第465回:貧すれば、ゼロトレランス〜14年前の「自己責任」論から振り返る〜の巻(雨宮処凛)

 シリアから無事に帰国した安田純平さんが10月25日、記者会見をした。冒頭で「おわびと感謝」の気持ちを述べ、40ヶ月にわたる拘束の日々を振り返った。

 この会見を受けても様々な意見があるが、拘束中のことを知れば知るほど「よく耐えられたものだ」という気持ちが湧いてくるのは私だけではないはずだ。しかし、安田さんがシリアへ足を踏み入れたことへのバッシングは一部でいまだ続いているようだ。

 そんなものを見ていて思い出したのは、2004年、イラクで高遠菜穂子さんら3人が人質になった際に起きた恐ろしいほどの「自己責任」バッシングだ。イラクにボランティアなどとして入った3人がとらわれ、武装勢力が日本政府に自衛隊撤退を要求したという事件である。安田さんも同時期、1度目の拘束をされており激しいバッシングに晒された。私はあの瞬間が、この国の大きな分岐点ではないかと思っている。

 ちなみにあの時のバッシングは、私にとってはまったく他人事ではなかった。なぜなら、私もその前年、イラク戦争が始まる1ヶ月前にイラクに行っていたからである。

 イラク行き直前の出来事で、鮮明に覚えていることがある。それは「イラクに行く」と自らのサイトで宣言したあと。まったく知らない人からメールが届いたのだ(当時、読者からのメールを受け付けるアドレスを公開していた)。そこには、以下のようなことが書かれていた。

「戦争が起こるかもしれないからイラクに行くとか、いい身分だな。こっちは過労死しそうなサラリーマンで、イラク行くどころか休みも取れないし、そもそも戦争について考えたりする余裕なんてないし」

 その手のメールは、一通ではなかった。読んだ時は「そんなふうに見えるのか」とショックを受けたものの、すぐに思い直した。当時の私は物書きになって3年目。その3年前までフリーターだった。自分だってフリーターの頃、「戦争が始まるかもしれないからイラクに行く」なんて人を見かけたら、嫌味のひとつでも言いたくなかっただろうな、と思ったのだ。こっちはそんな金もないし、休みを取ればその分給料が減るアルバイト生活。たった数日の休みが「家賃滞納によりホームレス化」に直結するフリーターが、悠長に他の国の戦争や「世界平和」なんて考えられるか、お前ら金にも時間にも心にも余裕あるからそんなこと考えられるんだよ、というような思い。

 だからこそ、04年、高遠さんたちへのバッシングが起きた時、そんなに驚かなかった。すごく嫌なことが起きているとは思ったけれど、この国はそういう「気分」の中にあって、みんながイライラしていて何かがあればたちまち爆発しそうな、「空気が電流を含んでる」ような感覚は確実にあったから。そして当時の総理大臣・小泉純一郎という「空気を読む天才」は、みんなの苛立ちをいち早く掬いとり、「自己責任」と言い放った。当時のみんなの苛立ちの原因は政治にもあったかもしれないにもかかわらず、小泉首相は「みんなが苛立ちをぶつけていい場所」を鮮やかに提示した。さぁ、何か不満があるなら「正義ぶって偽善ぶった」こいつらを徹底的に叩きのめせばいい。総理大臣である私がそのお墨付きを与えよう、と。

 当時は、戦後最長の好景気と言われる時期が始まった頃だった。しかし庶民に実感は乏しく、格差が静かに広がり始めていた頃。そんな中、総理大臣公認の「生贄」として差し出された3人は、イラクにいる時よりもずっとひどい目に遭わされた。集団リンチが始まったのだ。いたぶり、いびり殺すような執拗なリンチは、しかし加害者の多くが「面白半分」だったからこそやっかいだった。加害の自覚などおそらくないのだ。あの時、3人が日本に帰国する空港で掲げられたプラカードの言葉を覚えている。

 「自業自得」「税金泥棒」と並んで「ぬるぽ」。

 笑いながら、ふざけながら「叩いてもいいとされている人」を叩く。「悪いとされている人」を叩くのは一番簡単で正義感も満たせる娯楽で、その上タダで、多くの人がその「祭り」に飛びつき、祭りをエスカレートさせていった。

 今のヘイトスピーチを彷彿とさせる醜悪な光景が、おそらく初めてこの国に出現したのはこの時ではないだろうか。

 あれから、14年。「自己責任」という言葉は、政治家が言うより早く、もはや一般の人々から上がるようになっている。

 私は「失われた」と言われるこの20年を一言で表現するなら、「金に余裕がなくなると心にも余裕がなくなるという身も蓋もない事実をみんなで証明し続けた20年」だと思っている。社会から寛容さは消え、ゼロトレランス(非寛容)が幅をきかせる中で「自己責任」という言葉はもはやこの国の国是のようになっている。

 貧困も自己責任。過労死や過労自殺も自己責任。病気になるのも自己責任。また、寛容さが失われるこの国で、凶悪犯罪は減り続けているにもかかわらず進む少年法の厳罰化。多くの人が「自分の苦しみの原因」がどこにあるのかわからないまま「敵」を欲しがり、叩きたがる。在日、外国人、生活保護といったキーワードは常にバッシングの槍玉に上がる。

 最初に「自己責任」と言われた04年から今に至るまで、すべてに共通するのは金だ。税金だ。

 「人質の救出費用は全額自腹にして税金なんて使うな」「外国人が生活保護を受けるなんてけしからん」「生活保護利用者がこの国の財政を破綻させる」「たらたら飲んで食べて、何もしない人の金(医療費)をなんで私が払うんだ」「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担させよ! 嫌だと泣くならそのまま殺せ!」「戦場ジャーナリストは自己責任なんだからそんな奴には決して税金を使うな」

「税金」という言葉を使えば、まるですべてが正当化されるというようなロジック。が、うっすらとした不満を抱える人には受け入れられやすい「正論」でもある。

 高遠さんたちが猛烈なバッシングに晒されていた頃、ショックな出来事があった。親族の集まりで同席した親戚のおばさんが、テレビで人質事件の話題になった際、突然顔を歪めて「ほんっと迷惑な人たち!」と吐き捨てるように言ったのだ。小さな頃からよく知るおばさんは優しくてほんわかした癒し系で、それまで感情を剥き出しにしたところなんて一度も見たことがなかった。しかし、彼女は怒りを剥き出しにしていた。衝撃だった。高遠さんたちが晒されているバッシングの恐ろしさの一端がわかった気がした。国際情勢や中東のことなんかまったく詳しくなくても、「我々の税金が使われたかも」という一点で、人はここまで誰かを恨むことができるのだ、と。おばさん、どうしてそんなに怒るの? そう聞きたかったけれど、怒りに震えるおばさんにどうしてもその言葉を言うことができなかった。

 そうして2年前、相模原の障害者施設で19人が殺される事件が起きた。植松被告は障害者の生存を「無駄」と決めつけ、大量殺人を起こしている。ここにも背景にちらつくのは税金であり、財源論だ。

 しかし、この国の多くの人が「我々の税金が無駄に使われている!」と感じたすべてのことに怒るかと言えばそうではない。例えば加計学園の問題では、身内びいきのために大量の税金が使われたのではという疑惑があるわけだが、安倍政権は何事もなかったかのように続いているのがその証拠だ。

 さて、そんなこの20年ほどの状況を、私は「貧すれば鈍する」ならず「貧すればゼロトレランス」と名付けたのだが、今年の夏、「寛容」という言葉について改めて深く考えさせられるような事件が起きた。

 それはタイの洞窟に閉じ込められた少年ら13人の救出劇。25歳のコーチが、その日誕生日のメンバーを祝うためにみんなで洞窟に入ったものの、豪雨で出られなくなったというアクシデントだ。9日後にはダイバーによって全員の生存が確認され、17日後には全員が救出された。この救出劇には世界中の注目が集まり、日本でも連日報道されたので覚えているだろう。

 報道を見ていて驚いたのは、現地のタイでは、コーチを「責める」世論がほとんどないということだった。また、救出にあたり、近隣の農家は洞窟から排出される大量の水のため、田植えしたばかりの田んぼが浸水するなど大きな被害に遭っていた。しかし、農家の人々は口を揃えて「少年たちを救えるなら喜んで協力する」と笑顔なのだった。

 これが日本だったら。「被害者」の「大迷惑」「大損害」という怒り心頭の声が伝えられ、ワイドショーの識者は損害額をはじき出してみせるだろう。また、コーチには「責任をとれ」「救出にいくらかかると思ってるんだ」「全額負担しろ」「自己責任」「日本の恥」などの罵詈雑言がネット上に溢れ返っているはずだ。しかし、少年の両親たちは、コーチに対して「自分を責めないで」という手紙を救助隊に託していたという。自身の子どもがまだ洞窟の中に取り残されている中で。

 誰だって、間違える時はある。そして誰だって、予期せぬトラブルに巻き込まれることがある。その時に「自分を責めないで」と優しく手が差し伸べられる社会と、「自己責任だ」と、再起不能なまでに叩きのめされる社会。一体、日本とタイで、何をどうしてどうやったらここまでの差がついてしまったのか。なぜ、タイの人は冷たく「自己責任」と突き放したりせずにいられるのか。

 この20年、この国で生きてきた私たちは何を失ってきたのだろう。「自己責任」とか言う前に、改めて、考えるべきことだと思うのだ。

 最後に。安田さんの「自己責任」を問う報道は多くするのに、「世界で最悪の人道的危機」にあるシリアの状況についてまったく報じないメディアって一体なんなんだろう、という疑問を本気で考え始めると、これはこれで本当に怖くなってくる。

こちらの写真もカメラマンの山下みどりさんに撮影していただいたものです

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。