第468回:2018年「#Metoo」案件の数々。の巻(雨宮処凛)

 国会会期末、改正入管法や改正水道法など、この国の行く末を左右するような重要法案が次々と成立した。しかも、議論が深まったなどと、まったく言えないまま。そんなものに、どこか麻痺してしまっている自分がいる。「またか」と諦めそうになっている自分がいる。第二次安倍政権が始まって、6年。この6年の間に、何度も何度も強行採決を見せつけられてきたことが、「黙らない」と決めたはずの私の中で、無力感として大きくなっている。危険とわかりつつも、恐ろしいことに無力感を完全に振りきる方法を私は知らない。

 そんな年の瀬に、今年一年を振り返りたい。

 まず自分のこととしては、今年は『「女子」という呪い』、『非正規・単身・アラフォー女性』の2冊を出版した。

 前著は私が初めてジェンダー問題と向き合い、女子にかけられている呪いの数々について綴った一冊。後著はタイトル通り、非正規で単身のアラフォー女性たちに仕事や結婚、将来の不安などについて取材した一冊だ。フリーランス単身アラフォー女性である私自身の悩みや不安についても存分に書いた。

 どちらも、この国で女性が生きることに付随する困難さを描いたという点では共通している。このように正面からジェンダーを取り上げた本を出版したのは初めてのことで、そんな2018年は「#Metoo」の一年でもあった。

 ざっと振り返っても、セクハラ絡みの話題には枚挙に暇がない。これまで蓋をしてきたものが一斉に溢れ出したかのような印象だ。

 思いつくままに綴ってみても、財務省事務次官のセクハラ、TOKIO山口達也メンバーの強制わいせつ事件、早稲田大学教授のセクハラ、アラーキーのモデルだった女性や、ブロガー・はあちゅう氏、モデルの水原希子氏などによる告発、新潟県知事が「援助交際」で辞任、文科大臣が公用車で「セクシー個室ヨガ」通い、群馬県みなかみ町長や東京都狛江市長のセクハラなどなどが思い出される。

 セクハラが注目されることによって、セクハラへの無理解が露呈した一年でもあった。

 例えば財務省は、セクハラ被害を受けた女性に「名乗り出る」ことを呼びかけるなどして最悪の地雷を踏み、自民党・長尾敬議員はセクハラに抗議する女性議員たちについて「私にとって、セクハラとは縁遠い方々です」などと発言して批判を浴びる。また、麻生財務大臣に至っては、セクハラについて「はめられた可能性」「セクハラ罪という罪はない」などと開き直る始末。

 そんな中、8月には東京医大の不正受験の問題が発覚。「女だから」という理由で女子受験者は一律減点されていることがわかり、他の医大でも同様の不正が行われていることが明らかとなった。

 一方、世界に目を向けると、年明けそうそうのゴールデングローブ賞の授賞式では、多くの女性たちがセクハラに抗議する黒のドレスを着用して登場。また、5月にはノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーが今年の選考見送りを発表。理由は、アカデミーのメンバーの夫による性的暴行疑惑などだった。18名の女性が、暴行を受けたと現地メディアに告発したのだった。

 10月には、#Metooムーブメントをさらに後押しするようなことが起きる。性暴力に対して声を上げてきた女性と、性暴力被害者に寄り添ってきた男性がノーベル平和賞を受賞したのだ。

 女性は、イラクの少数派・ヤジディ教徒のナディア・ムラドさん。IS(イスラム国)に拉致され、「性奴隷」として人身売買された経験を持つ彼女は、自らの被害を実名で証言してきた。

 男性受賞者は、婦人科医のデニ・ムクウェゲさん。紛争が続くコンゴ民主共和国で、5万人以上の性暴力被害者の治療にあたってきた人だ。

 性暴力と、文字通り命がけで闘ってきた二人のノーベル平和賞受賞は、多くの女性たちに勇気を与えるものだった。

 一方で、この国では女性議員が、性暴力被害者の伊藤詩織さんを貶めるような発言をするなど残念すぎる事実もある。

 そうして「平成最後」である今年、流行語大賞のトップテンには「#Metoo」が入った。ちなみに平成元年(89年)の流行語大賞・新語大賞を受賞したのは「セクハラ」だ。

 セクハラが「新語」として認知され、「#Metoo」として被害者が声を上げられるようになるまで、実に30年。今も嘲笑や声を封じる力はあるけれど、やっとやっと、スタートラインになんとかつくまで30年。その間、私たちは世界中で声を上げた女性たちがどのように貶められ、バカにされ、晒し者にされるかということを嫌というほど目にしてきた。だけどやっと今、「セクハラされてるうちが華だよ」とか「うまくかわすのが大人の女だよ」とか、そんな言葉に曖昧に笑わなくてよくなったのだ。

 「こんなことで傷つくなんて社会人失格?」「私って自意識過剰?」とか思わずに、まずは自分で自分に「被害を被害と認識していい」と、自分を大切にしてもいいのだと、そう思えるようになったのだ。

 会期末の国会を見ながら無力感にばかり苛まれていたけれど、この一年、少しは前進したこともあった。来年は、もっともっと前進しますように。そう祈っている。

ピースボート忘年会でもらった、ノーベル賞のチョコ。オスロで売られてるらしいです

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。