富岡高等学…

第15回:被災地ツアー報告③「原発の構内には、特攻隊の記念碑があるんですよ」(渡辺一枝)

ツアー2日目(7月23日)。朝食後に双葉屋旅館前で記念撮影後、出発。駅前通りを行き、戦時中は戦闘機の風防ガラスの材料として使われもした珪砂を生産した「小高銀砂工場」の跡地を左に見て、その先右手にある作家・柳美里さんのブックカフェ「フ…

第14回:被災地ツアー報告②「語らなければ伝わらないと思って、語り部活動を始めた」(渡辺一枝)

更地になった今野さんの自宅跡を見て、浪江町役場前の仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」でトイレを使う。避難指示解除になった時、ここに仮設商店街ができたことが、どんなにありがたかったことか。昼食もここでとることが出来たし、トイレも…

第13回:被災地ツアー報告①「綺麗な花を見て、みんなが『ああ、綺麗だなぁ』って、いい気持ちになってくれたら」(渡辺一枝)

7月22日〜24日の2泊3日で、友人たちに声をかけての「被災地ツアー」を催行しました。今回の通信はその時の報告です。現地の状況や施設の様子など、以前に私が個人的に行ったときの報告と重なる部分もありますが、ツアーの報告としてお読みいただ…

第12回:私の8月15日(渡辺一枝)

今日は旧盆のさなかの8月15日。18歳になる初孫の誕生日でもある。私は、母が遺した仏壇の引き出しを開けて、収められた小さなスケッチブックを取り出す。これは父の遺品だ。私は父を知らない。このスケッチブックだけが、父に繋がる縁だ。私は19…

第11回:またも不当判決──「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」(渡辺一枝)

福島第一原発事故後、国策として原発を推進してきた国と津波対策を怠ってきた東京電力を相手取って、30件以上もの裁判が提訴されてきました。福島県南相馬市の住民808人が国を訴えた「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」もその一つ。...