第82回:「ディスインフォメーション」の時代(想田和弘)

 ドナルド・トランプが米国大統領になって以来、「ディスインフォメーション(disinformation)」という言葉をよく見かけるようになった。

 人々を真実から目をそらさせ、世論を歪めるために、虚偽の情報を意図的に流布することを指す。かつてヒトラーやスターリンが使った手法として知られるが、21世紀の米国において、トランプが大々的に復活させたわけである。

 興味深いのは、トランプは別に隠すわけでも恥じるわけでもなく、極めておおっぴらにディスインフォメーションを行なっていることである。

 例えば、「大統領になったらメキシコとの国境に壁をつくる。そしてメキシコにコストを払わせる」というのは大統領選中にトランプが繰り返し述べていたことだが、大統領になったとたん、「メキシコにコストを払わせるなんて、俺は言ったことなどない」などと平気で言ってのける。選挙中には「オバマケア(医療保険)をただちに廃止し代わりのシステムを導入する」と言っていたのに、大統領になってからは「オバマケアをただちに廃止し代わりのシステムを導入するなんて、俺は言ったことなどない」と言い放つ。

 こうした例には枚挙にいとまがない。過去の発言はビデオとして残っているので、嘘をついていることは一目瞭然なのだが、そんなことはおかまいなしである。

 思えば、「オバマ大統領はケニア生まれであり、大統領になる資格はない」というディスインフォメーションを2011年から流布し始めたのも、トランプ自身であった。テレビで「出生証明書にイスラム教徒と記されているから公開できないのかもしれない」と述べ、キリスト教徒として知られるバラク・オバマが実はムスリムであるとの虚偽の憶測も同時に広めた。

 それに対しオバマは同年、ハワイ州発行の正式な出生証明書を公開し、トランプの主張が嘘であることを完璧に証明した。しかしそれでもトランプは発言を撤回せず、出生証明書が虚偽である可能性を示唆し続けた。そのため、2015年のCNN世論調査でオバマをイスラム教徒だと信じる人は、共和党支持者の間では43%にものぼった。それがトランプや共和党にとって有利に働いたことは、言うまでもない。

 この経緯からわかるのは、明らかな虚偽情報でも、堂々と流せば一定の人たちは信じてしまうということである。したがって短期的な損得だけを考えれば、嘘を流した方が「得」なのだ。

 トランプはそのことを熟知している。だからこそ、検証すればすぐに嘘だとわかることでも、堂々と垂れ流し続ける。

 これは単なる「嘘つき」を超えている。普通の「嘘つき」というのは、少なくともなるべく嘘がバレないようにするものだ。ところがトランプにとって、嘘がバレるかどうかはどうでもいい。バレてもバレなくても、自分にとって「得」だから嘘を流すのだ。「ディスインフォメーション」という特別な言葉が必要な理由がここにある。

 困ったことに、今や共和党の他の政治家たちもトランプを見習い、同じことをしている。その方が彼らにとって「得」であることに気づいてしまったようだ。

 というのも、ディスインフォメーションのコストは低い。デタラメの情報なら、いくらでも無限にでっち上げることができるからである。

 それに対して、トランプらが流したディスインフォメーションのファクトチェックをして打ち消す側は、割に合わない仕事を強いられる。いくらデタラメな情報だとはいえ、それがデタラメであると証明するには時間やコスト、優秀なスタッフが必要だ。だからどうしても物量では負けてしまう。それにオバマの例が示すように、時間と費用をかけてデタラメであることを完璧に証明したとしても、一定の人たちはデタラメの方を信じたままになる。

 それはきれいな澄んだ湖に、有害物質を流すようなものである。有害物質を撒くのは簡単だが、それを取り除いて湖を元通りにするのは容易ではない。まさにそういうことが、情報の世界で、政治の世界で起きている。

 このような傾向は、残念ながら日本の人々にとっても対岸の火事ではないはずだ。

 「桜を見る会」の前夜祭のコストが一人5000円だったと安倍晋三首相が言い張るのは、まさにトランプ式の厚顔無恥なディスインフォメーションだし、どんな批判があっても「その批判は当たらない」という紋切り型で答える菅義偉官房長官の会見などは、受動的なディスインフォメーションであろう。彼らが虚偽の発言をするのは簡単だが、それをいちいち嘘だと証明する方は大変だし面倒だ。圧倒的に不利である。

 ちょっと前までのディスインフォメーションは、もう少し凝った作りだったと思う。たとえば「日本の原発は絶対に事故を起こさない」なんていうのは、官・民・学が総力で作り上げたディスインフォメーションである。嘘を練り上げるのに、案外コストも時間も人員もかかっている。バレないような工夫を少しはしていた。「社会保障を維持するために消費税増税が必要だ」なんていう嘘もそうだろう。

 ところが今や、ディスインフォメーションは「バレてもよい」というのが前提なので、実にお手軽だ。誰でも簡単に瞬時に作れる。しかも効果があるときている。ソーシャルメディアが、その手軽さとコストパフォーマンスに拍車をかける。ツイッターやフェイスブック、ユーチューブには、低予算で即席に作られたディスインフォメーションが溢れている。それが政治を、社会を、民主主義を大きく歪める。

 事実や正直さを重んじ、健全なデモクラシーを希求する私たちにとっては、実に困難な時代であるといえるだろう。だが、そうでない人たちには、天国のような時代なのである。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。