2022年5月25日
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一枝通信

東日本大震災と福島第一原発事故の後、たびたび福島に通い、地元の人たちの声に耳を傾け続けてきた作家の渡辺一枝さん。そこで見聞きしたこと、感じたこと、そしてご自身の日常の中で考えたことなどを綴っていただきます。

第28回:ふくしまからの日記──飯舘村「私の人生の中で持ってる宝物を、みんなにお裾分けしながら共に生きようと思ってる」(渡辺一枝)

今年1月下旬の福島行の報告が、こんなに遅くなりました。飯舘村の菅野榮子さんを訪ねた日のことを書きました。今回もまた少々長い文章ですが、「榮子節」をお届けします。昨年11月の訪問時、玄関に姿を見せた榮子さんに「お元気そうで良かった」…

第27回:安保法制違憲控訴審(2)原告意見陳述「安保法制制定から6年、この法制がはらんでいた危険は次々と顕になっている」(渡辺一枝)

前回に続き、安保法制違憲控訴審、結審を迎えた2月4日の法廷での発言内容をご紹介します。原告の堀尾さんの意見陳述に、青春時代が戦時中だった世代の方たちの苦悩に思いを馳せました。敬愛する大先輩の澤地久枝さんをも思いました。代理人弁護…

第26回:安保法制違憲控訴審(1)私の意見陳述「戦争のない平和な世界を願うのは、国家を超えて人としての願いなのだと、はっきりと言えます」(渡辺一枝)

安倍晋三氏が首相だった時、「戦後レジームからの脱却」を唱えていた彼が目論むところは、憲法を変えて日本を戦争のできる国にすることだと思えてなりませんでした。戦前の治安維持法を思わせる「秘密保護法」を強行採決し、続けて「安保法制法案…

第25回:トークの会「福島の声を聞こう!」vol.38報告(後編)「原発が制御可能と思っているのは人間の驕りだ」(渡辺一枝)

飯舘村では放射線量を測るために、村内の至るところにモニタリングポストが設置されている。当時の文科省がつけたものが33基、県・村が設置したものを合わせて百数十基が、村内に在る。モニタリングポストは原発や核施設から漏出する放射能を捉え…

第24回:トークの会「福島の声を聞こう!」vol.38報告(前編)「住民の49%が戻らない、21%が戻れない」(渡辺一枝)

大変遅くなりましたが、昨年暮れ(2021年12月5日)に神楽坂セッションハウスで催したトークの会「福島の声を聞こう!」vol.38の報告です。ゲストスピーカーは飯舘村の伊藤延由さんでした。伊藤さんは、「これからお話しする焦点は、復興五輪が…

第23回:私の中で育ち続けた「戦争反対」のタネ(渡辺一枝)

私は1945年1月9日に満州ハルピンで生まれた。同年7月15日、父は現地召集を受けて出征した。8月9日にソ連軍が侵攻し15日、日本の敗戦で戦争は終わった。翌年9月、私は母に連れられて日本に引き揚げた。私には満州の記憶も引き揚げの記憶も全く…

第22回:ふくしまからの日記──須賀川・南相馬・宮城県・飯舘村「一人で暮らすってのは、大変だよ。寂しいよ」(渡辺一枝)

11月は発言を依頼されていた集会があったので、そこへの参加に併せて他の予定も組み、福島県から宮城県へと足を延ばしました。11月23日に須賀川市の教会で催された集会に出た後で、南相馬・小高のすぎた和人さんのスタジオ、「サードアイ」でチベ…

第21回:トークの会「福島の声を聞こう!」vol.37報告「懐かしい風景は、みんな消えてしまった」(渡辺一枝)

私は2011年8月から福島に通い始めましたが、見聞したことを私の言葉で伝えるだけでは伝わりきれないものがあると感じました。そこで2012年3月から、現地の当事者が自身の声と言葉で直接語る「トークの会 福島の声を聞こう!」を催しています…

第20回:ふくしまからの日記──浪江町・飯舘村「一枝さん、ダメダァ。オレ入院。ごめん、今日は会えない」(渡辺一枝)

10月21日、浪江町の津島から、飯舘村へ行きました。飯舘村の長谷川健一さんにお会いする予定でした。けれども、叶わぬこととなってしまいました。悲しいご報告ですが、お読みいただけたら幸いです。今回の福島行は、10月22日に仙台高裁で「子…

第19回:ふくしまからの日記──南相馬「被曝地と呼ばれるまちにわれら住む未来の扉開かんとして」(渡辺一枝)

書くのが大変遅れてしまいましたが、8月に福島に行ったときの日記、後編です。ですが、本文に入る前に悲しいお知らせをしなければなりません。10月22日、前回の日記にも登場している、飯舘村の長谷川健一さんが逝去されました。享年68歳。謹んで…