第62回:限りなき欲と限りあるカラダの間で(想田和弘)

 最新作『港町』(2018年、観察映画第7弾)と『ザ・ビッグハウス』(2018年、観察映画第8弾)を、2月15日から開かれたベルリン国際映画祭とベルリン批評家週間でそれぞれワールドプレミア上映した。

 2本の長編映画を同時に公開するのは、初めての経験である。

 『港町』は、瀬戸内海の町で撮ったモノクロの作品だ。過疎化が進み空き家が目立つ港町を訪れ、そこで静かに暮らすおじいさんやおばあさんを撮らせていただいた。ドキュメンタリーなのに、異次元の世界にトリップしたかのような錯覚を覚える映画だ。

 一方の『ザ・ビッグハウス』で描いたのは、『港町』の真逆に近い世界だ。10万人を収容できるアメリカ最大のアメフト場、ミシガン・スタジアムを撮った。人種や階級、ナショナリズムなどの問題が顕在化するトランプ時代の「アメリカ」を、レンズを通してじっくりと見つめた。

 ベルリンでは舞台挨拶やディスカッション、メディアの取材対応などに追われて、結局、自作以外の映画は2本しか観ることができなかった。2月22日に駆け足でニューヨークへいったん帰り、その数日後にまた飛行機に乗って、3月1日に日本へ着いた。いまはベルリンとニューヨークと日本の時間がごちゃまぜになって、変な時差ボケ状態に陥っている。

 『港町』は4月7日から、『ザ・ビッグハウス』は6月から日本で劇場公開される。そのため今週と来週は日本のメディアの取材を集中的に受ける予定だ。のみならず、再来週は岡山で新作の撮影を開始し、3月25日からは『港町』の上映でパリのシネマ・デュ・レエル映画祭へ、3月31日からは香港国際映画祭へ参加する。そして4月3日には東京へ戻って、また『港町』のキャンペーンだ。そのかたわらで、『ザ・ビッグハウス』を作る過程を記述した本『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』(岩波書店から5月末刊行予定)のゲラ校正も進める。

 そんなスケジュールをこなすことができるのだろうかと、いまから戦々恐々としている。

 いや、僕はここで「忙しい自慢」をしたいのではない。

 むしろ逆である。

 僕のココロには、「あれもやりたい、これもやりたい」という無限ともいえる欲望がある。だから次々に「あれもやっちゃえ、これもやっちゃえ」と計画を立ててしまう。

 しかしそれで悲鳴をあげるのはカラダである。カラダは物理的存在なので、やれることは有限だ。僕のココロが要求するままに動いてしまったら、壊れてしまう。だからその前に風邪をひいたりギックリ腰になったりして、無理やり休もうとする。しかしココロは強欲なので、薬を使ったりしてカラダに無理やり働かせようとする。それが高じると、カラダは本格的な病気になる。

 いまのところ僕は、幸運なことに「風邪をひいたりギックリ腰になったり」くらいの程度までしか経験していない。その先にいかないよう、十分注意する必要があると思っている。カラダが悲鳴をあげ始めたら、ちゃんと耳を傾けてブレーキを踏みたいと思う。ココロの強欲に負けないようにしたいと思う。

 なんでこんなことを書くのかといえば、そう、自分に言い聞かせる必要があるからだ。同時に、日本の経済界と安倍政権が「裁量労働制」という名の残業代ゼロ法案を導入したがっているからである。

 僕の場合は自営業者なので、本当の意味で「裁量労働制」である。仕事を入れるのも入れないのも、僕が僕自身の責任において決めることだ。だから僕のカラダが闘う相手は、僕のココロの中にある強欲だけである。

 だが、会社に雇われて働く人たちはどうか?

 彼らのココロの中にも「あれもやりたい、これもやりたい」という欲はあるだろう。だけどその欲に抗うために休む「裁量」が、彼らに本当にあるのかどうか。自らの裁量で休もうとしても、会社の強欲がそれを許してくれるのかどうか。というより、許してくれないからこそ、この国には「過労死」などという、世界に稀にみる悲しい現象が頻発しているのではなかったか。

 そんなことを思いながら、久しぶりのわが祖国を眺めている。

想田和弘監督の最新作『港町』は、2018年4月7日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開!
公式サイト→http://minatomachi-film.com/

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。