第75回:僕が天皇制にも元号にも反対する理由(想田和弘)

 ようやく新元号フィーバーが落ち着いてきたところだが、今度は5月1日の新天皇の即位に際して、新たなお祭り騒ぎが始まることであろう。

 そこで今のうちに書いておきたい。

 僕は天皇制にも、それを生活の隅々にまで浸透させる装置である元号にも、反対である。将来的には廃止すべきだと考えている。

 反対する理由は単純だ。

 天皇制は、出自を理由に特定の人間を別格に置く身分制度の一種である。人間を血統によって差別する制度である。このことは、どんな理屈をこねても否定できぬ事実であろう。

 したがって天皇制は、日本国憲法第14条に反するものである。

第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

 憲法第14条に照らすなら、天皇制は本来、憲法違反の制度として、すぐにでも廃止されるべきものなのだ。

 ところが天皇は、困ったことに同じ日本国憲法の第1章で「日本国民統合の象徴」として明確に位置付けられる存在でもある。したがって単純に違憲とはいえない。

 要は日本国憲法に矛盾があるといえるであろう。

 この矛盾が生じたのは、周知の通り、日本国憲法の草案をGHQ民政局に書かせたマッカーサーの政治的判断に起因する。彼は日本を統治するために、占領政策に進んで協力しようとする昭和天皇を利用しない手はないと考えた。そこで無理矢理、彼の戦争責任を不問に付し、封建制度の象徴のごとき天皇を、民主的な憲法に接ぎ木したのである。

 しかし接ぎ木のちぐはぐさは、どうしたって隠しようがない。

 人間は誰でも平等だと言いながら、マスメディアは皇族の人間には「さま」をつけて呼び、敬語を使う。一般市民だった美智子さんや紀子さんや雅子さんが皇族と結婚した瞬間から、「さん」が「さま」に変わる。逆にこれまでずっと「紀宮さま」だった人が、民間人と結婚した瞬間から「黒田清子さん」に変わる。

 「人の上に人を造らず」の民主主義の原則からすれば、どう考えても奇妙だし、僕にとっては実に気持ちの悪いことである。しかし、世論調査では約8割の人が現在の天皇制のあり方を肯定しているようなので、大半の人は違和感も感じないのだろう。
 
 その市民に定着した天皇制を、時の為政者が利用する。
 
 今回の新元号フィーバーは、戦後70年以上経った今でも、天皇の政治的利用価値が実に高いことを、改めて痛感させる出来事であった。なにしろ新元号を発表しただけで、内閣支持率が9.5ポイントも跳ね上がってしまったのである(共同通信社)。しかも発表のタイミングは、統一地方選挙の真っ最中だ。

 新元号の発表では、マスメディアも軒並み官邸の広報機関のようになり、お祝いモードではしゃいでいた。天皇制や元号の必要性について再考するような視点は、ほとんど見受けられなかったように思う。その様子を見ていると、万が一日本が再び戦争を起こそうというときには、メディアは批判精神を失い、進んで戦争協力してしまうのではないかと憂鬱になる。そして大勢の市民は、街頭で配られた「新元号発表」の号外を取り合いしたように、進んで開戦祝賀の提灯行列に加わるのであろう。先の大戦でもそうだったが、天皇制には市民の自律した思考を麻痺させるような魔力がある。

 僕は立憲民主主義者だから、天皇制を廃止するためには民主的手続きを経て憲法を改定する必要があると考えているし、改定するためには大部分の主権者が廃止を望む必要があると思っている。そういう意味では、天皇制を廃止するための機は全く熟していないと認めざるを得ない。

 しかし主権者の一人として、ささやかながらここに自分の考えを表明しておきたいのである。天皇制も元号も、デモクラシーとは相容れぬものである、と。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。