第69回:安倍政権はなぜ沖縄の意思を平気で無視できてしまうのか(想田和弘)

 9月30日に投開票が行われた沖縄県知事選挙で、急逝した翁長雄志前知事の遺志を受け継ぐ玉城デニー氏が当選した。辺野古新基地建設を進めたい安倍政権が全面支援した佐喜真淳氏に、約8万票の差をつけての勝利である。

 また、琉球新報社らが選挙期間中に県内で行った世論調査では、辺野古新基地建設に伴う埋め立て承認を沖縄県が撤回したことについて、約7割が支持した。支持しないと答えたのは約2割だった。

 新基地建設に反対する沖縄の主権者の意思が、またもや明確に示されたと言えるだろう。安倍政権は沖縄の人々の意思を尊重し、基地建設を白紙撤回すべきである。それがデモクラシーのルールというものだ。

 しかしおそらく国は、新基地建設を諦めようとはしないだろう。そして海の埋め立て承認を撤回した県を裁判に訴えるなどして、工事を強行しようとするにちがいない。難航すれば沖縄振興策などを盾に取り、兵糧攻めという卑劣な手段を取ることも厭わないだろう。それがこれまでの安倍政権の行動パターンだからである。

 実際、選挙から一夜明けた1日、菅官房長官は「政府としては、早期に辺野古への移設と普天間飛行場の返還を実現したいという考え方に変わりはない」と述べ、選挙結果を受けた方針転換がないことを早々に明言した。また、埋め立て工事の再開に向けた法的措置については、「地元の防衛局で適切に対応する」と述べた。選挙結果を一顧だにしない、極めて問題のある傲慢な姿勢だが、これは安倍政権のいつもの対応なので、もはや誰も驚かない。

 ここで私たちが胸に手を当てて考えなければならないのは、安倍政権はどうして沖縄の意思を平気で無視できてしまうのか、ということである。

 「倫理観や民主的価値観が希薄だからだ」といえばそれまでだが、それだけが原因だとは考えられない。なぜなら、もし建設強行の結果、本土でも安倍内閣の支持率が下落し、選挙でも大敗し、政権から転落するような事態になることが予想されるならば、さすがの安倍政権も踏みとどまるはずだからである。あれほど権力に居座ることを自己目的化したような人たちが、政権を失うリスクをかけてまで基地を建てようとするとは思えない。

 逆に言うと、安倍政権が沖縄で傍若無人に振る舞えるのは、たとえそうしても本土での支持率はさほど下がらないし、選挙で負ける要因にはならないと、高をくくっているからであろう。実際、安倍政権はこれまでの5年以上もの間、辺野古新基地建設を暴力的に進めようとしてきたし、そのことは本土の人間にも知れ渡っているわけだが、それでも内閣支持率は暴落しないし、国政選挙でも負けない。要は本土の主権者は、安倍政権の行為を事実上黙認してきたのである。

 つまり沖縄をないがしろにしているのは、安倍政権だけではない。私たち本土の主権者は、好むと好まざるとにかかわらず、安倍政権の共犯者なのである。

 オバマ元米大統領は先日の演説で、「トランプは原因ではなく症状である」と喝破し、中間選挙で民主党候補に投票することをうながした。オバマは言外に、トランプという怪物を成り立たせているのは、他でもない、私たち主権者なのだということを訴えたのだと思う。

 安倍政権の行為を批判することは重要だが、同時に私たちは、こうした視点を決して忘れてはならないと思う。沖縄の植民地扱いをやめさせるためには、本土の主権者である私たちこそが、はっきりと意思表示をする必要があるのである。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。