第83回:中村医師を殺したのは、いったい誰なのか(想田和弘)

 アフガニスタンでの活動で知られる中村哲医師が、凶弾に倒れた。

 僕は中村氏とは面識はないが、かねてからその活動を、畏敬の念を持ちながら遠くから眺めてきた。ガンジーかキング牧師かマザー・テレサ級の凄い人だと思っていた。彼の訃報を聞いたときのショックは、言葉に表すことができない。

 NHKが急遽追悼の意味をこめて、彼の活動を追ったドキュメンタリー番組『武器でなく命の水を』を再放送した。この番組で彼のことを知った人もいるだろう。

 番組をNHKと共同で作った日本電波ニュース社は、長い間、丹念に中村医師の活動を記録してきた。以下は、彼らが作ったドキュメンタリーDVD『アフガニスタン 干ばつの大地に用水路を拓く 治水技術7年の記録』のレビューである。2014年、当時発行していたメルマガに書いたものだが、そのまま掲載する。

 2015年、日本の国会は「安保法制」を成立させ、米軍との一体化をさらに進めた。中村医師は、「前は、日本は国連以上に信頼されていた。日本の旗をつけていれば、武装集団に襲われることはなかった。9・11以降は日の丸を揚げていると逆に危なくなった」と述べていた。

 読み返しながら、自問せざるを得なかった。中村医師を殺してしまったのは、いったい誰なのだろう、と。

***

 日本電波ニュース社が製作した『アフガニスタン 干ばつの大地に用水路を拓く 治水技術7年の記録』(谷津賢二監督、2012年、73分)というドキュメンタリーDVDを観ました。アフガニスタンで30年間、経済的に貧しい人たちの診療を続けてきたペシャワール会・中村哲医師らの活動を記録した作品です。

 『医者 井戸を掘る』(中村哲著、石風社)などを拝読し、中村医師らの活動には以前から畏敬の念を抱いていたのですが、このDVDで映し出された活動も、ホント、「す・ご・い」の一言です。中村医師は、戦乱をよそに黙々と木を植え続ける『木を植えた男』(ジャン・ジオノ著)を地でいく方だと思いました。いや、『木を植えた男』はフィクションですけど、中村氏はいまも活動中の実在の人物。カミさんいわく、平田オリザ氏に物腰やお顔がそっくりだというんですけどね(笑)。

 中村氏は長年アフガニスタンで無料診療を続けながら、ひとつの重大な事実に気づきます。診療所を訪れる人々が直面している根本的な問題は、干ばつによる飢餓と貧困だということです。干ばつのせいで農業が続けられず、村を放棄し、難民化する人々が多いのです。人々は医療うんぬん以前の問題で苦しんでいるわけです。 

 そこで中村医師は、白衣を脱ぎ、なんと用水路の建設に着手することを決意します。クナール河から水を引いて全長25.5キロにも及ぶ用水路を築き、帰農を促すのです。実現すれば3500ヘクタールの農地が回復し、15万以上人が農業に復帰できるという遠大な計画です。

 ところが、中村医師は土木技術については素人です。使えるお金もそれほどありません。そのため、いろいろと失敗もします。映像を観ていると、極めて無謀な挑戦のようにもみえます。

 しかし中村医師は決して諦めません。ブルドーザーを自ら運転し(!)、文字通り先頭に立って、淡々と土木工事を指揮します。一緒に泥まみれになって作業をするのは、干ばつのせいで村を放棄した元農民たちです。彼らにはペシャワール会から240円の日当が支払われるので、当面の生活を維持する足しになりますし、なんといっても農業を復活させ村に帰りたいという夢があります。

 用水路計画の吸引力たるや物凄く、難民化した人たちや、元武装勢力の一員だったという人たちも噂を聞きつけて合流するなど、延べ60万人が働くという一大事業になっていきます。中村医師らの長年の活動が、アフガニスタン人たちの信頼を得ていたことの証拠だと思います。

 建設工事の過程で、中村医師は土木技術についても勉強を重ねていき、ついには江戸時代の日本の治水技術に目をつけます。用水路の取水口に設ける堰の角度や、蛇籠や柳の木を使った伝統的な護岸技術を採用するのです。江戸時代の技術なら、ハイテクな機材やコストのかかるコンクリートを使わずに、人海戦術で用水路建設を進めることができるからです。

 その作戦は功を奏し、集中豪雨でも流れない、頑丈な用水路が完成。「マルワリード用水路」と名付けられます。マルワリード用水路は、木も草も生えないガンベリ砂漠にまで延び、新たな農地を創出します。そして15万人以上が農業に復帰しました。総工費は15億円。すべて日本人が寄付したお金だそうです。

 なんと素晴らしい! これほど創造的で地に足の着いた偉大な「国際貢献」があるでしょうか。久々に素直に感動してしまいました。

 折しも日本では安倍晋三政権が武力による「国際貢献」を唱えていますが、本当に空虚に聞こえます。というより、もし安倍氏が言うように自衛隊がアフガニスタンに派兵され、ペシャワール会のような医療団やらNGOを武力で守ったりしたら、逆に中村医師たちは危険に曝されるのです。

 以下は、「マガジン9」に掲載された2008年のインタビューです。少し長いですが紹介します。

編集部 現地では、NGOとか国際機関なんかが襲撃されるということは、かなりあるんですか?

中村 何回も、見聞きしたことはありますよ。でも、我々ペシャワール会が襲われたことは一度もありません

編集部 それだけ、ペシャワール会の活動が現地の方々に浸透しているということでしょうか。

中村 そうですね。アフガンの人たちは、親日感情がとても強いですしね。それに、我々は宗教というものを、大切にしてきましたから。

編集部 宗教とは、やはりイスラム教…。

中村 おおむね、狙われたのはイスラム教というものに無理解な活動、例えば、女性の権利を主張するための女性平等プログラムだとか。現地でそんなことをすると、まず女性が嫌がるんです。キリスト教の宣教でやっているんじゃないか、と思われたりして。

編集部 宗教的対立感情みたいなものですか?

中村 いや、対立感情は、むしろ援助する側が持っているような気がしますね。優越感を持っているわけですよ。ああいうおくれた宗教、おくれた習慣を是正してやろうという、僕から言わせれば思い上がり、もっときつくいえば、“帝国主義的”ですけどね。そういうところの団体が、かなり襲撃されています。民主主義を波及させるというお題目は正しいんでしょうけれど、やっていることは、ソ連がアフガン侵攻時に唱えていたことと五十歩百歩ですよ。

編集部 ペシャワール会は、そういうことからは無縁であったということですね。

中村 そうです。それに僕はやっぱり、日本の憲法、ことに憲法9条というものの存在も大きいと思っています。

編集部 憲法9条、ですか。

中村 ええ、9条です。昨年、アフガニスタンの外務大臣が日本を訪問しましたね。そのとき、彼が平和憲法に触れた発言をしていました。アフガンの人たちみんなが、平和憲法やとりわけ9条について知っているわけではありません。でも、外相は「日本にはそういう憲法がある。だから、アフガニスタンとしては、日本に軍事活動を期待しているわけではない。日本は民生分野で平和的な活動を通じて、我々のために素晴らしい活動をしてくれると信じている」というようなことを語っていたんですね。

編集部 平和国家日本、ですね。

中村 ある意味「美しき誤解」かもしれませんが、そういうふうに、日本の平和的なイメージが非常な好印象を、アフガンの人たちに与えていることは事実です。日本人だけは、別格なんですよ。

編集部 日本人と他国の人たちを区別している?

中村 極端なことを言えば、欧米人に対してはまったく躊躇がない。白人をみれば「やっちゃえ」という感覚はありますよ。でもね、そういう日本人への見方というのも、最近はずいぶん変わってきたんです。

編集部 それは、なぜ、いつごろから、どのように変わってきたんですか?

中村 いちばんのキッカケは湾岸戦争。そして、もっとも身近なのは、もちろんアフガン空爆です。アメリカが要請してもいない段階で、日本は真っ先に空爆を支持し、その行動にすすんで貢献しようとした。その態度を見て、ガッカリしたアフガン人はほんとうに多かったんじゃないでしょうかね。

編集部 せっかくの親日感情が、そのために薄らいでしまったんですね。

中村 それでも、いまでもほかの国に比べたら、日本への感情はとても親しいものです。この感情を大事にしなければならないと思うんです。湾岸戦争のときに、「日本は血も汗も流さずお金だけばら撒いて、しかも国際社会から何の感謝もされなかった。それが、トラウマになっている」なんて、自民党の議員さんたちはよく言うようですけど、なんでそんなことがトラウマになるんですか。「お金の使い方が間違っていた」と言うのならいいのですが、「もっと血と汗を流せ」という方向へ行って、とうとうイラクへは自衛隊まで派遣してしまった。僕は、これはとても大きな転回点だったと思っています。
 これまでは、海外に軍事力を派遣しない、ということが日本の最大の国際貢献だったはずなのに、とうとうそれを破ってしまったんです。これは、戦争協力ですよね。そんなお金があるんだったら、福祉だの農業復興だの何だの、ほかに使い道はいくらでもあるというのに。

 実際、『アフガニスタン 干ばつの大地に用水路を拓く』の中でも、用水路を作る人々の頭上を米軍のヘリコプターが何度も通り過ぎていきます。人々は、米軍に攻撃される危険を冒しながら作業に従事しているのです。あの編隊に自衛隊のヘリコプターやら戦闘機やらが加わったらどうなるのでしょうか。中村医師は、最近のインタビューでも次のように明言されています。

 アフガニスタン人は多くの命を奪った米国を憎んでいます。日本が米国に加担することになれば、私はここで命を失いかねません。
安倍首相は記者会見で「(現状では)海外で活動するボランティアが襲われても、自衛隊は彼らを救うことはできない」と言ったそうですが、全く逆です。命を守るどころか、かえって危険です。私は逃げます。 9条は数百万人の日本人が血を流し、犠牲になって得た大いなる日本の遺産です。大切にしないと、亡くなった人たちが浮かばれません。9条に守られていたからこそ、私たちの活動も続けてこられたのです。私たちは冷静に考え直さなければなりません。(2014年5月16日『西日本新聞』)

 いかがでしょうか。

 作品の後半、用水路が完成して農業に復帰し、嬉しそうに稲や芋の収穫をする人々の姿が映し出されます。僕はその様子を観ながら、「人間、水と大地と空気さえあれば、なんとか生きていけるのだなあ」と、なんとなく安心するような、肩の荷が下りるような、不思議な感慨に包まれました。人間が生きることって、本当は、すんごくシンプルなことなんじゃないでしょうか。

 翻って、日本の田舎では、人々が農業や村を捨て、都会に流出していくことが深刻な社会問題になっています。別に水がないわけではありません。それなのに「農業では生活できない」と言って、人々は村を去っていきます。それはなぜなんだろうと、改めて考えてしまいました。

 外国の都会に住んでいる僕が言えることではないのかもしれませんが、何か根本的におかしなことが起きている。それだけは間違いないように思います。

想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。