第80回:朝鮮学校へ行ってきた…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

選挙権のない多くの人たち

 世の中は、参議院選挙で(一部だけれど)盛り上がっている。新聞もテレビも週刊誌も、選挙情勢の報道に紙面と時間を割いて大騒ぎだ。だけど、日本という国に長い間暮らしながら、そんな騒ぎから取り残されている人たちが数十万人もいる。在日朝鮮・韓国人たちだ。
 在日2世3世の人たち(4世5世も多くなった)は、日本で生まれ育ち、むろん税金もきちんと納めながら「選挙権」が与えられていない。立候補はおろか投票する権利すら、ない。世の中がどれほど選挙戦で騒ごうと、彼らにその余波は及ばないのだ。

 先週の土曜日(6日)、ぼくの親しい友人の在日ジャーナリスト・姜誠さんから「朝鮮幼稚園の見学ができます。一緒に行きませんか」という誘いがあった。いままで朝鮮初中級学校の公開はあったけれど、幼稚園の公開は初めてなのだという。ぼくは同行をお願いした。
 場所はさいたま市大宮区。
 埼玉県の朝鮮学校はここだけであり、幼稚園と初中級学校(小学校と中学校)が併設されている。県内各地から、長時間をかけて通ってくる児童生徒も多いという。
 大宮駅からバスで15分ほど。小さな川沿いに学校はあった。何の変哲もない、小さな学校。幼稚園クラス、初級クラス、中級クラス。それぞれの校舎があって、みんな仲良くわいわいガヤガヤ。

 この日は、地域交流会が開かれていた。各クラスの見学と、映画『ウルボ 泣き虫ボクシング部』の上映会、それが終わってから校庭での「焼肉交流会」と、なかなかのプログラム。地域に開かれた学校ということで、日本人もたくさん参加していたようだ。

ごく普通の学校だった…

 さて、ぼくらは姜誠さんの案内で、1時半ごろに学校に到着。幼稚園から始まって、各クラスの教室などを見学。そして2時過ぎから幼稚園の先生のお話を聞いた。
 このツアーの参加者は(あいうえお順で)以下の方々。ぼくを除いては錚々たるメンバーである。

 青木理さん(ジャーナリスト)
 市川速水さん(朝日新聞記者)ご夫妻
 川端浩平さん(津田塾大学准教授)
 小西克哉さん(ジャーナリスト、国際教養大学大学院客員教授)
 古賀茂明さん(元経産省官僚、古賀茂明政策ラボ主宰)
 張 弘基さん(共同通信記者)
 毛利嘉孝さん(東京芸術大学教授)

 みなさん、好奇心と取材意欲に満ちている。各教室を回った。
 どう見ても、普通の学校である。というより、教室や施設などは、日本の学校に比べれば、かなり見劣りがする。むろん、金銭的な困難さが背景にあることは、説明されなくても分かる。
 よく「北朝鮮バンザイの教育をしているのだろう」などという批判が浴びせられるが、校内を見回った限り、そんな気配はほとんどない。金日成、金正日、金正恩氏ら国家指導者の肖像画が麗々しく飾ってあるというのも、まったくの誤解のようだ。少なくとも、ぼくらが回った限りでは見当たらなかった。ただ、最近の政治的トピックとして「トランプ大統領と金委員長の歴史的会談の様子」が、写真付きのパネルで展示されていた。

 他には金氏の写真も絵も見当たらなかった。
 小学2年の教室に、時間割表があった。

 朝鮮語、日本語、そして英語のトリリンガル(3か国語に堪能)の子どもを育てたいという方針なのだという。校内での授業はすべて朝鮮語。家庭内では日本語が多いうちもあるので、自然にバイリンガルになるらしい。元気な小学生たちであった。
 各学級見学の後、幼稚園クラスに入り、幼稚園児の小さな椅子に座って、先生や保護者会代表の安泰斗さんのお話を聞いた。
 いろんな資料をいただいた。その中に、「朝鮮学校とはどんな学校か」という説明があった。以下、書き写してみよう。

 日本の敗戦後、在日朝鮮人がみずからの言葉や文化を取り戻すために自主的に設立した学校です。日本の学校と同じ6・3・3の学制を組む朝鮮学校は、全国各地にあり、埼玉県には、さいたま市に幼・小・中の子どもたちが通う埼玉朝鮮初中級学校があり、200人を超える子どもたちがそこで学んでいます。現在では主に在日4、5世の子どもたちが通う同校では、朝鮮(南北含め)の歴史、文化そして言語を、また日本の学習指導要領も参考にしながら、日本語、算数(数学)、理科、さらには日本の地理や歴史も学んでいます。

 つまり、民族としての誇りの原点となるべき朝鮮(南北を含む)の言語や文化、歴史を学ぶのだが、あとは日本の小中学校とあまり変わらない授業が行われているということだ。ありふれた学校の光景である。

国からの教育助成はない

 だが、この朝鮮学校には、国からの補助金が交付されていない。日本の法律「学校教育法」での定めに外れるという理由で、法的には普通の学校とは認められず「各種学校」の扱いであり、例えば自動車教習所などと同じ扱いを受けているのだという。
 地方自治体によっては、学校への経常費補助や、保護者への補助などの名目で教育助成を行っているところもある。しかし、日本政府は朝鮮学校を助成の対象とは認めず、行政からの教育助成は日本の学校と比べて極めて低いレベルにとどまっているとのこと。
 同じ国に暮らし、同じ言葉を話し、同じようなカリキュラムをこなしていても、ただ朝鮮学校であるというだけで、納税の義務をきちんと果たしているにもかかわらず、行政からの助成を受けられない。
 学校のたたずまいが他の日本の学校に比べて貧弱に見えるのは、こういう事情があるためだ。
 埼玉県でも、上田清司知事によって、2011年以降、朝鮮学校への補助金が支給されなくなった。埼玉県の教育内容調査には誠実に応じたのだが、さまざまな理由を挙げての見送りになったという。

深刻な資金不足

 では、この学校の経費はどのように賄っているのか。
 この学校を支援する人たちによって作成された『埼玉朝鮮学校サポーターズクラブ チウォン 年間事業報告書2018』という小冊子がある。

 そこには、きちんと学校財政の細かい収支表までが掲載されていた。
 ほぼ半分が学生生徒納付金(つまり保護者負担金)、あとは寄付金などで補っていることが分かる。支出を見れば、教職員がとても低い給与で頑張っている様子も浮かんでくる。
 説明によれば、民族団体等からの寄付金もあるが、それも大きな額ではない。市町村からの補助金(県からの補助金はゼロ)は164万円ほど。月10万円ほどでしかない。学校経営の苦しさが、このように財政面から見えてくるのだ。
 むろん、高校無償化からも朝鮮学校は除外されている。普通の高校であれば(公立私立を問わず)授業料の無償、ないしは減免措置が取られているのだが、朝鮮学校にその恩恵は届かない。
 大阪で「朝鮮学校にも無償化を」と訴えて裁判で勝利を勝ち取った(全国で唯一のケース。後に上級審で敗訴)弁護団の金星姫弁護士から、この裁判の話を聞くこともできた。
 聞けば聞くほど、この学校の置かれている状況の厳しさに愕然とせざるを得ない。

焼肉交流会でカンパーイ!

 でも、みなさんはとても明るい。
 一応のスケジュールをこなした後、校庭での「地域交流会」に参加していた地域の方たちも含め、100人以上の大焼肉パーティー! ビールもキムチも大盤振る舞い。この焼肉が美味美味美味!

 ぼくら、見学ツアーの面々も、カンパーイ! 考えさせられることは多かったけれど、楽しい土曜日の午後だった。

 とは言いながら、安倍政権は韓国への輸出規制をぶち上げたばかり。参院選に向けて、ナショナリズムを煽り立てて選挙を有利にしようという目論見がミエミエなのだが、世論調査では規制への賛成が50%を超えるという。
 他国への嫌悪や愛国心で支持を得ようとするのは、古今東西、悪しき独裁者の常套手段なのだが、それにまんまと乗せられる“有権者”。
 選挙権を持たない人たちのまなざしを、ぼくらはもっと真摯に受け止めるべきではないか。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。