第480回:裁判官に人権教育と性教育を!〜無罪判決に、抗議の「#MeToo」〜(雨宮処凛)

 「子どもの頃に強制わいせつの被害に遭いました。20歳になってから記憶が蘇って、PTSDの症状で学校に行けなくなりました。ご飯も食べられなくなりました。夜も眠れませんでした。もう10年以上経ちました。非正規で、バイトして、ギリギリで生活してて、それでやってるバイトでセクハラ。ふざけんじゃねぇよ! どうして、被害に遭う私たちが、社会を転々としないといけないんでしょうか?」

 トラメガを持った女性が声を震わせながら言うと、あちこちから嗚咽が上がった。4月11日夜。この日開催されたのは、性暴力と性暴力判決に抗議するスタンディング・デモ。東京駅近くの広場には、花を持った400人ほどが集まった。その多くが、女性。それぞれが持つプラカードには、「裁判官に人権教育と性教育を!」「おしえて! 性犯罪者と裁判長はどう拒否したらヤダって理解できるの?」「Yes Means Yes!」「#Me Too」などの言葉たち。

 この日のアクションを呼びかけたのは、作家の北原みのりさんなど。昨今相次ぐ性暴力への無罪判決に抗議しようと企画された。判決の多くに共通するのは、女性の意思に反した性交だったと認めながらも、「抵抗が著しく困難だったとは言えない」「抵抗できない状態だと男性が意識していなかった」などの理由で無罪が下されている点だ。午後7時。アクション開始と同時に、北原さんはトラメガでこのひと月ほどに相次いだ判決について触れた。

 3月12日、福岡地裁。テキーラなどを飲まされ、意識が朦朧としていた女性に性的暴行をした事件。女性が抵抗できない状況を認めつつも、男性は女性が合意していたと勘違いしていたとし、無罪。

 3月20日、静岡地裁。強制性交致傷に問われた男性が、「被告から見て明らかにそれとわかる形での抵抗はなかった」として、無罪。

 3月28日、静岡地裁。当時12歳の長女を2年間にわたり週3回の頻度で強姦した罪に問われていた父親に対し、「家が狭い」ことを理由に、長女の証言は信用できないとして、無罪。

 4月4日、名古屋地裁。中学二年生の時から娘に性虐待をしていた父親が、無罪。その理由は「心理的に著しく抵抗できなかった状態とは認められない」から。

 わずか一ヶ月の間にこれほど続いた司法判断を受け、この日のアクションが急遽、開催されたのだ。

 集まった女性たちからは、次々と怒りの声が発された。最初のうちは著名人によるとスピーチだったものの、後半は、参加者が飛び入りでマイクを握り、自身の思いを吐露した。

 父親から精神的な暴力を受けてきたという高校生は、父親からひどい扱いを受けてきたことから生まれた、男性への嫌悪感について語った。

 音楽フェスで痴漢に遭い、警察に届けた女性は、友人たちが「そこまでするんだ」と引き気味だったことに失望し、「これは、殴られた方が同情されたなって思いました」と話した。

 10代の頃通っていたある専門分野の「先生」から性的暴行を受け続けていたという女性は、当時加害者に「これはレイプです」「強姦です」と言ったものの、「じゃあ今までの授業料一千万持ってこい」と言われ、親にも誰にも言えずにそのまま被害を受け続けた日々のことを話した。

 また、アクション前日に「ちょっと好きかな」という男性と食事をしたという女性は、「明日、MeTooのデモに行く」と言ったところ、引いた姿を見て、「彼やめた」と思ったと語ってくれた。

 「『俺も一緒に行くよ』って、『俺も勉強したい』って言ってくれる彼を探したいと思います」

 その言葉には、大きな拍手と歓声が上がった。

 北原みのりさんは、無罪判決に声を上げると「感情的に批判するな」と司法の専門家からも諫められるような現状について、飲酒運転厳罰化の流れと比較して、語った。

 飲酒運転による痛ましい事故が続いた際には、遺族感情や世論が社会を動かしたからこそ厳罰化となったのに、性犯罪に対してはなぜか「感情的になるな」とやたらと言われる。飲酒運転で家族を亡くした人には誰もそんなことを言わなかったのに、だ。

 また、「週刊SPA!」の「ヤレる女子大生ランキング」に抗議した学生も、「なぜ被害者ばかりが苦しむ社会なのか」と怒りをあらわにした。

 「人が殺されたら、殺された方が悪いなんて言われません。なのに、なんで『化粧が濃い』『スカートが短い』『長い髪』と言われるのか。そんなの関係ないじゃないですか」

 アフターピルについて運動をしている女性も、「性教育もノーを尊重する教育もされないのに、レイプされた時は抵抗することを求められる」「被害者を守る法律、なんでないの?」と訴えた。

 財務省のセクハラ問題をきっかけにして結成された「メディアで働く女性ネットワーク」の林美子さんは、多くの被害者が、時間が経っても苦しんでいる実態について触れた。それまでメディアでいい仕事をしていた女性たちの将来が、性暴力によって潰されてしまう。人生を断ち切られてしまう。一方で、加害者は何事もなかったかのように生活している。

 「我々を人間扱いしろ!」

 「ふざけるな!」

 そんな声があちこちから上がった。

 底冷えする寒さの中、アクションは、2時間に渡って続いた。なんだか、奇跡みたいな2時間だった。みんなが泣いていた。私も泣いた。気温は低かったけれど、あたりにはすごい熱気が漂っていて、多くの人がいつまでも広場で話し続けていた。一人で参加した女性が、同じように一人で参加した女性と話し込む姿があちこちで見られた。新幹線で遠方から駆けつけた人もいた。

 相次いだ無罪判決を受け、開催されたアクション。どの判決も納得いかないものだったけれど、特に私がショックを受けたのは、実の父親による娘への性暴力の件だった。

 私の知人には、父親に性虐待を受け続けた果てに、父親の子どもを出産した女性がいる。

 『一億総貧困時代』という本で書いているのだが、彼女と出会ったのは2016年のお正月。年末年始の越年中だった。ホームレス状態の人のために用意されたシェルターに入っていた30代の彼女は、幼い頃から父親に性的虐待を受け、17歳で堕胎したものの、27歳で再び父の子を身ごもり、出産したことを教えてくれた。母親は、彼女が小さい頃に家を出ていた。幼い頃からすぐに暴力を振るう父に怯えながら、祖母と三人で暮らしてきたという。父親は祖母にも暴力を振るうことから、祖母は性的虐待のことを知りつつも、孫を守ってはくれなかった。

 そんな彼女は、10代の頃から、何度も大人たちに助けを求めていた。警察にも訴えたし、役所にも行った。しかし、父親の性虐待から逃れるため家出を繰り返していた彼女には、「不良少女」というレッテルが貼られていた。17歳で父親の子を堕胎した時も警察に行ったものの、当然、父親は事実を否定。祖母も息子が逮捕されることを恐れて否定する。結局、彼女が「嘘をついている」ということにされてしまった。以来、彼女は実家と歌舞伎町の路上、様々な施設などを転々としながら生きてきた。

 実の娘を犯し続ける父親は、「お母さんが一人しか子ども産めなかったから、その代わりに自分の娘のお腹を借りて子どもが欲しかった」と言っているのだという。なんという陳腐な「正当化」だろうか。こんな言い分が通用すると思っているのだろうか。

 が、彼女の父親は、現在に至るまでなんの罪にも問われていない。堂々と、一般社会で暮らしているわけである。私はこの事実が信じられなかった。しかも法的にはなんの制約もないので、彼女に今後かかわらないような措置をとることもできない。その上、虐待は性的なものだけではなかった。父親は、「障害年金がもらえるから」という理由で、彼女を知的障害ということにし、小学校、中学校を特別支援学級に入れたのだという。よって一般の義務教育を受けていない彼女は、仕事につくことも難しい。父親は、娘の「教育を受ける権利」まで奪っていた。

 現在進行形で、被害は続いている。そして彼女は、深い心の傷を負っている。

 彼女の苦しみに触れていたからこそ、今回の無罪判決には心をえぐられる思いがした。被害に遭った女性たちは、どれほど深い闇に突き落とされただろう。そうして裁判の行方を見守っていた中には、今まさに性虐待の只中という人もいるはずだ。そんな人たちは、あの判決にどれほど傷ついただろう。そして加害者は、「無罪というお墨付きを与えられた」と思ったのではないだろうか。

 「正直、この国で子どもを産みたいかと言ったら、産みたくない。たぶん変わらないだろうと思ってしまう」

 この日、スピーチした一人の言葉がやけに残っている。

 だけどこの日、寒空の下で、今まで決して表に出ることのなかった何かがマグマのように噴出した。今まで言えなかった言葉。自分さえ我慢すればいいと歯を食いしばって飲み込んでいた言葉たちが、決壊するように溢れ出した。

 この夜のことを、私は決して忘れないと思う。

 そしてまた、集まりたい。みんなでいろんな話をしたい。

当日の様子

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。