第89回:まだ黙殺を続けますか?~沖縄県民投票で示された民意~(三上智恵)

 軍事基地を造るために辺野古の海を埋めることについて、沖縄県民はどう思っているのか。日米両政府が決めたから、ではなく、あなたはどう思うか。これは聞かれたことはなかった。

 すでに在日米軍基地全体の7割の負担を押し付けられている沖縄の人たちは、22年も前から賛成だ反対だと選挙に絡めては分断され続けてきたわけだが、さて埋め立ても始まったという今、2019年のこの瞬間、実際どう思っているのか。賛成か、反対か。このシンプルな問いは、かつて一度も、だれもちゃんと沖縄県民に問うてはくれなかった。そして2月24日、初めて正面から問われて出た結論がこれだ。

投票率    52.48%
埋め立て賛成 19%
反対 72%
どちらでもない 9%

 圧倒的多数が「いやだ」と言ってることが改めて明らかになった。

 投票率で言えば、去年9月の県知事選挙の投票率が63%だったことと比較すれば少ないという見方もあるかもしれない。でも自公陣営のすさまじい期日前投票動員が今回はなかったわけだから、もともと自分から投票に行こうという人の割合はこんなものなのだろう。それだって本土の選挙に比べれば関心はかなり高い。

 結局、投票した人の7割強、43万の沖縄県民が「埋め立て始まっているし、もう決まったんだからあきらめろと言われても、あきらめられませんよ。反対しますよ」という意思を表明したわけだ。ここまで工事が進んだ状況でも、なおかつ反対の票を投じに出向いて行くのだから、20年前の反対とは意味がだいぶ違うのだ。

 これでもか、これでもか、と裁判や面会拒否で知事を痛めつけたり、異例のお金を地元に投下したり、全国から機動隊を送り込んだり、一方的な閣議決定をしたり、「沖縄県民のどんな抵抗も、もはや無駄ですよ」と頭の上からまさに踏まれるように抑え込まれ、決議は黙殺され、「46都道府県の理解は得られないから辺野古しかない」などという薄っぺらな理由で我慢を強いられてきた沖縄。

 もちろん、辺野古にこだわる理由はそれだけではない。日本政府としては何が何でも沖縄に一大出撃拠点を造っておきたいという将来の軍事利用が根底にあることは散々私も書いてきたが、今回、その本音はさておき、表向きの一言にこだわらせていただく。それにしたって、みんなが嫌だというからあなたに……なんて休み休み言えと思う。こんなに恥ずかしくなるような理由を歴代の大臣たちが口にしてきたのである。

 「46人のお友達が嫌だって言ってるから、しかたないんだ。ずっとやってきた君が、この仕事を引き受けなさいね」と。

 先生と46人のお友達がずっと沖縄くんに「みんなの安心」と書かれた星条旗の柄の、やけに大きく重い荷物を持たせている。中には火薬が入っているのか、なんかキナ臭いし、汚染物質が染み出してきて手がただれてきたりもする。「苦しい」と言ったら、Aくんは言う。

 「そんな苦しがられても、なあ。どうしろっていうんだよ。どうにかしたいっていうならさ、みんなの安心をどうするのか、お前に名案はあるの? 対案もないのにそんなアピールばかりされても困っちゃうよ」

 B子たちはくすくすと笑う。C君たちは聞こえないふりをして離れて歩く。先生は思う。この土地では星条旗軍団に気に入られないと学校自体が危ないんだ。あの荷物が本当にみんなを守ってくれるのか? そんな難しいことはわからない。でも、みんなのための犠牲はある程度仕方ない。そういうもんだ、と。

 こんなに簡単な構図が解けない日本の政治というのは、まさに故・翁長知事の言う「政治の堕落」だ。国の指導者たちが弱い者いじめを率先してやるさまを日々テレビが報じていて、この国からいじめが無くなる訳がない。大人になってからも、国のトップになっても、人は弱いものをいじめて生きていくんですよ、というメッセージを発信し続けているのだから。

 「なんで沖縄にばかり基地があるの? 嫌だと言ってるのに助けてあげられないの?」

 子どもにそう聞かれて、県外のそれぞれの家庭の親は何と答えるのだろうか。

 「そうよ、おかしいよね。だからお母さんはちゃんとした社会を作ろうっていうビラを書いてるのよ」と言ってくれる親御さんの子どもには希望がある。しかし、「可哀そうだけど仕方がないのよね……」と親が言うならば、いじめはしかたがないこと、黙って見ているしかないのよね、と子どもに教えていることになる。

 今回、私は18歳と19歳の沖縄の子どもたちの圧倒的多数が反対に票を投じたことに驚いた。そして動画に上げている通り、若い子たちがめきめきと力をつけて行動し始めていることに目をぱちぱちさせている。感動とか勇気とか、そんな言葉で装飾するのが申し訳ないから目をぱちぱち、なのだが、信じられなくて、眩しくて、こんな日が来るなんて、とおろおろするような感覚で見ていた。スマホやフェイクニュースにどっぷり浸かった世代である20代、30代の若者には基地容認が多いのに比べ、選挙権を手にしたばかりの10代の感性は明確に「なんかおかしい!」に振り切っているのだ。この現象はなんなのだろうか。

 少年時代を沖縄で過ごし、SASPL、SEALDsと若者の政治行動の中心メンバーだった奥田愛基くんが、開票の夜辺野古まで来ていた。投票率を上げるため、県民投票連絡会の青年部が、沖縄戦の激戦地だった糸満の魂魄の塔から辺野古までの80キロを歩くという意欲的な行動に出たのだが、その一員として歩いてきたのだ。

 今、国会の前ではあの頃のような若者たちの姿を見ることはできないが、当時私は東京で、大阪で、政治的なイシューに真っ向から声を上げるかっこいいお兄さんお姉さんを見つめている中学生・高校生の姿を見た。イベントにセーラー服で来ていた女の子たち。彼女たちのあこがれは、年が離れすぎた博治さんには向けられないだろうが(失礼)、マイクをもって訴えるお兄さんたちは強い印象を残したと思う。そしてSEALDsは解散したけれど、今回の住民投票をけん引した27歳の宜野湾出身の青年、元山仁士郎くんはSASPLからの奥田くんの仲間である。だから私は奥田くんにこう言った。「奥田君たちが生み出したものの一つだよね、これは」と。すると、就職してすっかり大人になった感じの奥田君はいった。

 「いや、なにいってんすか。僕たちは辺野古や高江で頑張る人たちに触発されて、民主主義どうなってるんだって行動を始めた。ここからエネルギーもらったんですよ」

 私が「今回、仁士郎くんがハンストに入ったときには、さすがに勝算もなく丸裸でやってる感じがして心配だった」と言うと、奥田君は「今回の住民投票をぶち上げた時からあいつ丸裸でしたよ」と言った。もし失敗したら逆に辺野古で積み上げてきた運動を台無しにしかねないと、現場からは突っぱねられ、保守からは叩かれ、ネットでは連日バッシングを受けた元山くんを、奥田君としては見ていられなかったのだと思う。

 「あの純粋さと鈍感さと、図太さと……。はらはらしますよね。それでもあいつがいなかったら今日はなかった」

 職場への影響もあるから、と動画撮影はごめんなさいと言った奥田くん。でも沖縄に飛んでくる熱い思いが健在であることがうれしかったし、沖縄の若い子たちにとって県内外の「かっこいいお兄さんお姉さん」をたくさん間近に見る機会が確実にあったことがありがたかった。県民投票に動き出した若者たちについて、おばあはこの夜、改めて私に言った。

 「元山仁士郎? あれはね、1年前私に怒鳴られたんだよ。今現場がこんなに大変な時に住民投票なんて、失敗したらどうするの? たった4人で始めた? 逆に大変なことになったら責任とれるの? って。そうしたら、おばあが怒ってるから話は終わります、とやめたんだよ」

 このテントで住民投票の話はするな! とまで言われ、1年前は針の筵だった元山くんたち。相当悩みながら進めてきたのだろう。現職知事の病気と、埋め立て容認撤回と、逝去、知事選……。この激動の1年で、住民投票の意味はどんどん変化していった。賛同しない市町村が次々に出てきて、投票できない地域があちこちに出てきて県民も揺さぶられた。でも結局は、県民が県民の手で自らの意思を示す機会を守り切った。それこそ民主主義を強固にするために乗り越えるべき壁、となった。そしてそれらの動きを、10代の若者たちは注視してくれていたのだ。ちょっと上の兄さんたちが大人たちを説得したり、また距離を置いたりしながら頑張ってることも。古臭い感じがするけど地道に粘り強く住民運動をして来てくれた大先輩たちの存在も。そしてこの日のゲート前のように、前から頑張ってる大人たちと若者たちの行動が呼応し、手を取り合う瞬間の希望も。

 博治さんも、おばあも、県民投票の話が持ち上がった時には大反対だったわけだが、紆余曲折を経て、今日この勝利の夜の二人の表情を見てほしい。誰がこの笑顔を引き寄せてきたのか。この1年で多くの人が新たに気づいた「動き出すこと」の力。この1年で築いた民主主義の基礎。60万人が投票所に行き、参加して考えた熱量や、交わされたであろう会話の数々。県民投票が失敗だったか、成功だったか。それは獲得した票の数や投票率などの数字だけで測れるものではないのだ。

 「なんで大人たちは辺野古反対というくせに住民投票に反対するば?」
 「県議会が県民投票するって決めたのに、俺たちの地域が投票できないって意味わかる?」

 硬直化した大人の社会に「おかしくない?」と素朴な疑問をぶつけてくる世代に元気があればあるほど、その地域には潜在能力がある。私は沖縄に暮らして25年。報道しても伝わらないだの、若い人の関心が薄いだの、危機感ばかり叫んできたけれども、辺野古の問題が持ち上がって20年余りのこの日々の中で、頑張ってるおじい、おばあたちの姿は着実にこの島の子どもたちの目に焼き付けられていたのだなと初めて実感し、安堵した。動かない大人たちしか見ていなければ、その地域の子どもは傍観者になるだろう。でも沖縄は違う。胸を張ってそう言えることはものすごく幸せなことだ。ありがとう、先輩たち。ありがとう、若者たち。

 さて、政府は県民投票の結果いかんにかかわらず移設工事は進めるの一点張りで、最初から「黙殺します」というポーズを崩していない。防衛省は予想外の数字だったと本音を漏らし、動揺は見てとれるけれども、早速翌朝から埋め立て工事はフル回転で、土砂の投入は止まらない。しかし今回は主要メディアもトップニュースで報じ、海外の報道機関も活発に動いており、このまま投票結果を無視し続けることは民主主義国家としてあり得ないという状況まで来てしまった。

 ここまで来て、問われているのは政府の態度だけではない。沖縄の埋め立て反対の民意が確固たるものであるという今現在の県民の声を、民主主義に則った手続において沖縄県民は政権に伝えるだけではなく、国民にも知ってもらったわけであるから、これを聴いてしまった日本国民個々人も、民主主義社会の一員であるならばもはや傍観は許されない。

 たとえばあなたが「自分は独裁政権を支持するつもりはない」としながらも、国防問題では「悪いが沖縄に黙って安倍政権のごり押しを飲んでもらいたい」と思い、でももし自分が困ったときには「国民は主権者であるのだから、ちゃんと民主主義に機能してもらいたい」と思う矛盾した存在であるとするならば、今こそそれを自覚し正すときではないだろうか。

 「なんとなく沖縄県民は反対しているのは知ってるけど、基地がないと困る人もいるんでしょう? いろんな人がいるんでしょう?」と、都合のいいうやむやを好んで来た人も、沖縄がこれだけ苦しんだ日々の末、若者からお年寄りまで額に汗して打ち出した「辺野古埋め立てNO」という結果を受けたのだから「そうか、わかった」と言う潮時なのだ。この期に及んで、まだ傍観者でいるとしたら、それは民主主義を大きな柱とする憲法を維持するための「不断の努力」を怠った未熟な大人であり、れっきとしたいじめの傍観者、つまり加害者側に立つ人間ということになる。

 今回、一つの県である沖縄県が、残りの46人の生徒と先生に訴え出た満身の力を込めた叫びは、このクラスが本来の、お互いを思いやるいい関係に戻るための、ラストチャンスかもしれない。それを受けて、この国の空気を一緒になって変えようという流れを作るのか、もしくは黙殺を続けて政府が沖縄をいじめ殺すまで傍観者を決め込むのか。どちらの道を行けばあなたの未来が開けていくのか、ぜひ、例外なくすべての国民に考えてほしい。これは、皆さんが加害者をやめられるチャンス、再生するチャンスなのだから。

 最期に、動画のラストに歌われた喜納昌吉さんの名曲「東崎(あがりざち)」の替え歌である「辺野古崎」、これは一度は聞いてほしい。私はよく与那国島の東崎に通ってはこの歌を歌っていた。生まれ島の自然が、島人の肝心が変わっていく浅ましさ。変えられていく悲しさ。このまま、変わらずにいてほしいと願う気持ち。この歌は、県民投票に臨んだ多くの県民の心を代表していると私は思ったのだが、どうだろうか。

三上智恵監督『沖縄記録映画』
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標的の村』『戦場ぬ止み』『標的の島 風かたか』『沖縄スパイ戦史』――沖縄戦から辺野古・高江・先島諸島の平和のための闘いと、沖縄を記録し続けている三上智恵監督が継続した取材を行うために「沖縄記録映画」製作協力金へのご支援をお願いします。
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三上 智恵
三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。 (プロフィール写真/吉崎貴幸)