第23回:「東京オリンピック」への疑問(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

ぼくはテレビ大好きだけど……

 ぼくはテレビを見る時間がけっこう長いほうだろう。だけど、見る番組は限られている。ニュース番組(最近はNHKではなく、TBS系のケーブルTV「ニュースバード」が多い)とスポーツ中継、それに映画だ。映画は「スターチャンネル」で面白そうなのを選び、録画しておいて、ほぼ毎日、夜中に1本見てから眠る。
 根っからのラグビーファンだから、ラグビーシーズンが終わってさびしかったけれど、また南半球の「スーパーラグビー」が始まった。これは徹底的に録画しておく。映画を観るか、ラグビーを楽しむか、いつも迷ってしまう。

 スポーツはラグビーに限らず、みんな好きだ。野球でもサッカーでも何でも見る。オリンピックも、競技はよく見ている。でも、試合が終わった後での「ニュース」にはウンザリする。涙と感動の大安売り。それをあんまり押しつけられると、なんだかせっかくの試合の面白さが壊されていく。ニュース番組であんなに長々と「スポーツの結果」を報じる必要があるのだろうか?
 そして、国別のメダル数での一喜一憂。オリンピックは本来、国別の対抗戦じゃなくて、個人の尊厳をかけた祭典なのだ、というオリンピック精神なんかどこかへ吹っ飛んでしまっている。まるで愛国心高揚の国家競争、どうもねえ…。
 しかもそこへ政治家が絡んでくると、さらにややこしくなる。
 今回も、羽生結弦さんや宇野昌磨さん、それに小平奈緒さんたちの素晴らしい活躍は、ぼくもとても嬉しかった。だけど、安倍首相が出てきて電話をかけたりすると、とてもしらけてしまうのだ。
 まあ、一国の首相だし、日本選手の活躍に「おめでとう」を言いたいのも分からないわけじゃないけれど、これまで安倍首相の芸能人やスポーツ選手の利用の仕方を見てきたのだから、素直に受け取れない。だって、ゴルフの松山英樹選手までトランプ大統領へのゴルフ接待に利用した人だもの。

オリンピック狂騒曲の陰で

 正直に言えば、オリンピックは早く終わってほしいと思っている。オリンピック狂騒曲の大騒ぎのおかげで、大事なことがたくさん隠されてしまっているのではないか。
 国会では重要なことが審議されているのに、ほとんど耳に届いてこない。
 例えば、今国会の安倍内閣の目玉法案の「働き方改革関連法案」での質疑。その重要な項目である「裁量労働制」。これは、労働時間の規制を緩めようというもので、労働者が自分の裁量で働く時間を決め、その時間内に求められた量の仕事をこなすというもの。はっきり言えば「残業代ゼロ」法案、もっと厳しく言えば「過労死促進法案」だ。仕事が終わらなければ、労働時間は増やさざるを得ない。仕事の早い人にとっては有利かもしれないが、一般的には長時間労働を強いられることになるとみられる。企業側にとっては残業代なし、こんなおいしい制度はない。
 安倍首相は質疑の中で「裁量労働のほうが一般的な労働者より、労働時間が短くなるというデータもある」と答弁。ところがこの論拠となったデータがめちゃくちゃ。なんと1日の残業時間が15時間、というデータまで出てきてしまった。つまり、8時間労働に15時間の残業を加えると23時間も働いている、というデータだ。1日24時間のうち、寝る時間は1時間かよ! そんなデタラメなことを、よく調べもしないで予算委員会で答弁。さすがにこれは、答弁の撤回・謝罪に追い込まれた。
 間違ったデータに基づいた法案なら撤回すべきだろうが「謝ったから済んだこと」という態度で、法案はそのまま国会へ提出という。呆れ果てる。

暴言と本音と

 暴言を吐いて訂正や撤回をするというのは、もはや自民党の「お家芸」「伝統芸」になった感もあるが、かつての「ナチスに学べ」発言でも分かるように麻生太郎財務相も暴言では誰にもひけを取らない。
 次々に森友学園疑惑関係の証拠の文書が出てきて、佐川宣寿国税庁長官(前財務省理財局長)のウソ答弁はもう誰の目にも明らかだが、麻生氏は佐川長官をかばい続ける。折しも確定申告が始まった16日、とうとう「佐川辞めろデモ」が国税庁や財務省、各地の税務署前でも繰り広げられた。ところが麻生大臣、予算委での立憲民主党山崎誠議員の質問に、そのデモが「御党の指導で、街宣車が財務省前にきてやっておられた事実は知っている」とまるで立憲民主党の主導だったような発言。
 このデモの主催者が、立憲民主党ではなく市民団体だったことは、かなり前からSNSなどで告知されていたのだから、麻生氏の発言はまったくのフェイク。当然、山崎議員は抗議したが、麻生氏は「御党の議員の方々も参加していた」と開き直った。続いて質問に立った立憲の川内博史議員に再度抗議され、渋々ながら「自分たちで主導していないというのであれば、それは訂正させていただく」と、例によって口をひん曲げ、木で鼻をくくったような答弁。こんなものが「訂正」と言えるだろうか。
 麻生氏の本音は、多分こうだ。「訂正しろってんなら訂正してやるよ。オレはちっとも間違ってるとは思っちゃいねえけどな。うるせえヤツラだ」
 国会が劣化しているのは、こんな人たちが首相であり財務相であるという、悲しい現実から来ているのだ。

安倍首相の危ない手口

 東京新聞2月15日付に、こんな記事があった。

 安倍晋三首相が十四日の衆院予算委員会で、防衛戦略の基本方針「専守防衛」について、堅持するとしつつ、戦略として不利だとの懸念を表明した。「防衛戦略として考えれば大変厳しい。相手の第一撃を甘受し、国土が戦場になりかねないものだ。先に攻撃した方が圧倒的に有利だ」と述べた。
 長射程の巡航ミサイル導入に理解を求める文脈で、自民党の江渡聡徳元防衛相の質問に答えた。野党から巡航ミサイルは敵基地攻撃能力につながり、専守防衛を逸脱すると批判が出ている。(略)

 安倍晋三氏、ついに鎧の上に被っていた衣を脱ぎ捨てたか。自衛隊違憲論は措いておくとしても、少なくとも「専守防衛」は最低限の歯止めとして、自民党内でもこれまではそこから逸脱するような発言を控えてきたはずだ。しかし、安倍晋三氏は、専守防衛は堅持するとしつつも「防衛戦略上は」という前提付きながら、「先制攻撃論」へと踏み込んだ発言をしたのだ。
 これはいつもの安倍首相の手口だ。「いまやるつもりはないが…」との前置きをつけながら、実際は自分のやりたいことを小出しにする。その上で、反発の強さや批判の多さ、世論の動向などを見定めながら、やれそうだと判断したら現実に持ち出してくる。解釈改憲、安保法制、共謀罪、秘密保護法…などの成立過程で見せた手法だ。
 そのやり口を考えれば、安倍首相は「先制攻撃論」をやがて現実に法案として持ち出し「専守防衛」をなし崩しに破壊していこうとするだろう。
 ツイッターではすでに「論理としては間違っていない」「戦略上は常識だろう」「北朝鮮が核開発をやめない以上、先制攻撃、敵基地攻撃は考えておくべき」などと、この安倍発言につられた人たちが勇ましい発言をし始めている。こういう人に限って「戦争はすべきではないが…」などと前振りをする。つまり、「専守防衛は堅持するが…」とエクスキューズする安倍リクツとそっくりなのだ。
 なんだか「気分はもう戦争」である。

ぼくは東京オリンピックに反対です

 東京オリンピックがあと2年後だ。
 安倍首相は、オリンピック開催年を「新しい憲法の施行される年にしたい」などと、平然と言うようになった。おいおい、オリンピックと改憲にどんな関係があるんだよ!
 だが利用できるものは何でも利用する安倍首相にとって、オリンピックは格好の政治材料なのだ。
 去年、共謀罪を強引に押し通したときに「この法案が成立しなければ、オリンピックが開催できない」と言ったのは安倍本人だった。安倍脳内では、共謀罪とオリンピックが結びついていた。となれば、今度はオリンピックと改憲が結びついても不思議はない。
 東京でオリンピック開催ということになれば、テレビも新聞も週刊誌もネット情報も、オリンピック一色。今回の平昌オリンピックどころじゃない大騒ぎが始まるだろう。その期間は東京から逃げ出そうかと、ぼくは真剣に考えている。
 「冷静かつ真摯に改憲の議論を」などと安倍首相は言うが、そんなものはオリンピック報道の10分の1、いや100分の1になっちまうだろう。「ニッポンガンバレ!」「ニッポン!チャチャチャ!」「日の丸バンザイ!!」の大洪水。強いニッポンが演出され「強いニッポンにふさわしい改憲を」が大合唱されるだろう。
 金メダルが生まれれば、得意の安倍電話。アスリートたちは自分たちが気づかぬ間に利用されることになる。
 ぼくは、そんな無残なオリンピックを見たくない。
 ぼくは、東京オリンピックには反対だ。

 膨大なカネがオリンピックに費やされる。そのカネがあったら、ほかにできること、しなければならないことはたくさんある………と言う気力も失せかけているけれど、それでも言わなきゃならない。
 オリンピックのカネは、福祉や子育てや災害対策に回せ!

近所の公園のネコヤナギが、もうすぐ春だよ、と……

福寿草も、春を告げて……

真っ白なサギが、餌をついばんで……

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。