第9回:国民投票で成立する“買収罪”(南部義典)

選挙でイメージされる「買収」

 今回は、国民投票で成立する買収罪について解説します。

 買収といえば、多くの方は、それが選挙の場面で行われるものをイメージするでしょう。①ある候補者が自分に投票してもらおうと、有権者に現金を渡したり、飲食等の接待をしたりすること、あるいは、②本来、無償で行われるべき選挙運動のスタッフに対して、「時給○○円」「日当○○円」と約束(合意)し、そのスタッフに支払うことなどです。

 ①は投票依頼買収(ないし投票買収)、②は運動員買収と俗に呼ばれ、立派に選挙犯罪を構成します(公職選挙法221条により、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金が科されます)。

 ①②は、買収者と被買収者が「1対1」の関係で成立するものですが(単純買収といいます)、多数人を相手に行われた場合には、刑罰がより重い、③多数人買収罪という犯罪が成立します(公職選挙法222条により、5年以下の懲役または禁錮が科されます)。

 以上は、選挙買収に関する説明です。

 一方、国民投票の場合には、①②の単純買収は犯罪となりません。国民投票法109条が、③の多数人買収罪をより厳格な要件で構成し、「組織的多数人買収罪」という犯罪類型を定めるにとどまります。先に、表で整理しておきます。

組織的多数人買収罪とは?

 国民投票法109条が規定する「組織的多数人買収罪」とは、一体どのような犯罪なのでしょうか。条文を追いたいところですが、文章が長く、接続詞がいくつも絡んで読みづらいので、成立要件をフローチャートで説明します。

 いかがでしょうか。およそのイメージを掴んでいただけたでしょうか。

 要件〔1〕は、組織的多数人買収の主体を、「組織」に限定しています。反対に解せば、1名では主体性が認められません。
 「組織により」とは、2名以上の複数の行為者の間で、指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って、構成員が一体となって行動することです。

 要件〔2〕の「多数の投票人に対し」とは、その買収行為がなされた具体的状況に応じて、多くの者を対象とすることです。条文上、具体的に何名以上が多数となるのかは明確でなく、現時点で確定的なことを申し上げることができません。将来、国民投票が行われた後、組織的多数人買収罪の成否が争われる刑事事件の判例が確定すれば、その事例が一応の指標になると考えられます。

 要件〔3〕は、憲法改正案に対する賛成・反対の投票の勧誘が、「明示的」に行われることを要求しています。「勧誘」は、外形的に明らかな行為であることが必要です。「報酬」は、一定の対価性が求められることを明記したものです(公職選挙法上の買収罪の規定には、「報酬」の文言がなく、解釈上必要とされているにとどまります)。

 要件〔4〕は、その報酬の中身として、3つを明記しています。

 ②の「憲法改正案に対する賛成または反対の投票をし、もしくはしないことに影響を与えるに足りる物品その他の財産上の利益」とは何かが分かりづらいですが、被買収者(投票人)の投票行為に影響を与えるに足りる、一定以上の価値があるものに限定する趣旨と解されます。国民投票運動の一環として行われている集会、街頭演説の場所で、ギフト券、ホテルの割引券などが配布されていたら、通常これらは、被買収者の投票行為に影響を与えるといえます。他方、ティッシュ、うちわ、ボールペン、クリアファイルなどが配布されていたとしても、被買収者の投票行為に影響を与えるとは考えられません。
 また、かっこ書きに「国民投票運動において、意見の表明の手段として通常用いられないものに限る」とあります。この点、著名なアーティスト、ミュージシャンらが参加する集会で、憲法改正に関するメッセージが含まれるCD、DVD等が頒布されることがあっても(これらは一定の財貨性があります)、意見の表明の手段として通常用いられるものであり、「物品その他の財産上の利益」には当たらないといえます。

 要件〔5〕は、〔4〕①~③のいずれかが「供与」されることを要求しています。条文上、その約束、申込みで足ります。

事例で考える

 以上、国民投票で成立しうる組織的多数人買収罪の内容を見てきましたが、どんなケースで同罪が成立するのか(しないのか)、さらに具体的に考えていきましょう。

(事例1)憲法改正「賛成」の立場で国民投票運動を熱心に行っている学生のA君は、サークル仲間であるB君、C君を説得して、賛成投票をしてもらおうと考え、駅前の喫茶店に呼び出した。B君、C君は最初、賛成投票には乗る気でなかったが、A君の話を聞いているうちに、徐々に考えが変わり、投票日には賛成投票をすることを約束した。気を良くしたA君は、帰り際に、B君、C君の分まで代金を支払った。

 これは、典型的な買収事例ですが、買収者(主体)が「個人」のA君であるため、要件〔1〕を充たさず、組織的多数人買収罪は成立しません。

(事例2)気鋭の実業家であるA氏は、憲法改正「賛成」の立場で国民投票運動を全国的にもっと盛り上げようと考え、A氏個人の立場であることを鮮明に、同氏のツイッターのフォロワーに対し、「賛成投票のキャンペーンを盛り上げてくれる方100名に、100万円をプレゼントします。僕のツイッターをフォローし、どんな国民投票運動を行うか、ダイレクトメッセージでその内容を送ってください。当選された方には、僕のアカウントから直接連絡します」と書き込んだ。A氏の呼びかけにはその後、数万名の申し込みがあり、実際、当選した100名に対して100万円が支払われた。

 最近どこかで聞いたことがあるような事例ですが、実はこれも、買収者であるA氏が個人の立場で行っていることなので、要件〔1〕を充たしません。

 仮に、A氏が経営する会社が主体となって行われるものであれば、組織によるものであることは明らかなので、要件〔1〕を充たします。さらに、100名は「多数」に当たるなど、他の要件を充たすことになり、組織的多数人買収罪が成立することになります。

(事例3)憲法改正の実現を目的に結成されたネット上の任意団体が、国民投票運動のために資金を募ったところ、目標である1千万円を超える寄付が集まった。団体の設立者であり、運営責任者であるAは、団体が主催する集会において一般の参加者50名全員に対し、賛成投票の勧誘のために1人10万円を支給した。

 これは、買収者が「組織」である事例です。事例1、2との比較で、組織的多数人買収罪が間違いなく成立すると解されます。

国民投票における買収罪の「限界」

 選挙、国民投票に共通して言えることですが、その投票勧誘運動のために金銭が自由に(多額に)使われれば使われるほど、結果の公正さに疑問符が付きます。一番分かりやすい例が買収であり、金銭を受け取って投票態度ががらりと変わってしまうようでは、全体として有権者の意思が政治に正しく反映されるはずがありません。

 もっとも選挙であれば、数年に一回やり直しの機会があるものの、国民投票は次回がいつかも分からず、しかも同一のテーマで行われるとは限りません。この意味で、買収に対しては特段の規制を敷かねばならないはずです。

 しかし、ここには、国民投票特有の取締りの難しさがあります。

 第一の理由は、国民投票では選挙と異なり、国民すべてが(選挙でいう)候補者に相当する地位になることから、(事例1)のような小規模で、影響が限定的な買収まで取り締まることが、国民投票運動の自由を著しく制約することにつながる点です。国民投票運動期間中に行われる偶発的な、個人的会話レベルの憲法論議に対してさえ、萎縮効果を与えかねないのです。

 第二の理由は、国民投票の結果に関して、賛成投票と反対投票の差が何千、何百万票というレベルで生じることから、そもそも小規模で、影響が限定的な買収を取り締まる必要がない点です。

 本稿は決して、小規模な買収を積極的に奨励する意図を有していませんが、現状のルールの下では、全国至る所でそれが容認されることになります。憲法改正に賛成・反対いずれの立場であろうと、現状のルールでいいのかどうか、双方が納得・了解していることが、国民投票のキャンペーンを始める前提になります。

※国民投票法109条は、組織的多数人「利害誘導罪」という別の犯罪類型も定めていますが、今回は省略しました。

2月9日(土)午後1時より、TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」に生出演します。
まもなく告示される沖縄県民投票、国会で議論に上っている憲法改正国民投票について、幅広く語ります。お時間のある方はぜひ、ご清聴ください。

南部義典
なんぶ よしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。現在、シンクタンク「国民投票広報機構」代表。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』、『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)、などがある。(2019年1月現在)