第8回:イギリスに倣う、国民投票運動費用の規制(南部義典)

はじめに

 新年あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願いいたします。

 1月下旬には、平成最後となる通常国会が召集されます。何より、国民投票法の改正が実現するのかどうかが一つの焦点です。

 2月中旬以降、有権者の投票環境の向上などを内容とする改正案(自民、公明、維新、希望の4会派が提出済みのもの)が衆議院憲法審査会で審査される予定ですが、その対案となるであろう国民民主党の案(現在、提出するかどうか検討中)の動向にも注目すべきです。

 国民民主党案は前回解説したとおり、国民投票運動を行う者のうち1千万円を超える費用を支出しようとするものを「特定国民投票運動団体」と定義し、「5億円」という支出制限をかけること、そして投票後の「収支報告書」の提出義務を負わせることが大きな特長です。国民投票運動をめぐっては、誰がどこまでできるのか、何をしてはならないのかという行為規制の議論が中心になりがちですが、運動に関していくらまで支出ができるのかという費用規制も、国民民主党案の問題提起を踏まえて必要な合意形成を進めるべきと考えます。

国民投票運動費用の規制も合意形成を!

 イギリスでは、国民投票運動費用の規制が法律で明文化されています。

 2016年6月、EUを離脱すべきか残留すべきか、二者択一の国民投票が行われたことは記憶に新しいところですが、2000年に制定された「政党・選挙・レファレンダム法」(枠組法)、2015年に制定された「2016年EU国民投票法」(実施法)という二本の法律と、政府の選挙委員会が定めた運用ガイドラインを以て国民投票の制度が組み立てられ、厳格な運動費用規制が敷かれています。

 国民民主党案は、イギリスの制度に倣っていることも踏まえ、今回改めて、その概要を時系列的に振り返っていきます。運動費用を抑制し、かつ収支の透明性を確保することで、国民投票の公正を担保しようとする制度理念がご理解いただけるはずです。

 以下、次の図をご覧いただきながら、読み進めてください。

運動者の登録制度

 2016年EU国民投票は、4月15日に告示され、6月23日に投票が行われました。運動期間は70日間でした。運動費用規制に関してはこの70日間を中心に、2月1日から12月23日までのほぼ一年を通じてのスケジュールになっています。

 2月1日には、運動者の登録受付が始まりました。国民投票運動期間中に、運動の費用として1万ポンド(当時のレートで、1ポンド約140円)を超える支出をしようする者(個人、団体)は、選挙委員会に登録しなければならないという、イギリスに特徴的な制度です(実際、2016年EU国民投票では、残留派として63の個人・団体、離脱派として60の個人・団体が登録を済ませました)。登録運動者の支出の上限は70万ポンドとされています。登録をしないごく一般の運動者の支出は、1万ポンド以下でしたら許されます。

 登録運動者は、会計責任者(1名)を任命し、あわせて登録しなければなりません。個人の運動者である場合には、その者自身が会計責任者となります。会計責任者は、二つ以上の登録運動者を掛け持ちすることができません。

イギリスでは運動費用の支出額によって登録が必要。支出上限の設定もあり。

主導運動者(代表団体)の制度

 3月4日から31日までの間、選挙委員会は、主導運動者の認定申込みを受け付けました。主導運動者というのは、国民投票の各選択肢(2016年EU国民投票では「残留」と「離脱」の二つ)を代表する団体のことで、申請があった登録運動者の中から一つずつ選ばれます。主導運動者に認定されると、支出の上限が700万ポンドと、一般の登録運動者の10倍に引き上げられるとともに、放送広告、郵便の無償送付などの特別な便益が認められます。

 4月1日から14日までの間、選挙委員会は、どの団体を主導運動者と認定するかを決定する手続きを経ます。実際、2016年EU国民投票では、4月13日に離脱派の主導運動者として“Vote Leave Ltd”を、残留派のそれとして“The In Campaign Ltd”を認定しました。

4回にわたる期日前報告

 で、1から4までの期間を色分けしています。

 〔第1期〕2月1日から4月21日まで、〔第2期〕4月22日から5月12日まで、〔第3期〕5月13日から6月9日まで、〔第4期〕6月10日から22日まで、4つの区分があります。これは、期日前報告という制度で、登録運動者はそれぞれの期間において受け取った寄附などの収入を報告することになっているのです。〔第1期〕から〔第4期〕までの報告期限はそれぞれ4月28日、5月19日、6月16日、同29日です。

 報告の対象となるのは、7500ポンドを超える寄附及びローン等です。当時のレートで約100万円です。

 寄附とは、金銭、物品、財産又はサービスのうち、500ポンドを超える価値があるものです(500ポンド以下のものは寄附には当たりません)。形態は様々あり、金銭その他の財産を贈ることはもちろん、催し事や出版のスポンサーとなること、無償又は特別に割り引いた価格で施設を使用させることなども寄附に当たります。

 500ポンドを超えるすべての寄附に関して、寄附者の氏名及び住所、寄附者が会社である場合にはその登録番号、寄附金額、寄附を受けた日を記録しなければなりません。

 寄附が許される者は、イギリス又はジブラルタルで①選挙人名簿に登録されている個人、②登記し、事業を行っている会社、③労働組合、④金融機関などとなっています。寄附が許されない者から寄附を受けた場合、罰則の対象となります。真の資金源が確認できないなどの場合には、寄附を受けた日から30日以内に、返還しなければなりません(寄附者が不明な場合には、受領者はそれを選挙委員会に送金しなければならず、その後政府の整理公債基金に入金する手続きが執られます)。返還した寄附についても、選挙委員会への報告が必要になります。

2016年EU国民投票では、4期に分けて寄附などの収入を報告。

 登録運動者となった政党は、期日前報告を行う必要はありません。政治資金に関しては通常の四半期報告が行われているので、その中で詳細が明らかにされます。

 ローン等には、金銭の貸付のほか、クレジットのような与信枠、保証が含まれます。ローン等が許される者も、寄附と同様の制限があります。

 期日前報告の各期間において、対象となる寄附及びローン等をまったく受けなかったとしても、その旨を示した報告を提出しなければなりません。

 登録運動者となるのが、〔第1期〕の翌日である4月22日以降である場合にも、その最初の報告は、2月1日以降のものすべてを含めなければなりません。登録を意図的に遅らせて、寄附及びローン等の報告義務を免れることを許さない趣旨です。

請求書のやり取り

 運動費用に関して、仕入先等との請求書のやりとりにも一定のタイムリミットがあります。まず、7月25日(投票日から32日後)が、請求書の受け取りの期限です。期限を超えたものは、裁判所の決定がなければ支払を行うことができません。また、8月22日(投票日から60日後)が、請求書に対する支払の期限です。こちらも、期限を超えたものは、裁判所の決定がなければ支払を行うことができません。

支出報告書の提出

 すべての登録運動者は、国民投票の後、支出報告書(期日後報告=いわゆる収支報告)を選挙委員会に提出しなければなりません。提出期限は、支出総額が25万ポンド以下の場合には、9月23日(投票日から3か月後)、25万ポンド超の場合には、12月23日(投票日から6か月後)です。支出総額が1万ポンド未満の場合には、報告義務はなく、その旨の通知で足ります。内容の真正を担保するために、会計責任者による署名を要します。また、25万ポンド超の場合には、監査報告を別途添付する必要があります。

 支出報告は、7500ポンドを超える寄附及びローンのほか、すべての支出が対象となります。200ポンドを超える支払については、その請求書及び領収書を添付しなければなりません。また、500ポンド超、7500ポンド以下の寄附及びローン等の「総額」のほか、同一の提供元からの7500ポンド超の寄附及びローン等も報告の対象です。後者についていえば、期日前報告の各期間において2千ポンドずつ寄附を行った者がいるとすると(合計8千ポンド)、500ポンド超なので記録には残りますが、報告の対象外になってしまうことから、ルールを脱したこのようなやり方を防ぐことが意図されています。

 国民投票運動が、他の運動者と共同して行われる場合もあります。共同運動の場合、それぞれの登録運動者の支出報告書の中で、その旨を明らかにしつつ、すべての支出を計上しなければなりません。なお、主導運動者と共同して行われた場合は、その共同して行われたすべての支出が主導運動者のものとして計上されます。

何が、国民投票運動の「支出」に当たるのか?

 国民投票運動の支出には、運動期間中(4月15日~6月23日)に使用した物又はサービスの費用として期間中に支払ったもののほか、投票日後に支払ったものも含まれます。また、無償や、10%以上の割引を受けた物又はサービスも該当します(想定支出に当たります)。

 具体的には、広告(屋外広告、ウェブサイト、ユーチューブなどの動画など)、有権者に送られるダイレクトメール、集会その他のイベントの開催、物の運送などに費やされたものが支出として計上されます。ダイレクトメールの例でいえば、チラシのデザイン及び発送に要したすべてのコストが含まれます。また、主導運動者による放送広告も支出に当たります。

 支出には、諸々の活動に伴う経費、管理費も含めなければなりません。国民投票運動の事務所に設置した通信費、光熱費の類です。

 他方、支出に当たらないものもいくつかあります(以下、支出として計上されないという意味であり、支払ってはいけないということではありません)。まず、人件費です。ボランティアはもちろん、登録運動者が直接、雇用契約をした無期又は有期の労働者(スタッフ)に対する報酬は、支出に該当しません。運動期間中の交通費、食費、宿泊費も同様です。もっとも、ウェブデザインの構築や運動のコンサルティングなど、その卓越した能力に注目してのスペシャリストとして雇われるのであれば、前述の想定支出に該当する場合が出てきます。なお、ある労働者が「出向」という形で運動に関与する場合、その出向者の給与(追加手当を含む)は想定支出に当たります。

 また、公共のイベントなどで要した警備の費用や、新聞、定期刊行物、特定の放送における案内告知の費用(勧誘広告を除く)も、支出には当たりません。さらに、すべての選択肢の弁士を呼んで行う公開討論会のように、いずれかの投票の勧誘を目的としないイベントを開催した場合も、その開催費用は支出に当たりません。

政党における支出制限の例外

 一般の登録運動者は、支出上限が70万ポンドです。しかし、政党は、直近の国政選挙における得票率に応じて、その上限が定められます。2016年EU国民投票の場合には2015年下院議員選挙の得票率に拠りましたが、得票率30%超が700万ポンド、20~30%が550万ポンド、10~20%が400万ポンド、5~10%が300万ポンド、そして5%未満が70万ポンドとされています。

日本法への視座

 スケジュールだけみても、イギリスで国民投票運動をするには大変だと思われたかもしれません。日本の国民投票法と比較しようとして、運動費用規制に関するスケジュール表を作成しても、その中身は真っ白になります。そもそも運動費用を規制し、その透明化を図る制度になっていないので、イギリスとは比較になりません。

 日本でも、国民投票は「自由」と「公正」がキーワードです。しかし、金銭についてみると、それが一定の価値を持つために、国民投票運動のために自由に使われれば使われるほど国民投票の公正を害するという側面があります。

 一番分かりやすい例が単純買収(選挙と違って「合法」)です。お金を受け取って、投票判断を変える有権者が出てきてもおかしくないのです。また、CMなどに大量の資金が投じられても、事後的な収支報告のシステムがないことから、真のスポンサーは誰なのか、解明のしようがありません。のちに、国民投票の公正が疑われる事態に至っても、そもそも選挙と違ってやり直しが利かないことが、大きな政治的混乱を招く原因ともなります。

運動費用の透明性を図る仕組みがないと、国民投票の公正を害する可能性も。

 運動費用規制に関して、日本の国民投票制度をイギリスとまったく同一のレベルに引き上げるまでしなくても、参考にすべき点がいくつかあります。現行法のまま、運動費用規制を設けないとするのであっても、設けないという前提について、憲法改正の賛成派も反対派も双方が納得してキャンペーンを始める必要があります。いつも申し上げていることですが、スポーツと同様、途中でルール変更を行うことはできません。「後悔先に立たず」「他山の石」の精神で、議論する必要があります。

南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。現在、シンクタンク「国民投票広報機構」代表。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』、『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)、などがある。(2019年1月現在)