第83回:「吉本問題」は「政治疑惑」ではないか?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 テレビのワイドショーは「吉本」でもちきり。まあ、テレビにとっては、こんなおいしい芸能ネタはめったにない。それに、いつもは吉本興業の強大な力に「忖度」せざるを得ず、言いたいことの10分の1も言えないコメンテーターたちも、恐る恐る「吉本批判」的なコメントを口にする。多少のガス抜きにはなっているのかもしれない。
 しかし、これはほんとうに「芸能ネタ」なのだろうか? よく考えると、この「吉本問題」は、かなり根の深い「政治スキャンダル」ではないかと思えてくるのだ。

「クールジャパン」って何?

 吉本興業はすでに、一芸能事務所の枠を超えている。ジャニーズ事務所にも似たような部分があるけれど、それは吉本の比ではない。吉本と安倍政権の蜜月(というより癒着)ぶりは、芸能分野では他を圧倒している。
 国家予算(つまり我々の税金)の一部が、100億円超の単位で吉本に流れ込んでいるのだ。
 「クールジャパン」という政策をご存知だろうか。経済産業省がカネを出している官民ファンド「クールジャパン機構」(海外需要開拓支援機構)という株式会社が、吉本興業に潤沢な資金を提供している。
 基本は、人気のアニメやマンガを積極的に海外へ押し出して、日本文化のイメージ向上につなげることで多くの利益を上げようという、国家を挙げての戦略だ。むろん、そこにはマンガやアニメだけではなく、映画や文学も含まれるし、エンターテインメント事業の海外進出、さらには日本食や四季のある日本の自然をもっとアピールして、観光客を誘致(インバウンド)を高めようという思惑がある。
 これは、安倍政権の成長戦略の目玉のひとつと位置づけられている。確かに、海外からの観光客は、このところ大幅に増加しつつある。
 もっとも、参院選でのナショナリズム煽動戦術のために韓国へ売ったケンカが逆作用。韓国からの観光客は激減していて、各地の観光産業には大打撃を与えている。それでも安倍自民党は、選挙のためなら、誰が泣こうとそんなことはお構いなしだ。
 クールジャパン構想は、安倍首相じきじきの政策と考えていいだろう。それを取り仕切るのは、世耕弘成経済産業大臣である。世耕氏は、安倍側近のひとりであり、首相の信頼は厚い。韓国への輸出規制問題の先頭に立って、大声でナショナリズムを煽っている元凶のひとりでもある。

吉本と安倍政権の関係

 安倍首相が、やけに吉本と親密であり、選挙真っ最中に突然、吉本新喜劇の舞台に登場したり、官邸に吉本の芸人たちを呼び込んではしゃぎまくっていたのは記憶に新しい。
 安倍首相の肝いりもあって、吉本とほとんどの省庁がなんらかの仕事で提携しているのは事実だ。
 もっとも規模が大きいのは、当然のように経済産業省だが、内閣府などがさまざまなイベントで吉本芸人を起用するケースも多い。それに、法務省、観光庁、総務省、スポーツ庁、農水省、復興省、文科省…数え上げればきりがない。さらには防衛省までもがつながりを持つ。防衛省と吉本? そのうち「お笑い防衛省」なんてもんまで始まるのかもしれない。
 逆に関係のない省庁が珍しいくらいのベッタリぶりだ。なにしろ安倍首相自ら旗を振っているのだから、多少経費が高くてもかまわない、というような状況になっているのだという。

吉本・大崎会長の“知見”

 その上、わけが分からないのは、吉本の大崎洋会長に対する政権サイドの扱いぶりだ。
 大崎会長は、なぜか沖縄の米軍基地跡地利用についての有識者懇談会の委員を務めている。これは宮腰光寛沖縄担当大臣がこの6月に設置した「基地跡地の未来に関する懇談会」というもので、大崎会長を委嘱した理由として「吉本興業が沖縄国際映画祭を主催しているという実績を考慮し、有識者としての知見をお示しいただくため」と述べていた。
 どうにも合点がいかない。
 大崎会長のどういう“知見”なのだろう。米軍基地跡地利用とどうつながるのか? 勘ぐれば、基地跡地利用の利権の一部に、なにやら関係がありそう、などとも思えてくる。
 現在、吉本興業の旧態依然たる体制が、大きな社会問題にまで発展している。契約書を交わすことなく所属タレント(契約書がないのだから「所属」とは言えないと思うのだが)を縛り、ギャラの配分なども闇の中という、いまどきそうとう珍しい会社である。そんな会社のトップに、いったいどんな“知見”を期待するのか?
 これだけ大問題になっても、宮腰大臣は「現時点では特段の対応は考えていない」として、大崎会長を交代させるつもりはないという。
 大崎会長はこのほかにも、政府内の「知的財産戦略本部(本部長・安倍首相)有識者会議」の委員も務めている。この会議こそが「クールジャパン」の本丸である。
 大崎会長が、さまざまなアイデアやキャラクター・ビジネス、エンターテインメント事業などの分野で一定の“知見”を持っている、と言われればその通りかもしれない。だがそれならば、7月26日のこの「有識者会議」を、なぜ大崎会長は欠席したのか。
 スキャンダルを起こした政治家が、病気と称して国会を欠席するのと相似形ではないか。やることがまったく“クール”じゃない。

教育分野への吉本の進出

 もうひとつ、気になることがある。
 吉本興業がNTTと組んで、教育分野にまで乗り出そうという構想である。これは、「Laugh & Peace_Mother」(ラフ&ピース マザー)という事業だ。いま話題の大容量移動通信システム5G(第5世代=5th Generation) 技術や最先端ヴィジュアルなどを駆使した映像コンテンツを、子どもたちに向けて発信しようというものらしい。
 この事業に、クールジャパン機構が100億円規模の出資を見込み、さらにその拠点を沖縄の那覇市に置こうというのだ。ここで、大崎会長と先ほどの沖縄が結びつく。
 なにやら怪しい臭いがする。
 どんな会社が教育関連事業に進出しようと、それは企業活動としては自由である。そんな会社はいくらでもある。だが、政府がそこに絡んでくるとなると、かなりキナ臭いことになる。ことは「教育」に関する事業なのだ。
 幼い子どもたちに、どんな“考え”が刷り込まれるのか。教育に政治が介入することの恐ろしさは、歴史が証明している。
 政治が直接関与するのではなく、そこに民間企業をかませることで、陰の政権の思惑を隠そうとする。見た目には政権から独立しているように思わせながら、実際はカネでコントロールする。
 吉本興業は、企業としての体制はすさまじいほど旧いのだが、政治との癒着という意味でも、まさに旧態依然だ。
 江戸時代の豪商らと幕藩体制の癒着は、
 「越後屋、お主も悪よのう」
 「ぐふふふふ、お奉行さまこそ」という例のギャグに象徴される。
 太平洋戦争前の財閥や戦争成金と政権のグズグズの関係もひどいものだったが、いまやそんな光景が、安倍政権と吉本の関係にダブって見えてくる。

 だからぼくは、教育という分野に、吉本という旧い体質の会社が進出してくることを、「芸能スキャンダル」ではなく「政治疑惑」と感じてしまうのだ。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。