第67回:壁を造るな!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

国家非常事態宣言

 トランプ米大統領が「拒否権」を発動した。いかに大統領権限が大きくても、めったに使わない伝家の宝刀だ。アメリカでいったい何が起きているのか。

 トランプ氏の大統領選での公約のひとつが「メキシコ国境に壁を建設し、違法流入者を排除する」ということだった。だが、それには膨大な予算が必要だ。下院で多数を占める野党民主党は、壁建設を含むトランプ予算案に反対、予算案は議会を通らず、国家機関の一部が閉鎖される事態となった。
 憤ったトランプ大統領は、「国家非常事態宣言」を発し、大統領権限での壁建設を目論んだ。しかし、民主党は「現在の状況は非常事態ではない」として、「国家非常事態宣言の無効」を議会で決議した。この決議には、トランプ大統領の共和党からさえ、かなりの賛成票が投じられた。トランプ氏の強引なやり方には、味方であるはずの共和党議員たちからも、そうとうな反発が起きたのだ。
 だが、これでメゲるようなトランプ氏ではない。今度は議会の決議に対し「拒否権」を発動したのだ。あくまで「壁は造る!」という宣言である。
 この「拒否権」をひっくり返すには、上下両院で3分の2以上の票が必要になる。これはかなりハードルが高い。つまりトランプ氏によって「無理が通れば道理は引っ込む」という状況になったわけだ。
 しかし、これはアメリカのことだから日本には関係ない、などと思っていては危ない。実は、安倍改憲が狙うもののひとつが、この「国家非常事態宣言」に似た「緊急事態条項」であることを忘れてはならないのだ。

「差別の壁」と「憎悪犯罪」

 考えてみれば、国境に壁を造るなどというのは、時代錯誤もはなはだしい。あの東西冷戦時代の「ベルリンの壁」を思い起こさせる。もはや歴史上の出来事、といっていい。
 だが悲しいことに、この旧い亡霊が世界で息を吹き返しつつある。
 例えばイスラエルによる「パレスチナの壁」だ。これはイスラエルが不法占拠しているヨルダン川西岸のパレスチナ自治区に建設中の「分離壁」である。パレスチナ住民を追い出して強引にイスラエルの入植地とするための壁で、これは別名「アパルトヘイト・ウォール」とも呼ばれている。つまり、言葉通りの「差別の壁」である。
 トランプ氏が「犯罪者や麻薬の流入を防ぐための壁建設」と主張するのと同じく、イスラエルもまた「テロリストの流入防止」を壁建設の目的とする。ナショナリズムに訴えて支持を得ようとする権力者は、同じ論理を用いるのだ。

 他民族や他宗教、弱者等を敵視する思想は、あからさまな「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」を誘発する。ニュージーランドで起きた50名もの大殺戮は、まさにこのヘイトクライムの典型的事件だ。白人至上主義者の犯行だという。
 むろん、この犯罪に対しては、世界中から大きな非難が巻き起こった。各国の首脳や国連なども、ヘイトクライムへ一斉に批判の声を挙げた。ところがトランプ大統領は、「事件は恐ろしい殺戮だ」とはツイートしたものの「白人至上主義の広がり」については否定したのだ。白人極右派が、自分の根強い支持層だということに配慮したのではないか、と言われている。
 トランプ大統領の下で、米国内ではヘイトクラムが以前より相当数増えているとの調査結果もある。差別を煽る政治が、差別凶行を引き起こすのだ。

 日本でだって、すでにヘイトクライムは起きている。
 神奈川県相模原市の障碍者施設で、入居者たちの大量殺傷事件があった(2016年7月)。「生きていても世の中の役に立たない者は殺せ」というとんでもないリクツで、26歳の元施設職員だった男が入居者19人を殺害し26人に重軽傷を負わせたという、戦後日本での最悪の大量殺傷事件だった。
 ここには明らかに優生思想が見える。それは白人至上主義と同じ根っこだ。そして「国家に役立たないものは生きている資格がない」「邪魔者は消せ」というのは、自国ファーストという歪んだ政策のもたらしたものではないか。

「土砂投入」という強権発動

 トランプ大統領は「国家非常事態宣言」を発し、その効力を議会が否定すると、今度は「拒否権」まで持ち出して、むりやり壁の建設に突き進む。
 ぼくは沖縄を想起してしまう。
 沖縄県民は各種の選挙で、何度も繰り返し「辺野古米軍新基地建設NO!」の意志を表明して来た。だが、安倍政権はそれを無視し続けた。「選挙は基地問題ばかりが争点だったのではない」というのが、安倍首相のリクツだった。
 それならばと、沖縄県民は辺野古基地建設に「賛成」か「反対」か、それとも「どちらとも言えない」かという、苦渋の選択肢で県民投票を実現させた。結果は、誰もが知るように、建設反対が圧倒的多数を占めた。
 だが安倍政権は、岩屋毅防衛相が口を滑らせたように「結果がどうであれ、工事は続けるつもりだった」というのだ。投票の翌日から、どう見ても赤土としか思えない土砂を、辺野古の「美ら海」へ投入し続けた。民意無視の極みである。
 トランプ大統領は、どう見ても非常事態などではないのに「国家非常事態宣言」を発令、それを議会が無効だと議決すると、「拒否権」まで使って、強引に「トランプの壁」建設に突っ走る。
 ぼくには、辺野古の土砂投入とトランプの壁が重なって見えるのだ。
 議会を無視する。民意をねじ伏せる。安倍首相がやっていることは、沖縄を本土から切り離そうという「差別の壁」である。
 トランプとアベ、やることは同じじゃないか。

「トランプの壁」と「アベの壁」

 「安倍自民党総裁4選論」がにわかに浮上してきた。
 安倍茶坊主の筆頭の自民党加藤勝信総務会長が「国民が望めば安倍総裁4選という状況も」と発言(2月27日)してゴマすりを開始、そこへ、少しでも長く権力を保持していたい二階俊博幹事長が「余人をもって替え難ければ、安倍総裁4選もあり得るのではないか」(3月12日)とアドバルーン。
 むろん、裏でのすり合わせは当然行われている。「安倍改憲」には、さらに3年が必要だとの事情も垣間見える。
 安倍首相は「自民党党則では4選は禁じられている。私はルールに従う。いまは懸命に最後の役割を果たすのみ」などと殊勝なことを予算委の場では言っていたが、いったいどの口が言うのだ!?
 だいたいが「ルールに従う」というのが、そもそも大ウソではないか。
 かつて、党則では自民党総裁任期は3年で2期まで、つまり、最長でも6年と決まっていたのだ。それを3年3期(最長9年)と党則を改めた(2017年3月)のが、当の安倍晋三総裁の下でのことだったのだ。何がルールに従う、か!
 権力に狎れた者は、その権力を容易に手放そうとはしない。そうして独裁色を強めていくのだ。
 いまの安倍政権は“ソフト独裁”である。
 官僚たちの人事権を完全掌握し、報道の自由を奪い、NHKを広報局化してしまった安倍晋三氏は、悲願の「改憲」で9条を消し去るまで、独裁の色をますます濃くしていくだろう。
 それは、政治と国民の間に「壁」を造ることであり、「壁」の内側を国民には決して見せないことであり、自分の言うことを聞く者とそれに抗う者を峻別する「壁」なのだ。
 「壁」を造るな! 造らせてはならない!
 国や民族を隔てる「壁」も、国民の権利を隔離してしまう「壁」も、絶対に造らせてはならないのだ。

 「トランプの壁」も「アベの壁」も……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。