第93回:日本の危険な曲がり角(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

またも海上自衛隊の海外派遣

 とても気になるニュースがある。
 朝日新聞がやや大きく取り上げた記事だ。しかし、他のマスメディアはなぜかあまり熱心にフォローしない。だがこれは、日本という国が危険な曲がり角をとうとう曲がってしまった…という重大なニュースではないのか。
 その記事がこちらだ(朝日新聞10月19日付)。

中東海域、自衛隊派遣へ
「有志連合」には不参加
「調査・研究」目的 政府検討

政府は18日、中東情勢の安定と日本に関係する船舶の安全確保を理由にホルムズ海峡周辺のオマーン湾など中東への自衛隊派遣を検討することを決めた。情報収集の強化を目的とし、防衛省設置法に基づく「調査・研究」を根拠にする。友好国イランに配慮し、米国主導の「有志連合」構想・海洋安全保障イニシアティブへの参加は見送る。

 日本は、憲法第9条の制約により、自衛隊の海外派遣を原則として禁じてきた。しかし2003年、当時の小泉純一郎政権により「イラク復興支援特別措置法」が成立。それに基づき、翌2004年にはイラクへ自衛隊を派遣した。アメリカのブッシュ政権に追随したわけだ。そして、次第に自衛隊の海外派遣への道が開かれていった。
 その際も、実際に「戦闘」が行われている地域には自衛隊は派遣しないとされていたのだが、国会審議における有名な小泉首相の迷言の数々。
 「どこが戦闘地域かなんて、いまこの私に訊かれたって分かるわけないじゃないですか」
 「自衛隊のいるところが非戦闘地域なんです」
 まったく理屈になっていないヘリクツ答弁で、なし崩し的に自衛隊派遣は増大していった。だが、その阿呆答弁に拍手喝采した阿呆どももたくさんいたのだ。“同じアホなら踊らにゃソンソン”か。
 踊り狂って地獄の釜の蓋を開けてしまった。中に見えるは煮えたぎった血の海か…。
 しかも、派遣の際の自衛隊の「日報」が隠されていた件は、大問題になった。さらに「戦闘」を「衝突」という言葉でごまかすという姑息な書き換えまで行っていたことも判明。これに関し、稲田朋美防衛相(当時)のずさん極まる答弁で国会が紛糾したのは、記憶に新しいところだ。

国会審議なしで進む自衛隊派遣

 それどころじゃない。実は、国民のほとんどが知らないうちに、自衛隊の海外基地(政府は「拠点」と呼ぶ)まで造られている。専守防衛のはずの日本の自衛隊が、なぜか海外に「基地」を持っている!
 「アフリカの角」と呼ばれるジブチ共和国に、2011年に設置されたもの。当初は「ソマリア沖、アデン湾に出没する海賊に対処するため」と説明されていたが、海賊の脅威がなくなった現在も、なぜかここには400名もの自衛隊員が配備されたままなのだ。自衛隊の活動範囲は、憲法上許されない範囲にまで、いつの間にか拡大されていると言っていい。
 それに輪をかけて、今度は海上自衛隊の艦船をまたも中東~アフリカへ派遣しようというのだ。しかも、国会審議を一切せずに、政府の“勝手な解釈”で自衛隊派遣を決めるという。
 なぜそんなことができるのか?
 安倍晋三政権の“ヘリクツ”は、こうだ。
 「この派遣は、ホルムズ海峡付近を航行する日本船舶の安全を確保するための情報収集を目的とする『調査・研究』を行うためであり、一切の戦闘行為には関わらない。したがって、アメリカが主導する『有志連合』に加わることもない」
 ここで問題になるのは、「調査・研究」を目的するのだから、「国会の承認は不要」としている点だ。国会に諮らないということは、まったく内閣の恣意的な判断で、戦艦をどこへでも派遣できるということだ。
 根拠となるのは「防衛省設置法第4条」である。防衛大臣の判断だけで「調査・研究」は行えるとされる。しかしこの条文は抽象的で解釈の幅が広く、学者の間でも疑問があるものなのだ。
 菅義偉官房長官も記者会見で認めたように、「現在の中東情勢は日本の船舶の防護を必要とするような情勢にはない」のである。それならば、なぜ今、「必要のない海域」に、わざわざ自衛隊艦船を派遣しようというのか。

トランプ大統領の忠実な僕

 これは、トランプ大統領への安倍首相の配慮だ、と読み解くジャーナリストは多い。
 アメリカが提唱する「有志連合」(軍事的な国家連合で、イランに圧力をかける目的)には、加わる国が極めて少ない。イランとのかかわりもあり、一方的なアメリカのイラン核合意からの離脱に対するEU諸国の反発もある。日本もイランとは比較的友好な関係にあり、イランを敵対視する「有志連合」には加わりにくい。
 そこで、安倍首相はトランプ大統領に、暗に「味方ですよ」のサインを送ったということだろう。実際、この日本側の動きに対し、アメリカ側は間髪を入れず、「歓迎する」とのコメントを発表している。つまり、今回の自衛艦派遣は日米が打ち合わせ済みの出来レースではないかと思われるのだ。
 トランプ親分の忠実な僕の面目躍如である。
 ホルムズ海峡あたりで、もし実際の戦闘が起きれば、自衛隊艦船は“知らぬ顔の半兵衛”を決め込むことができるか? そんなことはできるはずもない。必ずや、弾薬や燃料補給など米艦船への側面援助を行う、という下約束はできているのだろう。
 それならば、イラン戦争の際に自衛隊艦船が行った前例もある。
 たとえ、今回はただの「調査・研究」で済んだとしても、これも大きな前例である。かくして我らの国は、いつの間にやら「専守防衛」を捨て、少しずつ少しずつ、「戦争のできる国」に近づいていく。
 海上自衛隊を、国会承認を経ずに海外へ自由に派遣する。しかもその決定を、ラグビー日本チームの健闘にあらゆるマスメディアが大騒ぎし、天皇即位の礼の洪水のような奉祝報道の真っただ中で行う。まさに、国民の目を逸らすには絶好のタイミングを見計らったということだ。

我々は「ゆでガエル」か…

 なんだか我々は、あの「ゆでガエル」のようだ。
 冷たい水に浸かっていたはずが、下ではボウボウと火を焚かれ、いつの間にか浸かった水はお湯になり、最期は茹で上がって死んでいく…。
 むろん、気づいて警告を発する人たちはいるのだが、彼らには「反日」だの「売国」だのという悪罵が投げつけられる。
 今はちょうどいいお湯加減かもしれないが、いずれ湯は沸騰し、カエルは気づかずに死んでいくのだ。

 それがこの国の「民主主義」の末路か……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。