第19回:魔法の言葉は「北」と「カネ」か(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 年が明けて2週間ほど。なんとなく正月気分も抜けて、世の中もぼく自身の周りも日常を取り戻している。普通の生活…。
 新聞もTVも、同じパターン。あまりいいこともない。それが日常。ぼくの新聞の切り抜きや各社のネット配信記事のファイルも同じこと。それらの中から、2018年の始まりを見てみようと思う。

ローマ法王の写真メッセージ

 おやっ、と目をひいたのがローマ法王のメッセージだった。これは昨年末のことなのだが、今年になって各社がそれを報じていた。例えば、朝日新聞(1月3日付)にこうある。

 カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)が昨年末、教会関係者に向け、1945年に原爆投下を受けた後の長崎で撮影された写真入りのカードを配布した。フランシスコ法王が配布するよう命じたもので、教会関係者によると、法王が年末にカードを配布するのは異例。「核なき世界」を訴えてきた法王が出した強いメッセージと受け止められている。
 カードには、米国の従軍カメラマン故ジョー・オダネル氏が45年に撮影した「焼き場に立つ少年」が印刷されている。法王はこの写真に「戦争の結果」とするメッセージと自身のサインを添えた。法王はカードに「亡くなった弟を背負い、火葬の順番を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめている血のにじんだ唇に表れている」と、スペイン語の説明も書き加えた。

 この写真、かつてぼくも見たことがあるが、新聞にも掲載されていたから多くの人が目にしたことだろう。丸刈り半ズボンの少年が、両手をピンとそろえて立っている。その背には、ダラリと首を垂れて死んでいる弟が背負われている。悲しみの極限のような写真。ほんとうに、法王が言うように、これが「戦争の結果」、それも「核戦争」の無惨な結末なのだ。
 法王がこれほど踏み込んだ発言をしているのに、トランプ大統領も金委員長も我が安倍首相も、聞く耳を持たないらしい。耳なし芳一かっ!

戦争の瀬戸際という恐怖

 ぼくは、ツイッターで何度か「核抑止論」の破綻について書いた。
 北朝鮮の核開発の進行と、それに伴うアメリカの反応。かなり際どいやりとりを、トランプ大統領と金正恩委員長という超個性的なふたりが繰り広げたのだから、戦争の瀬戸際か、と世界中が息をひそめるような年末だった。悪口雑言をぶつけ合うふたりが「オレの机の上には核ボタンがある」「オレのボタンのほうが強くてデカイ」などと、子どもだってやらないような幼稚なケンカを始めたのだから、恐ろしいことこの上ない。
 そしてアメリカは、オバマ大統領時代の「核なき世界を目指す」(それ自体は空文句に終ったが)との政策をかなぐり捨て、ついには地域戦争(紛争)にも使えるような核の小型化にシフトしようとしている。これのどこが「核抑止」になるのか。むしろ「核拡散」ではないか。ぼくは、ツイッターにそう書いたのだ。
 すると、それがネット右翼諸兄諸姉の逆鱗に触れたのか、そうとうたくさんの「反論」(?)が飛んできた。この期に及んでまだ「核抑止論」にしがみつく人たちがこんなにいるのかと、やや慄然とした。もはや「核信仰」としか言いようがない。「核なき世界」をアピールするローマ法王の爪の垢でも煎じ飲ませたい。

悪夢……

 「核抑止力論」の破綻は、もうどうやっても言い繕うことはできないだろう。だが、「アメリカの核の傘」の下にある安倍官邸は、いつまでもこの破綻した論理から抜け出せない。
 そして、もはやほとんど死の商人(武器商人)と化したトランプ大統領の言いなりになって、どしどし防衛装備品(兵器のことだ!)を買い漁る(買わされるってことだ!)。
 北朝鮮の脅威に対抗するとして「イージス・アショア」2基導入に約2500億円。それに搭載するとされるミサイル「SM3ブロック2A」の取得費に約440億円。際限なしの大盤振る舞い。超音速ミサイル「ASM3」の国産開発も完了し、間もなく量産を始めるという。
 ところが、イージス・アショアの配備はロシアをいたく刺激し、対ロ外交にひびが入りかけ、安倍首相が自ら友人と吹聴するプーチン大統領との仲も怪しくなっている。アメリカしか見ていない安倍外交のほころびが、ここでも露呈しているのだ。
 さらには「ヘリコプター搭載型護衛艦」という説明をしていた「いずも」を、とうとう「航空母艦」に改修するという案まで出てきた。どんどん「専守防衛」から離れていく。「北への抑止力」という「魔法の言葉」を使えば何でも許されると思っているのか。
 これらが「自衛隊の国軍化」に突っ走る安倍首相の初夢なのだろうか。国民にとってはまさに「悪夢」だが、来年度予算はとくに軍事費が目立つのだ。

安倍外交の行き着く先は…

 安倍首相の外遊好きは、ほとんど度が過ぎている。日本にいれば、モリカケ疑惑などで追及される。外国ならば、うるさい野党もいないし、ついてくるのはお付きの記者ばかり。というわけで、またしてもバルト3国へ外遊に出かけた。しかし、ここでもお笑い芸人ならネタにしてしまいそうな失笑物の外交を展開した。
 エストニアでは「北朝鮮に対する最大限の圧力で、両首脳は一致した」「北朝鮮のミサイルはエストニアまで射程に入る」などと得意顔。しかし、エストニアが、いったいどんな北朝鮮の脅威を感じているのだろう。さらに、北のミサイルの射程圏内、などという話に、エストニア側はどんな反応をすればいいのか戸惑ったに違いない。
 言いたくないけれど「おバカ外交」という言葉しか思い浮かばない。安倍外交の手段は、もう「北」と「カネ」しかないのだろう。
 その上、あのアッキーさんまでご同行。そしてアッキーさん、ラトビアでは「昭恵文庫」というものを作り、そこへ本を寄贈。それがなんと晋三氏の『美しい国へ』とご自分の『安倍昭恵の日本のおいしいものを届けたい!』というのだから、もう何をかいわんや、である。
 この夫婦、あんまり外には出したくないなあ…。

 首をかしげたくなるような出来事は続く。
 昨年のノーベル平和賞を受賞したNGO団体「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のベアトリス・フィン事務局長が来日。「ぜひ安倍首相にお会いしたい」と二度にわたって日本政府に要望していたのだが、「日程が調整できない」との理由で断られている。
 芸能人との会食には何度でも時間を割くし、ミス○○が官邸訪問すれば満面の笑みで写真撮影に応じる安倍首相。だが、ICAN事務局長に会う時間はないという。どう考えても、逃げ回っているとしか思えない。日本がアメリカの顔を見て核兵器禁止条約に不参加なのが、面会拒絶の理由だということは誰にだって分かることだ。なんとも○○の穴の小さな男だ!
 さらに、2月の平昌オリンピックには出席しない意向と伝えられる。むろん、またこじれ始めた慰安婦問題の影響もあるだろう。しかしそうなれば、2020年の東京オリンピックに韓国首脳が出席しない、という事態も考えられる。せっかくの平和の祭典を、自らの狭量で台無しにする態度。
 好き嫌いだけで外交ができるのだろうか?

安倍退陣へのカウントダウン

 トランプ大統領、アメリカ国内ではもはや「精神病理学的問題」と言われている。「小さなロケットマン」などと、あれだけ金委員長を揶揄罵倒しておきながら「彼とは良好な関係を築ける」と豹変。安倍首相の「北への圧力」は、トランプ氏の変節と南北会談の進捗で、すっかり置いてけぼりを食っている。どうしてそれに気づけないのか?
 トランプ大統領一辺倒の安倍外交は、必ず失敗する。
 「shithole」発言で、アフリカ諸国54ヵ国はトランプ氏へ強硬な抗議声明を出したし、国連難民高等弁務官事務所も「申し訳ないが、トランプ氏はレイシストであると断言せざるを得ない」と異例の批判声明を出した。
 ところが相変わらずのトランプ氏「厳しい表現はしたが、その言葉は使っていない」とツイッターで反論。ならば、どんな言葉を使ったのかを明らかにすればいいのだが、それはしていない。
 トランプ大統領との一体化が売り物の安倍首相も、それを続ければアフリカ諸国やカリブ諸国から批判されかねないし、国連でも浮き上がってしまうだろう。アメリカに対しても、言うべきことはきちんと言わなければ、日本外交は沈没する。沖縄での米軍事故事件に対しても同じことだ。
 言葉の使い方のいい加減さでは、トランプ氏と安倍氏はかなりよく似ている。どんな失言や暴言をしても決して謝罪しないところまでそっくりだ。

 今年は自民党総裁選がある。そろそろ潮時じゃないかな。安倍退陣へのカウントダウン。

ようやく体調も回復。そこで久しぶりに少し遠くまでドライブ。檜原村の払沢の滝へ。地元の人によると、6割ほどの凍結とか。なかなかの絶景

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。