第102回:2020年、『遠い夜明け』(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

『暗殺のメロディ』 & 『邪魔者は殺(け)せ』

 年が明けたからってちっともめでたくなんかない。それどころか、妙にキナ臭いニュースで始まった新年である。

 トランプ大統領が、イランへ新年の爆弾プレゼント。イランとアメリカの間の緊張関係が極限まで達した感がある。
 だがこの緊張は、アメリカの「イラン核合意」からの一方的離脱に端を発したものだったはずだ。その緊張を、一気に戦争の瀬戸際まで高めてしまったのが、今回のイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の「暗殺」だ。まるでトランプが奏でた『暗殺のメロディ』……。
 なにしろ、他国の上空(イラク領空内)へ、平気で無人攻撃機を飛ばして気に食わない人物の暗殺を行うのだから始末に負えない。もし自国(アメリカ)上空を武装ドローンが旋回したら、トランプ大統領は、頭から湯気を吹くだろう。それなのに、他国領空は侵犯しても平気なのか。
 気に食わないヤツは消してしまえ。それがトランプ政策だとしたら、もはや外交なんてもんじゃない。映画じゃないんだから『邪魔者は殺せ』はないだろうよ。

 そもそも「イラン核合意」とは、2015年に、イランが核開発を放棄する見返りとして、米英仏独中ロの6カ国が、イランへの金融制裁や石油禁輸などを解除するとした「合意」だった。ところが、トランプ大統領が2018年5月に一方的にこの合意から離脱、制裁を再開してしまった。これに対し当然ながらイラン側が硬化、緊張が高まったのだ。
 その緊張関係が、今回のイラン革命防衛隊司令官暗殺で、まさに戦争の一歩手前まで来た。
 ソレイマニ司令官という人物は、かなり危険な戦略家であり、中東諸国などでテロや拷問の指揮に当たっていたともいわれている。だから、アメリカがイラン革命防衛隊をテロ組織として認定、躍起になって彼を抹殺しようとしていたのは事実らしい。
 一方で、ソレイマニ氏が指導していたイラク国内のイスラム教シーア派民兵組織が我が物顔で活動し、それをイラク国民があまり快く思っていない、という情報もある。だからといってアメリカがイラク領内にまで無人機を飛ばし、司令官を含む8人もの人間を爆殺した行為を正当化できるわけがない。IS(イスラム国)との戦いのため、仕方なく米軍基地を容認してきたイラク議会も、ついには「米軍基地撤廃」を決議するに至った。
 トランプ大統領はイランだけではなくイラクにまで「反米」の火をつけてしまったのだ。いったい何を考えてこんな危険な賭けに出たのか、ぼくにはとんと分からない。
 また、ソレイマニ司令官は、腐敗が横行するイラン国内では、身辺がとても清潔な軍人として、国民の英雄的存在だったともいわれている。そんな人物を暗殺したのだから、イラン国民の反米感情を強烈に煽ってしまったことは間違いない。

『大統領の陰謀』

 ハリウッド映画の定番のひとつに、選挙を控えた大統領が他国との緊張関係を煽って戦争状態を作り出し、愛国心を鼓舞して支持率の高揚を図る、という政治サスペンスがある。その定番通りの下手なドラマを、トランプ大統領が演出したのだろうか。
 背景には、トランプ氏自身が米下院で「ウクライナ疑惑」によって「弾劾訴追」を受け、次は上院での「弾劾裁判」が待っているという状況がある。
 「ウクライナ疑惑」とは、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に、米大統領選で民主党有力候補の1人、バイデン氏のウクライナでの疑惑調査をするよう圧力をかけたとされるものだ。
 トランプ氏はその「弾劾」から国民の目を逸らさせるために、ソレイマニ司令官暗殺を命令した、という観測もある。まあ、『大統領の陰謀』のできそこないだ。
 これが、2020年の初っ端に飛び込んできたニュースだ。トランプ・ファーストの政治は、好き勝手に世界を引っ掻き回すことらしい。自国がよければ(というより自分さえよければ)あとはどうなろうと知ったこっちゃない。ひどい政治家がいたものだ。そんな男が世界最強の軍事大国のトップなのだから悪夢だ。
 一説によると、北朝鮮との交渉は行き詰まり、何の進展も望めない状態に陥っているので、その代わりの軍事的緊張をイランに求めた、とも言われている。軍事的緊張をあちこちに勝手にでっち上げて、自分の選挙キャンペーンに使うのだとしたら、許しがたい政治家である。
 トランプ大統領は「私が命令してソレイマニ司令官を爆殺した。それは、戦争を未然に防ぐためだ。もしイランが報復に出るなら、アメリカはすぐさま、52のイランの施設や文化財に対して、回復不能な打撃を与えるだろう。その準備はすでにできている」という声明を発した。
 この「52」という数字は何か?
 それは1979年に起きたイランの米大使館人質事件の人数だという。つまり、52という数の語呂合わせでイランを攻撃するというのだ。戦争の瀬戸際でも語呂合わせで脅す。これがユーモアだとトランプ氏が思っているのなら、もはや言葉もない。
 語呂合わせで戦争をするなよ、馬鹿者めが!
 かくして2020年は、最悪の幕開けとなった……。

『紳士は金髪がお好き』

 その許しがたい政治家にひたすら尻尾を振るだけの哀れな政治家が、我々の国の首相であることの悲しさ。
 正月休みは何があっても休むのだと決めたのか、マスメディアが一斉にソレイマニ司令官暗殺を報じたにもかかわらず、安倍首相は4日ものんびりゴルフ三昧。世界中が震撼しているというのに「国家安全保障会議(NSC)」を開こうという素振りもない。
 ゴルフ後に記者たちに囲まれた際にも、中東情勢への具体的な言及は一切なかった。「おかげさまでゆっくりできました」と語っただけ。映画に『紳士は金髪がお好き』というのがあったけれど、安倍サンの場合は「首相はゴルフがお好き」かよ。アホらしい!

 この緊張感のなさはいったい何なのだろう?
 中東地域への自衛隊派遣を、またも「閣議決定」という国会無視で決めた上に、その中東情勢が戦争の瀬戸際にあるにもかかわらず、自衛隊派遣についてまったく語らない。自衛隊員の命など、安倍首相にとってはどうでもいいことなのか?
 中東諸国とアメリカの橋渡し役になりたい、と言っていたのが安倍首相の本音ならば、さっさと官邸に戻り、トランプ大統領に自制を促し、イランのロウハニ大統領や最高指導者ハメネイ師と連絡を取って仲介役を買って出る、というのが安倍首相の役割ではないか。
 まあ、トランプのポチであることを隠すこともなくなったアベに、そんなことを期待するのは、八百屋に魚を求めるようなものかもしれない。それにしても、そんなにゴルフをやりたけりゃ、さっさと引退して“ゴルフ爺ぃ”になっちまえっ!と言いたくなる。

『大脱走』

 他にも、この年末年始は、やたらと重大な事件が多かった。
 カルロス・ゴーンの国外逃亡。これもまた、ハリウッド映画そこのけの大脱出劇。どうも、アメリカ特殊部隊出身の強者(つわもの)たちが手を貸したらしい。そうでもなけりゃ、あんな劇的な結果が生まれるはずがない。いわゆる「民間軍事会社」の暗躍である。
 15億円という保釈金は当然没収。それに脱出劇にかかった費用も数億円に及ぶとの情報もある。プライベートジェット機を準備し、トルコやレバノンに周到に根回ししたのだから、数億円じゃすまないとも思える。
 面目を潰されたのが日本の検察と裁判所、つまり司法当局だ。
 日本の「人質司法」に恨み骨髄のゴーン氏。なにしろ、130日にも及ぶ長期勾留。さらに保釈後も妻や家族との面会も許されぬとあっては、ここが民主主義国家か、と反発したのもうなずける。ましてや欧米各国では常識の、取り調べ時の弁護士の立ち会いも許されぬとなれば、人権無視だといいたくもなるだろう。
 日本では正当な裁判を受けることはできない、と常々ゴーン氏が嘆いていたというのも分からぬではない。
 庶民には想像もできぬ巨額な金を不正に懐に入れていたという容疑のゴーン氏に、ぼくは同情するつもりなどさらさらない。だが、日本の司法行政には数々の疑問を持っている。沖縄のことなどを考えても「安倍“忖度”司法」へ矢の1本も放ちたくなるのだ。
 もうじき、ゴーン氏の日本司法への徹底的な反撃が始まるだろう。日本ではできなかった自由な発言の場を得たのだから、どんな話が飛び出すか、興味津々だ。怯えているのは、日本司法当局だろう。世界中に「日本司法の非常識」を晒されることになるかもしれないのだから。

『監獄ロック』

 比較するのも酷な話だが、大富豪のゴーン氏が大金をはたいて国外脱出したというニュースを、入管(出入国在留管理庁)に囚われている外国人たちはどう聞いただろうか?
 何年にもわたって日本国内で働いて静かに生活し、きちんと税金も納め続けてきた外国人が、ある日、理由も示されずに強制収容される。日本で結婚していても家族と切り離され、強引に狭い施設に閉じ込められる。
 難民申請してもほとんど受け付けられず、監獄のような施設に何年もの長期にわたり収容され、しかもいつ釈放されるか分からないという、まさに収容者にとっては地獄の『監獄ロック』である。
 その過酷な実態のほんの一部が、ようやくTBS「ニュース23」で報道された。たまたまぼくもそのシーンを見たが、6人がかりで1人の収容者を抑えつけ首を絞めつけているような動画。「苦しい、殺すのか、止めろ!」と訴える収容者をうつぶせにして「制圧!」と叫ぶ職員たち。悪夢を見ているような場面だった。
 中国におけるウイグル人たちへの人権弾圧が凄まじいといわれる。むろん、それに反対の声を上げるのは正しい。だが、それと同じ意識でこんな身近な外国人抑圧にも反対していくべきだろう。

『現金(げんなま)に手を出すな』

 もうひとつの大きなニュースが、例の「IR汚職」だ。
 だいたいが、IRなどとふざけた名称をつけるのがおかしいのだ。要するに賭博、カジノ場である。その誘致を巡って中国の博打企業から相当のカネが自民党と維新の国会議員たちに流れていた、という構図。
 秋元司自民党衆議院議員(離党)が逮捕され、他にも5人の現役衆議院議員に現金を配ったと贈賄側は自供している。自民党の4人(船橋利実議員、中村裕之前文科政務官、岩屋毅前防衛相、宮崎政久法務政務官)は、いずれも現金受領を否定しているが、なぜか維新の下地幹郎議員は6日、会見を開き100万円の受領をあっさり認めた。
 こうなると、自民4議員の「受領していない」との言い訳は、はなはだ怪しくなってくる。維新の松井一郎代表が「現金受領が事実なら議員辞職すべき」と語っている以上、少なくとも下地議員は維新側から議員辞職を迫られることになるはずだ。
 もし下地議員辞職となれば、当然火の粉は自民4議員にも降りかかる。「下地氏が辞職したのに、同じことをした自民党議員はそのままなのか?」という批判が巻き起こる。ズルズルと辞職の連鎖が起きる可能性もある。
 旧い映画のタイトルどおり『現金に手を出すな』だ。危ないカネに手を出した卑しさの報いである。
 自民党、まさに壊滅じゃないか。さあ、どうする安倍首相?

 何があっても安倍自民党バンザイのネット右翼諸士の一部は、「これは中国マネーによる工作だ」などと、例によって中国を批判対象にし始めたが、なんとおっしゃるウサギさん! カジノ経営のノウハウは、ほとんど米企業が握っているのをご存じないの?
 あのトランプ大統領も一時はカジノ経営をしていたのだし、トランプ支援のカジノ王シェルドン・アデルソン氏(カジノ企業サンズの経営者)らが、日本での展開を画策しているのは誰知らぬ者もない事実だ。彼らは中国企業などより、もっと巧みに狡猾に事を進めるだろう。
 本丸は中国マネーなどではない。米マネー、それも安倍首相の大ボス・トランプ大統領周辺の動きなのだ。

『遠い夜明け』……なれど

 穏やかな新年を誰もが願っていただろうに、凄まじいといっていいような危ないニュースの連続で年が明けた。
 アパルトヘイト時代の南アフリカの現実を描いた『遠い夜明け』という映画があった。過酷な弾圧の中で自由を求めて闘う黒人指導者と、それを援けようとする白人ジャーナリストの物語。その道筋は、まさに「遠い夜明け」であったけれど、やがて……。

 いったい、どんな日々がぼくらを待ち受けているのだろう。
 なんとも心騒ぐ2020年だが、夜明けは必ず来る。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。