第70回:夫婦別姓訴訟――しどろもどろになった国側の担当者の姿に思うこと(想田和弘)

 11月7日、夫婦別姓確認訴訟の原告として、東京地裁で意見陳述を行った。

 詳しくは意見陳述書の全文を下に掲載したのでぜひとも読んでいただきたいのだが、訴えの趣旨は次のようなものである。

 僕と妻の柏木規与子は、1993年からアメリカのニューヨーク市に住んでいる。94年に出会い、97年12月にニューヨーク市役所で結婚した。アメリカでは夫婦が同姓か別姓かを選べるので、迷わず別姓を選択した。

 折しも、96年には法務省法制審議会が選択的夫婦別姓の導入を答申していた。だから僕らは、数年以内には日本でも夫婦別姓制度が導入されるだろうと思っていた。したがって結婚後も、日本の役所への届け出は法改正後にしようと考え、届けずにすませていた。しかし待てど暮らせど、日本の法改正は実現しない。そのうちに20年以上が経って、今に至ったわけである。

 今回の訴訟に当たり弁護団の説明を聞いて、ちょっとびっくりした。

 僕らは日本では届け出をしていない。だから「事実婚」だと思い込んでいたのだが、日本人が海外で結婚する場合、現地の法律に基づいて婚姻が行われれば、国内でも婚姻は成立しているとみなされるため、実は僕らは「法律婚」なのだそうだ(法の適用に関する通則法第24条)。

 ところが同姓でなければ夫婦の戸籍は作成されない(戸籍法6条)。したがって僕らは法律婚した夫婦であるにもかかわらず、戸籍上で婚姻関係を証明することができないのだ。これはどう考えても法律の不備である。というより、法律同士が互いに矛盾している。そしてその結果、僕らは相続や納税などの手続きで、ざまざまな不利益や困難を被りうるわけである。

 そこで今回の訴訟では、僕と柏木が法的に婚姻関係にあるということを、裁判所に確認を求めることにした。同時に、この法の不備は結婚の自由を定めた憲法24条違反に違反するとして、国に対して慰謝料を合計20万円求めた。

 もし僕が国側の担当者であったなら、たぶんこう反応していたのではないか。

 「なるほど、そういう不備がありましたか。たしかに矛盾しているので、何らかの措置を講じましょう」

 このように素直に対応すれば訴訟もその場で終わり、一件落着である。

 ところが国は、やはり争ってきた。しかしその抗弁には当然無理がある。7日の法廷では、なんと裁判長から国の担当者たちが厳しい突っ込みを受ける一幕があった。

 育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささんが、その様子を描写し記事にしてくれていたので引用させていただく。

 11月7日東京地方裁判所522号法廷で、面白い光景を目にした。被告である国が、原告ではなく裁判長に詰め寄られ、しどろもどろになったのだ。
「原告らの婚姻が、民法750条の要件を満たさないというが、要件とは形式的要件のことですか、実質的要件のことですか?」
「ええっと、じ、実質的要件です。た、ただ、この点については我々の中でも意見がわかれており、改めて文書にて回答したいと思います」
「では、ご本人を前にしてこういうことをいうのは何ですが、たとえば原告の身に万が一のことがあった場合、相続はできないとお考えですか?」
「そ、そう考えています……」

 国側の担当者たちは、かなり慌てた様子だった。彼らも法律に矛盾があることは、重々承知しているのであろう。裁判長から質問を受けると、仲間内で顔を見合わせ、自信なさそうに答えていた。

 僕はこのやりとりを目撃しながら、こう思った。

 「これから彼らは、矛盾した法律を何とか矛盾していないように取り繕うため、あらゆる詭弁を動員して答弁書を書くんだろうな……」

 そう考えると、国側の役人たちに同情を禁じ得なかった。意義のない虚しい仕事に労力と時間を割くのは、単純に苦痛だろうと感じたからである。

 同時に僕は1人の日本国民として、そういう状況に憤りも感じた。

 というのも、彼らもおそらくは大変優秀な国家公務員である。彼らの頭脳と時間を詭弁に満ちた文書作りなどに浪費せず、もっと人々のためになる、生産的なことに使ってもらえたなら、どれだけこの国も住みやすくなるだろうか。

 それに裁判長とのやりとりから察するに、彼らが詭弁を労して作り上げようとしている文書は、僕らの20年以上に及ぶ結婚生活を全否定し、どちらかに万が一の事態が生じた際に相続すらできないものにしようとするものだ。公僕であるならば、日本国民である僕らの生活を守るためにこそ努力してほしいと思うのだが、実際にはその真逆のことを行おうとしている。しかもそういう彼らの決して安くないであろう給料は、税金から支出されているのである。 

 国であろうと、当然、過ちを犯すことはある。そんなときに国が過ちを率直に認め、素直に改善するならば、多くの問題はすんなり解決しうるだろう。それはすなわち、彼らが奉仕すべき国民全体の利益にもなるはずだ。

 ところが今回の訴訟でも、水俣病やアスベスト被害などの訴訟でも、なぜか国は自らの無謬性にこだわり、素直に過ちを認めようとはしない。というより、決して認めてはならないと、固く決意しているようにもみえる。しかしそれで「得」をする人など、当の役人含め、いったいこの世にいるのであろうか?

 国の役割とは、公務員の役割とは、いったい何だろう。

 改めて考えてしまった。

〈意見陳述書の全文〉

1 私と妻は、1993 年からアメリカ合衆国のニューヨーク市に住んでいます。そして 1994年に出会い、1997 年にニューヨーク市庁舎で結婚しました。アメリカでは結婚する際、夫婦の姓を同姓にするか別姓にするか、当事者が選択することができます。私たちは迷うことなく、別姓を選択しました。ただし、その際、日本の役所に婚姻届は提出しませんでした。なぜなら 1996 年に法制審議会の答申が出ていたこともあり、日本でも近々法改正がなされ、選択的夫婦別姓が認められると信じていたからです。
 私たちは、法改正がなされたら日本に婚姻届を出そうと思っていましたが、周知の通り、法改正はなされることなく、20 年以上が経過してしまいました。

2 そもそも、なぜ私たちはそれぞれの姓を保持することを選んだのか。まず、別姓のまま結婚することは、結婚して姓を統一するよりも、私たちの抱いている結婚観に合致しているように感じられたことが挙げられます。私たちは、結婚当初から、お互いが一つに融け合うのではなく、お互いのルーツや違いを尊重しあい、独立した人格を保ちながら、それでも仲良くやっていくことを目指してきました。そういう観点からすると、夫婦のどちらかが相手の姓に変更することには、どうしても違和感が伴います。お互いがお互いの姓を保持することは、私たちが目指す結婚のイメージに合致しているように感じられました。
 それに、私は「想田」という姓に愛着を感じていましたので、変えたいとは思いませんでした。というよりも、変えることを少し想像するだけで、なんだか自分の歴史やルーツが上書きされてしまうような、辛い気持ちになりました。日本の法律では、婚姻の際に男女のどちらの姓を選んでもよいことになっていますが、実際には 96%の夫婦が夫の姓を選ぶそうです。その「習慣」に素直に従えば私は姓を変えないで済むわけですが、私は自分が嫌だと思うことを、これから生涯のパートナーとなる相手に強いたいとは思いませんでした。
 また、「結婚の際に姓を変えるのは女性であるべきだ」という暗黙の了解には、男尊女卑の不公平な価値観が感じられます。企業の吸収合併では、しばしば力の強い企業の名前の方を残す現象が見られますが、夫の姓に統一することを「普通」とする習慣には、男性を女性よりも上に見る価値観が象徴的に現れているように感じます。実際、その裏返しとして、姓を変えた男性は「婿養子」と呼ばれて、なんだか一段低く見られて差別されています。逆にいうと、姓の変更を余儀なくされる多くの女性は、「婿養子」のような低い地位に置かれているのだと思います。そのような差別的な状況を、私たちは追認することで加担したいとは思いません。

3 とはいえ、私たちは誰もが夫婦別姓になるべきだと申し上げているわけではありません。むしろ、結婚に当たって姓を統一したいという方々の意思は、当然のことながら尊重されるべきです。同様に、別姓のまま結婚したいという私たちの意思も尊重していただきたいと感じています。とてもシンプルな話だと思います。
 日本国憲法第13条には、次のように記されています。「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
 理解に苦しむのは、私たちが別姓を選択しても他人の自由や権利が侵害されることはない、つまり公共の福祉に反しないのに、日本の法制度が別姓を選択する自由を阻んでいることです。それは憲法第13条に反しているといえるのではないでしょうか。

4 今回の訴訟に当たって弁護団からレクチャーを受けて、私たちはびっくりしました。私たちは日本では「事実婚」なのだと思い込んでいたのですが、実はそうではなかったというのです。というのも、日本の法律では日本人同士が海外で結婚する際には現地の法律に基づく方式によるとされています。つまりアメリカの法律に沿って別姓のまま結婚した私たちは、日本の法律上も「法律婚」だったのです。
 しかし、問題は、日本で戸籍を作る際には「氏」を統一しなければならないことです。別姓のままだと戸籍を作ることができません。つまり日本の法律は、一方で私たちの別姓婚を認めながら、他方で戸籍にそのことを反映させる術を用意していないのです。
 これはどう考えても法律的な不備ではないでしょうか。
 私たちは、こうした法律的な不備のせいで、税制上・相続上などの様々な不利益を被りかねません。

5 こんなこともありました。2001年、妻は、アメリカへ入国するためのビザのスタンプを押してもらうため、大阪の米国領事館へパスポートと必要書類を提出しました。申請したのは私の配偶者としてのビザです。米国の移民局からは、書類審査を経てすでにビザを承認されていました。
 ところが、妻は、米国領事館の日本人職員から電話で連絡を受け、このままではビザは発行できないと告げられました。パスポートに記載された妻の姓と私の姓が違うので、結婚しているとは認められないというのです。妻は、ニューヨーク市役所から発行された婚姻証明書があることを告げ、移民局からもビザを承認されていることを伝えましたが、聞き入れられません。私たちは途方に暮れました。
 仕方がないので、私は、弁護士を通じて、米国の国務省に掛け合いました。すると国務省は、大阪の米国領事館へ電子メールを出し、私たちは米国で婚姻しているのでビザを出すように指示してくれました。本国の国務省が太鼓判を押してくれたのですから、妻は安心して領事館へ出向きました。
 ところが、それでも米国領事館の日本人職員は納得せず、妻を門前払いしました。「パスポートに記載された姓が違うので、結婚しているとは認められない。」の一点張りです。 
 困り切った妻は、思い切って領事に直接電話をすることにしました。運良く電話に領事ご本人が出たので、妻は詳しい状況を説明しました。すると米国人の領事は即日、ビザを発行してくれました。
 この例からもわかるように、私たちは日本の法律上婚姻が成立しているにもかかわらず、戸籍によってそのことを証明する術がないために、様々な不利益を被りかねない状況に置かれたままです。私たちは、この状況は著しく不公平であり、人権侵害に当たると感じています。
 一刻も早く法的な不備を是正し、救済措置を講じていただけることを心より願っている次第です。
以上

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。