第84回:勝ったのはうちなー(沖縄)の肝美らさ(真心の美しさ)~デニー知事誕生(三上智恵)

 それはいつまでも見ていたいカチャーシーだった。

 当選確実の報道が、歓声と拍手を呼び会場を揺るがした。三線をかき鳴らす音が聞こえるや否や、天を仰いでいた玉城デニー候補がおもむろに両手を挙げて前に進み出た。大きく体を反らし、拳をくねらせ、慣れた手つきで右へ、左へ。愛想笑いもなく、調子を合わせているのでもなく、自分の内面に押し込めた感情を見つめ、感激と感謝と大事な人への溢れる想いを徐々に開放していくような、空を見つめる琉舞の所作にも似た、玄人はだしの「舞い」だった。長年人気タレントとしてテレビ・イベント・舞台でも活躍し、沖縄の芸能にも造詣が深いデニーさんの個性が光る瞬間。そしてこの柔らかな物腰で、「辺野古基地建設反対」にもう一度県民の想いを結集させ、過去最多の39万という票を集めたその底力に、あらためて目を見張った場面だった。
 
 大型で非常に強い台風24号は投票前々日から投票日の朝まで沖縄で荒れ狂った。25万戸が停電するという近年なかった被害を出し、とても期日前投票どころではなかった。これはどちらにとって吉と出るか凶と出るか、様々な憶測が飛んだ。読めない選挙になってしまった。辺野古を抱える名護市もほとんど停電から復旧していなかったが、文子おばあの仲間たちは、ある名護市議の事務所に自家発電機を入れ、みんなでテレビを見守るということになり、信号も街灯も消えている道を文子おばあと共に事務所に向けて走った。

 投票箱が閉まると同時に様々な情報が飛び交う。沖縄県内の放送局はどこも当確を出していない段階から、「長野のテレビで当確を打った」だの、「北海道の友人からお祝いのメッセージが来た」だの、情報は錯綜した。なんせ停電でパソコンは不自由だし、またアンテナも倒れているせいか受信状況も悪く、開票の夜はえらく情報過疎だった。おばあはそれらの情報に一喜一憂しない。「ぬか喜びはしたくない」と口を一文字にして、テレビ画面を食い入るように見ていた。

 「相手候補の方は菅とか、小泉の息子さんとか、あれだけ政府丸抱えで札束で顔を叩いて。うちなーんちゅはこんなのに屈してはいけないんだよ。くれるものは、こっちが頼んでもないのにくれるというならもらえばいい。でもね、心まで渡すことはないの。そこが心配」

 文子おばあは車の中でずっと「沖縄県民の弱さ」を憂いていた。ここまで来て辺野古を容認するリーダーを選んでしまえば、政府の好きなようにされる。どんな島を子や孫に手渡していくのか。憤懣やる方ない様子だ。ふるまわれた牛汁にもおにぎりにも手は付けない。食欲はない。あるはずがない。

 文子おばあは4年前からキャンプ・シュワブのゲート前の座り込みに通い、建築資材を積んだトラックの前に立ちはだかって「私を轢いてから通って行け。それができるか?」と啖呵を切ってきた。体力の限り、連日座り込みに参加した。4年前に翁長知事が当選した時には「生きてきてよかった」と、初めて自分の人生を肯定する言葉を発した文子さんのことをずっと見つめてきた。あの日の歓喜と、翁長知事を先頭に政府の強硬姿勢に抵抗した日々と、ついに完成してしまった護岸と、知事の死去。激動の4年間を経て、きょう、この期に及んでまた彼女を打ちのめすような結果が出たら、そんなシーンは正視できない。撮影する自信もない。89歳、4年後の知事選など見えない、待てない。私の胸は何度もぎゅっと苦しくなる。

 一分一秒が長く、息が詰まる時間が過ぎていく。そして時計が午後9時半を回るころ、NHKが当確を出した。デニーさんのいる会場は全員が立ち上がり歓喜の声に埋め尽くされた。ほぼ同時に名護市の事務所も大騒ぎ。指笛とカチャーシー。たぶん、ここだけではなく、県内無数の現場で同時にカチャーシーが踊られていたことは疑いがない。しかも大差だ。8万票もの圧倒的な支持の差が歴然となったのだ。

 「うちなーんちゅは、肝心(ちむぐくる)は売らなかった」

 「勝ったのは、うちなーの肝美らさ(ちむじゅらさ)。負けたのは沖縄を見くびった政府」

 「うちなーんちゅ、うしぇーてぃないびらんどー」沖縄県民を舐めるな。見くびるな。子や孫のために命がけでこの島を守りましょう。今も聞こえる翁長知事の声が、沖縄県民の心をちゃんとつかんでいた。徐々に伸びる護岸がぐるりと海を囲み、閉じられた時にはもう、抵抗しても無理なのでは? と心が折れそうになった県民も多かっただろう。それでも、ここで折れたら翁長さんの踏ん張りはどうなる? 子供たちに胸が張れるか? そう自問した大人たちがたくさんいたのだ。これはすごいことだ。

 動画の中で久志に住む女性も言及しているが、今回すさまじかった企業や宗教団体の動員を目の当たりにして、これは勝ち目がないという声があちこちで上がっていた。しかし、この得票は、動員された人々の中に、かなりの数が「誘導されている候補者ではない人物」の名前を書いていることを示している。所属している社会のしがらみが手足を絡めとろうとも、心までは渡さなかった。この間の日本政府の手法に対し、明らかに拒否感を持った県民が増殖したということだ。「飴と鞭」で手なずけられると高をくくったようなその態度こそ県民の気持ちを遠ざけたのだ。

 大勝利だ。とはいえ、デニー知事の行く手は険しい。沖縄県は法に則って仲井真元知事の埋め立て承認を撤回したわけだが、政府は県を許さないだろう。また裁判で県の撤回を無効化する手段に出て、工事の再開を目論むだろう。それこそ三権分立をないがしろにして行政と司法が結託し、さらには立法機関までも歩調を合わせかねない危機的な状況が迫っている。でも、かつて恩納村の都市型訓練施設の建設を巡って村を挙げて戦った男性はこういった。

 「これから三権が一丸となって沖縄に暴力的に襲い掛かってくるでしょう。それは想定している。しかしそれには屈しない。今日のこの結果が、自信と勇気をくれた。沖縄の闘いは、県民一人ひとりが主人公なんです。今日勝ったのは玉城デニーさん。だけど私たち県民一人ひとりの勝利なんです」

 踏みつければ踏みつける程に強くなっていく民草。「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」といった瀬長亀次郎さんの言葉通り、沖縄を丸ごと屈服させることが可能であるかのような幻想を持っている政治家は、いつか必ず自分の見識の浅さを恥じる日が来るだろう。

 選挙後、Twitterで「沖縄を在日米軍と自衛隊で総攻撃です。日本中央政府は武力をもって沖縄地方を再占領」「この再占領計画で亡くなった人は玉城デニーとデニーを選んだ人間を恨んでください」などの書き込みがあり、「デニーの暗殺」などの暴力的なものもあったが、Twitter社への通報が殺到。ヘイトを投稿したアカウントは次々に削除されている。Twitter社もデマや暴力的発言の規制を強めており、今回の選挙戦で飛び交った悪質な発言の数々は、選挙後驚くほど速くネット上から消えていった。悪化の一途をたどるかに見えたインターネットの誹謗中傷の流れにも、一定の歯止めがかかった感がある。そのレベルに迎合して人気を得ようとしている節がある安倍政権の戦略にも翳りが見えてきたようだ。

 「自立と共生、そして多様性。それを県政運営の柱としたい」とデニーさんはいう。

 誰一人として置いてけぼりにしない政治。アメリカ人の父の顔も知らず、伊江島出身の母と、育ての母と、二人の母のもとで裕福ではないながらも人に感謝しながら生きることを身に付けたというデニーさんの人柄は、優しく、明るく、誰に対しても丁寧で細やかだ。そして弱い者に対する目線が人並外れて優しいのは、ラジオを聞いていた多くの人がよく知るところだ。沖縄のアイデンティティーの規定の仕方も、ユニーク。誰も排除しない、お互いを尊重して共に生きる沖縄の肝心(ちむぐくる)こそ沖縄のアイデンティティーだという。血筋や生まれた場所や宗教や立場や、そういうものに寄り掛からないのだとする枠組みは、私には新鮮だった。かつての沖縄のリーダーたちとはまた違った、大きな包容力を持った知事が誕生したことの意味は、実は大きいのかもしれない。

 ホッと胸をなでおろした文子おばあは言う。

 「うちなーんちゅは心をひとつにしたんだから、もう政府には踏みつけにされないだろうと私は思っている」

 選挙で民意を示したのだから、政府は無下にはしないだろう、なんて。今まで何度民意を示しては踏みにじられたか。それを報道してきた私は人一倍恨みを覚えておく仕事なので、とてもそんなセリフは言えない。この期に及んで政府の良識を信じるなんて。

 しかし、実はこれこそが民主主義の原点でもある。民を信じるということは、民が選んだリーダーも信じるということだ。沖縄の叫びを聞き取った国民の皆さんが、「よし、沖縄が声を合わせてそう言ってるんだから、別の政策を考える人を選ぼう」と思ってくれるだろう。そうなれば政府は変わらざるを得ないだろう。そう動いていく未来を信じるということだ。

 私はすぐ、政府を信じられないと言ってしまうが、おばあは、もう踏みつけにされないと期待している。誰に? その他大勢の、日本国民に対して、だ。今度こそ届くと信じているのだ。だから、私は伝える仕事でおばあの想いをお手伝いすることをやめられない。全国の人たちを信じて、毎日座り込んでいる人たちのことを伝えないといけない。伝わってないからこの悲劇が続くのだから、知ってもらうために頑張るしかない。

 そして、また強い味方が現れた。翁長さん亡き後、今度は10年も国会議員として政治家の手腕を磨いてきた玉城デニー知事が、政府に強力に沖縄の声を届けてくれるだろう。おじい、おばあたちの苦労も、ヘリや部品が落ちてくる空におびえる子どもたちの不安も、それを守れない大人たちの悔しさも。

 沖縄本島中部で育った「母子家庭でハーフ」の心優しい少年が、ロックを愛し、ラジオの顔になり、市場のおばちゃんたちのアイドルになって、沖縄の伝統芸能に親しみ、国会議員になっても「デニー!」と下の名前で呼ばれ、街頭演説でも街宣車の上に登らなかった。全国の知事の平均像からすればかなり毛色の変わった知事が誕生した。しかし、たぶん政府はまだその意味を過小評価しているだろう。翁長さんの後継者ならだれでも当選できたという選挙ではなかった。これだけ踏みつけられた人々だからこそ推す人間、沖縄からしか出てこない逸材。それが玉城デニーという知事なのだと思う。

三上智恵・大矢英代 共同監督
ドキュメント『沖縄スパイ戦史』
製作協力金カンパのお願い

今まで沖縄戦の報道に取り組んできた三上智恵・大矢英代の2人の女性監督が、封印されてきた沖縄戦の「裏」に迫り、戦後72年経って初めて語られ始めた事実を描き出すドキュメント『沖縄スパイ戦史』。2018年夏から全国で公開中です。本作製作費および次作以降の製作費確保のため、引き続き皆さまのお力を貸してください。
詳しくはこちらをご確認下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
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金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)